第16話

 学校が終わって帰宅しようとしていた雪丸は、ふとコンビニでバイトを始めた信幸の様子が気になってバス停ではなく、駅を挟んでバス停の反対側にあるコンビニに足を運んだ。


「いらっしゃいませ」


 自動ドアが開くと聞き慣れた、爽やかな声が雪丸を出迎えた。レジのところに信幸が立っており、雪丸の姿を見ると目を丸くさせた。


「あれ、雪丸くん。どうしたの?」

「信幸がどんな感じで働いてんのか気になって」

「なに、心配して様子を見に来てくれたの?」


 雪丸の言葉に信幸は嬉しそうに笑った。

 とくにおしゃれなイメージのないコンビニの制服だが、さすがは信幸と言ったところだろうか。完璧に着こなして様になっている。


「べつに心配ってほどではないけど。信幸って結構適当なところあるじゃん」

「人生それくらいの方がいいこともあるからね」


 信幸の様子を見に来ただけだが、さすがになにも買わないものいかがなものかと思い、信幸と軽く会話を交わすとお菓子売り場に向かった。


「俺はチョコレートで」

「自分で買え」


 レジから投げかけられた声に雪丸はそう返すと、練ると色が変わる知育菓子を手に取った。この前食べてからというもの、晴暁がいたくこのお菓子を気に入っている。つまり晴暁へのお土産だ。


「俺は……これにするか」


 たまには贅沢するか、と雪丸が手に取ったのはチョコレートの中にアーモンドが入ったお菓子。美味しいが、値段が他のお菓子に比べて少し高いので普段はあまり選ばないお菓子だ。

 晴暁と自分用に二つお菓子を持った雪丸は信幸の待つレジに並ぶ。時間帯の問題だろうか、コンビニ内の客は少なく他の店員はバックヤードにいるのか、信幸以外の店員の姿はレジ付近にはなかった。


「これ、俺の分?」

「違う。俺のだよ」

「だよね、わかってた」


 ピッとチョコレート菓子をレジに通した信幸の問いかけを素直に否定すると、信幸はそう言って笑った。


「こっちは晴暁の分だよね。ありがとう、いつも晴暁と仲良くしてくれて」

「なっ、急になに言ってんの」


 知育菓子を手に取った信幸が発した優しい声に、雪丸は照れくさくなって顔を逸らした。

 信幸と晴暁と、同じ家に住んでからもう二週間は経っている。それだけ同じ時間を共にしたのだから、それなりには仲良くなっていてもおかしくはないだろう。けれど改めて仲良くしていることを感謝されるとやはり気恥ずかしい。


「べつに、俺が好きで仲良くしてるだけで感謝されるようなことではない、です……」


 信幸も晴暁もクセはあるが、いい人だと思う。なので近所付き合いとして無理をして仲良くしようとしているわけではなく、雪丸自身が仲良くしたいと思ったのだ。だから感謝の言葉なんて必要ない。そう言いたかった雪丸だったが、やはり気恥ずかしくなって語尾が小さく消えてゆく。

 雪丸のその姿を見て、にまっと信幸が口角を上げたのに気がついて、雪丸はお金を乱雑に手渡した。会計を済ませるとまた来てねという信幸の言葉を無視してコンビニを出た。


「はっじぃ……」


 思春期真っ最中の雪丸には、素直な気持ちを伝えるのは少し難しかったようだ。恥ずかしいったらない。

 気恥ずかしさに赤くなった顔をぱたぱたと仰いで雪丸はバス停のある方向へ歩き出した。


「……ん?」


 コンビニと駅を挟む道路を渡ったときに、ふと視線を感じた気がして雪丸は周囲を見渡した。しかしとくに変わった人物はいない。


「気のせいか」


 道行く人たちが雪丸を凝視などしていなかったので、勘違いだと思って雪丸は再度足を動かした。

 この時間だったらあと五分後にバスがくるはずだ。ちょうどいい時間帯だと思いながらバス停の前に到着した雪丸だったが、鞄の中で小刻みに震えるスマホの存在に気がつき、スマホを取り出した。

 画面に映し出されているのは着信画面で、恭輔の名が書かれている。電話なんて珍しいなと思い、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

「おっ、もしもし、雪丸? 聞こえてる?」

「聞こえてるって。どうしたんだ? 恭輔は今、部活中なんじゃないのか?」

「そうそう、部活中。けど教室に忘れもんしたから取りに来てんだよ」

「ふーん」


 電話越しの恭輔の言葉に、雪丸は気の抜けた返事を返す。

 恭輔はサッカー部に所属している。今日は部活がある日で、放課後になるとすぐにグラウンドに向かっていた。ちなみに結構上手いらしい。今の夢はサッカー部のエースになって、部長になることだそうだ。恭輔ならじゅうぶん実現可能な夢だと雪丸は思っている。


「それでさ、雪丸の机に忘れ物っぽいのがあったんだけど」

「マジで?」

「ほら、明日朝一で提出しろって言われてる数学のプリント」

「はっ、えっ、マジ?」


 雪丸は慌てて鞄の中を確認する。プリント類をまとめて入れているクリアファイルの中には、恭輔の言っていたプリントは入っていなかった。


「やっべぇ……」


 授業前に提出するプリントなら、一応休み時間にやるということができるので、忘れても最悪問題ない。しかし朝一、つまりホームルーム中に提出しなければならないプリントとなると話は変わる。

 明日の朝、早めに学校に行ってやるということもできはするが、問題はやはり科目だ。雪丸は数ある授業科目の中で、数学を一番苦手としていた。


「しかたがない……もう一回学校に戻るわ」

「気をつけろよー」

「おう、恭輔も部活頑張れ」


 電話を切ると、わざわざプリントを忘れていることを報告してくれた友人に感謝しつつ、雪丸は駅の中に入る。


「……ん?」


 そのとき、また視線を感じた気がして振り返った。しかしまたもや周囲に変わった様子はない。


「……今はプリントが先だな」


 数学が苦手な雪丸は、学校でホームルームが始まるまでにプリントを終わらせられる自信はない。教えてくれる人物がいればいいのだが、朝早く行ったところで学校にいるのは朝練をしている運動部だけだ。つまるところ、雪丸がプリントを時間内に終わらせた上で、朝一に提出するためには家でやるという選択肢しか残っていなかった。

 定期券を改札口にかざし、ホームへの階段を駆け上がる。ちょうど学校方面への電車がやってきたので、雪丸はラッキーと思いながら電車に飛び乗った。

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