第15話
授業を終えて帰宅途中の雪丸はいつものように衣様駅で電車を降り、駅前のバス停で家方面に向かうバスを待っていた。
「きゃ!」
待ち時間にスマホでゲームをしていると背後から悲鳴が聞こえて、雪丸は振り返った。そこには二十代程度の綺麗な女性が床に手をついて転んでいた。周囲には女性の物と思しき荷物が散乱している。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。人とぶつかっちゃって」
周囲を見渡してみると寂れた商店街の方へ走り去る男性の姿が目に入った。人とぶつかっておきながら、謝罪もなにもせずに逃げ去ったのか。
「ひどいな」
「しかたがないわ。急いでいたみたいだし、きっと彼にはあたしが見えなかったのね」
いくら急いでいたとしても人とぶつかったなら立ち止まって謝るべきでは、と雪丸はそう思ったが、すでに男性の姿は見当たらない。女性は気にしていないようだし、第三者の雪丸が過ぎたことに対してどうこういうのもいかがなものかと思い直して、飛び散った鞄の中身を集め始めた女性に手を貸す。
「よかったら俺も手伝いますよ……はい、どうぞ」
雪丸は足元に転がっていたポーチと手帳を拾い上げ、女性に渡した。女性は黒く長い髪をさらさらと揺らしながら立ち上がり、雪丸から荷物を受け取ると微笑んだ。
「ありがとう。優しいのね」
「いえ、べつにそんなことないですよ」
そういえば信幸にも同じようなことを言われたな、と思い返しながら雪丸も笑顔を返す。目の前で困っている人がいるのなら手を貸す、雪丸にとってはそれは当然のことだった。
「やだ、かわいい」
「え?」
女性がなにか言ったようだが、ちょうど通過電車が駅を通ったタイミングと被ってしまい、電車の音にかき消されてなにを言ったのか雪丸には聞こえなかった。
聞き返す雪丸に、女性は微笑みながら首を横に振った。
「ふふ、なんでもないわ。ありがとう、優しい人」
「いいえ、お気になさらず」
にっこりと笑った女性に少し不思議な雰囲気を感じながらも、雪丸はそう言ってバス停の列に並び直した。並び直す、といってもバス停に並んでいるのは雪丸を除いても三人だけだ。
列の最後尾でスマホを取り出し、先程までやっていたゲームの続きをしようとしたそのとき、スマホの画面がぱっと変わり着信音がなる。
「ん? どうしたの、ばあちゃん」
雪丸は通話ボタンを押して電話に出る。それは海外に旅行中の祖母からの電話だった。
祖母はどこに行ったかの報告や、雪丸が元気にしているかの確認のためにかけてきたようだ。雪丸はバスが来るまでの間、久しぶりに聞く祖母の声を懐かしみながら話をした。
「……ああ、ばあちゃんも晴暁のこと知ってたの? うん、晴暁とも結構仲良くなれたと思う。昨日なんて『ゆきまるー、いっしょにカニ探しにいこう』って誘われて裏山の沢まで遊びに行ったんだよ」
話をしていると、祖母の口から晴暁の名が出た。どうやら祖母は信幸の家に住んでいる晴暁のことも知っていたらしく、信幸共々元気にしているかと尋ねられた。
一人っ子の雪丸だったが、まるで弟ができたようで、それなりに満喫した生活を送っていた。
その様子を声で感じたのか電話越しに祖母の嬉しそうな笑い声が聞こえる。
「あ、バスきたわ。じゃあね、ばあちゃん」
祖母と話をしているとバスが来たので断りを入れて、雪丸は電話を切った。
今日の料理担当は雪丸だ。冷蔵庫の中にあった食材を思い出し、献立を考えながらバスに乗った。
「へぇ、彼、雪丸くんっていうのね」
雪丸を見つめる不穏な視線と小さく呟かれた声は、その場にいた誰にも気がつかれることはなかった。
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