第13話
それから数日後、信幸はさっそくコンビニのバイトの面接に向かった。信幸は車を所有していないのでバスを利用して、基本は徒歩移動である。
「信幸、受かるといいな」
「うん」
家で待機している雪丸と晴暁は縁側で足をぶらぶらと揺らしながら、アイスキャンディーを頬張っていた。
「俺もバイトとか始めようかな。学校の部活に入る気はないし、どうせ時間が余ってるなら金になるバイトをした方がばあちゃんも喜んでくれるかな」
「なんで部活やらないの?」
雪丸がぼそりとつぶやいた言葉に晴暁が反応して首を傾げる。雪丸は少し考え込んで部活に入らない理由を素直に話した。
「うーん、とくにやりたいって思う部活がないっていうのと、あとは金だな。運動部に入るとユニフォーム代とか色々かかるんだよ」
「ほかは?」
「ほか……文芸系の部活ってことか? うーん、それこそ俺の性格には合わないなぁ」
雪丸はどちらかというとアウトドア系の人間だ。チクチクと針作業をしたり、ジッと椅子に座って絵を描くよりは体を動かす方が好きなのだ。実際、休み時間は友人とバスケをしたり、体を動かす遊びをしていることが多い。
「ゆきまるは、なにがすき?」
「体育会系ってほどではないけど、やっぱりジッとしてるよりは体を動かす方が好きだな。でも部活でやるっていうほど本気でやりたいわけではないし、放課後とか休み時間に遊びでやる程度が俺にはちょうどいいんだ」
「けまりは? すき?」
「晴暁は蹴鞠好きだよなー。俺は晴暁に誘われて初めてやったけど、きらいではないよ」
晴暁はアウトドア派なのかインドア派なのかはわからない。けれどどちらかというと庭で紙飛行機を飛ばしたり、蹴鞠をしていたりするので、雪丸と同じでどちらかというとアウトドア派なのかもしれない。
「じゃあ、やろう」
「いいぞ」
晴暁に誘われて雪丸は庭に出て、晴暁と蹴鞠をする。足でボールを蹴っている、というところは同じだが、サッカーとは感覚が全然違う。蹴り上げた鞠をコントロールするのが、なかなかに難しい。
「急がなくていいよ。自分のペースで生きればいい」
「え?」
とんとん、と雪丸が鞠を落とさないように蹴り上げていると、急に家の裏にある山の方から風が吹きつけた。雪丸の頬を撫でた風に乗って、優しい声が耳に届く。
「……晴暁?」
「なに?」
その声は晴暁の声とそっくりだった。しかし改めて晴暁を見てみても、なにも変わった様子はない。いつものゆるい雰囲気を漂わせているだけだ。
「んー……まぁ、いっか」
今のは一体なんだったのか、そう疑問に思いながらも雪丸は気にしないことにした。だって先程聞こえた声はあまりにも穏やかで、優しかったから。
バイトをするのはもう少しあとでもいいかもしれない。雪丸がもっと、この生活に馴染んで、もっともっと余裕ができるようになってから。
生き急ぐなんて勿体無い、そう言われた気がして雪丸はバイトの件は一度保留にして鞠を晴暁の方に蹴り飛ばした。それを慣れた動きで晴暁は受け取る。
「けまり?」
「まりまり?」
「まりー?」
「おお、ケサランパサラン」
生垣の向こうからケサランパサランたちが飛んでくる。晴暁が蹴り上げた鞠よりも高く飛行する彼らは雪丸の周りをふわふわ飛んだ。
「ゆきまる」
「やっほー」
「会いたかったよー」
「昨日も会ったけどな」
雪丸に声をかけながら、頭の上や肩の上に留まったケサランパサランに、雪丸は苦笑いを浮かべる。
さも久しぶり、みたいな態度をされても、ケサランパサランたちとは昨日、花壇の水やりをしたときに出会っている。そのときも会話をした。
「昨日?」
「会ってないよ」
「僕たちじゃない」
「は?」
ケサランパサランの言葉に雪丸は素っ頓狂な声を漏らした。
会ってないと言われても、たしかに昨日、雪丸は彼らと花壇の前で会った。どういうことだと、雪丸が混乱していると晴暁が鞠を手に取って口を開いた。
「けさらんはいっぱいいる」
「いっぱい? もしかしてこいつらと、俺が昨日会ったケサランパサランは別個体なのか?」
「そう」
「マジか」
晴暁曰く、ケサランパサランは全個体がまったく同じ姿をしている。なので見分けるのは至難の技だということだそうだ。
「僕たちはみんな一緒」
「ほんとに見分けがつかねぇな……」
注意深くケサランパサランたちを凝視してみる雪丸だったが、晴暁の言う通りでまったく見分けがつかなかった。
いつも三匹で飛んでいるのを見かけるので、毎回三匹とも同個体だと思っていた。まさか、全然違うケサランパサランだったとは。
「悪い、俺にはお前らを見分ける力はないみたいだ」
「べつに」
「いいよー」
雪丸が謝罪するも、ケサランパサランたちは本当に気にしていないらしく、自由気ままに雪丸の周りを楽しそうに飛んでいた。
「僕たちはみんな、雪丸のことが好きー」
ふわ、ふわと雪丸の周りを飛んでそう言ったケサランパサラン。するとなぜか晴暁も小走りで近づいてきて、雪丸の袖を掴んだ。
「……ぼくも」
普段より幾分も小さな声だったが、雪丸の耳にはしっかりと届いた。雪丸は一瞬ボケッとして、
「そっか、ケサランパサランも晴暁もありがとな!」
そう言って嬉しそうに笑った。一人っ子だった雪丸だが、ここに越してきて弟がたくさんできた気分だ。お兄ちゃんというのも、案外悪くない。雪丸はそう思いながら、たくさんの弟たちと蹴鞠をして遊んだ。
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