第12話
ある日の休日。晴暁の作った昼食を食べ終わり、雪丸がテレビを観ていると、
「あー、仕事がない」
同じくテレビを観ていた信幸が、テレビの前で寝転がり、ごろごろと転がりながら不満気な声を漏らす。
「仕事? 信幸は陰陽師なんだろ?」
「そうだよ。昔は悪さをする妖怪が多くてね。それを祓ってお金を貰ってたんだけど、最近じゃそんな目立った悪さをする
「ので、陰陽師としての仕事がなくなって無職状態になっていると?」
「そういうこと」
困ったなーと嘆く信幸に雪丸は首を傾げた。陰陽師としての仕事が減って困っているなら普通に働けばいいのに。そう思ったからだ。
「あっ、動画配信者とかどう? なんかはやってるみたいだし」
信幸はスマホをずいっと雪丸に近づけて言った。開かれたサイトは大手動画配信のサイトだ。
「そんな簡単に人気配信者になれるわけないだろ。てかこの家に編集とかできるパソコンあんの?」
「あー、ないね」
雪丸の問いに、信幸は首を横に振って残念そうに肩を落とした。この家にあるのは信幸の使うスマホと、晴暁がよく動画を観ているタブレット端末だけだ。パソコンらしきものを見たことはない。
「やっぱり、普通に働けば? 陰陽師で儲けてないんだったら、べつの仕事するしかないじゃん」
「それはそうだけどー……俺は戸籍がないからなぁ」
「は?」
出た。信幸のたまに言う冗談か本気かわからない声のトーンの話。
信幸はたまにこうして雪丸を揶揄うような、おかしなことを言うのだ。いや、常に少しおかしいと言えばおかしいのだが。
このまえなんて雪丸が信幸の年齢を聞くと、
「んー。千年とぉ、何百年だったかな? ま、そんくらいだ」
と返した。
そのときは適当なことを言いやがって、と雪丸は噛み付いたが、信幸はどこ吹く風ではは、と軽やかに笑っていた。
「仕事がないのにどうやって食いつないでんの? 信幸は晴暁を養ってるんだろ?」
晴暁は信幸と親子関係ではないし、血が繋がっているわけでもない。しかし信幸は晴暁を預かっていると言っていたし、いちおう養っていると言っていいのだろう。
「まぁ、そうなるな。食べ物は松子さんや他のご近所さんがお裾分けしてくれたりするから……ほら、この辺は自分の畑を持っている人も多いだろう?」
たしかに信幸たちの家の周辺は田んぼや畑が多い。この辺で一番近い住宅街はまず信幸たちの家を出て、田んぼや畑を抜けたバス停の近くだ。そこまで行くと住宅やお店がいくつか存在する。
この山に面した二つの家は田舎の中でも、わりと
「ここら辺の畑で収穫して、そのまま取り過ぎたからって余った分を頂いたりするんだよ」
都会に住んでいた雪丸には少し理解し難かったが、この辺は本当に平和で仲が良い人たちが多い。雪丸も畑で収穫した食物を頂いたことがあるので、初めて貰ったときにはなんでくれるんだ、と疑問を抱いたことを覚えている。
「そういえば区長さんにお酒もらってたな」
「ああ、雪丸くんに詐欺師扱いされた日のことか」
「だからそれは疑って悪かったって」
信幸の言葉に雪丸は素直に謝る。
かつて信幸の玄関に大量の酒瓶が置かれていたことがあった。そのときは区長から頂いたものだと信幸は言っていた。それを信幸が詐欺で騙しとった物だと勘違いしてしまったのだ。
「あれは別件だけどね。区長さんの家に妖怪が悪さをしに来るようになったって相談されて、祓ったときの礼で頂いたものだよ」
「へぇ、ちゃんと陰陽師してるときもあるんだ」
「いちおう、常時陰陽師なんだけどね、俺は」
「でも陰陽師としての仕事は……」
「滅多にない!」
雪丸の言葉に、信幸はきっぱりそう言い放つ。暫定無職だと言うのに、いっそ清々しさを覚える態度だ。
「ただいまー」
「おー、おかえり」
「おかえり、晴暁。お菓子は買えたか?」
とてとてと小走りで晴暁は居間に駆け込んできた。昼食後すぐに衣様駅前の商店街の駄菓子屋に買い物に出かけていたのだ。
信幸の問いにコクコクと頷いた晴暁はお菓子の入った袋を見せる。中には雪丸も懐かしさを覚える駄菓子がいくつも入っている。
「ん? のど飴も買ったのか?」
袋をひっくり返し、じゃらじゃらと買ったものを机の上に出した晴暁だったが、ぽろりと一つ机の上からお菓子が転がり落ちた。雪丸が拾うと、それは到底子供が買うとは思えない、渋そうなのど飴だった。
「ううん。もらった」
雪丸が気になって尋ねると、晴暁は首を横に振った。
「ああ、なるほど。ねぇ、雪丸くん知ってる? この地域は高齢化が進んでるから、晴暁みたいな子供はアイドルみたいにかわいがられるんだよ」
「えっ? ああ、それは……たしかに」
雪丸にも心当たりはあった。衣様町の、とくに駅から離れた住宅街付近は若者が少ない。そして若者の数に反比例するように高齢者は多く、近所のお年寄りは雪丸みたいな若者をまるで自分の孫のようにかわいがってお菓子をくれたり、なにかと世話を焼いてくることがあった。晴暁もそうやってかわいがられているのだろう。
都会のような便利さはないが、優しくて温厚な人が多い町だ。
「これ、あげる」
「ありがとな」
晴暁から飴を受け取り、口の中に放り込む。しばらく舐めていると、口の中がしゅわしゅわしてきた。パッケージを見ると、ラムネ味の飴らしい。
「コンビニとかなら適当に履歴書をでっちあげればいけるかな……」
美味しそうにお菓子を頬張る二人を他所に、信幸は真剣な顔をしてそう言った。
でっちあげると聞こえたが、それは経歴詐称とかに入らないのかと雪丸は疑問に思いながら口を挟む。
「んー、たしか駅の近くのコンビニが人手不足だってアルバイト募集の張り紙を貼ってたのを見たな。ダメ元で応募してみたら?」
「そうだなー。今を生きるにはお金が必要不可欠だからね」
雪丸からの情報を得て、信幸は少し考え込む様にして唸ると顔を上げた。
「よし、コンビニバイト、やってみよう」
「頑張れ」
「がんばー」
「声援が雑だな⁉︎」
信幸の仕事探しよりもお菓子を食べるのに夢中になっていた雪丸と晴暁は一言だけそう言うと、練飴の棒を回して必死に練っていた。何度も練っていると最初は固かった飴が徐々に柔らかくなって回しやすくなる。
「つぎ、これやる」
練飴を口の中に放り込んだ晴暁は知育菓子を手に取った。パッケージ裏に書かれた指示通りに水と粉を混ぜていけば、別の色に変わっていくお菓子だ。
どんどん色が変わって、ふわふわに膨らんでいく様子を晴暁は楽しそうに遊んでいた。
「お菓子に負けてるのか、俺は……」
楽しくお菓子を頬張る二人を信幸は悲しげな、けれどとても優しい表情で見つめていた。
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