第10話

 雪丸たちは共同生活を送るにつれて、家事は分担してやろうということになっている。そして今日の雪丸は料理当番の日だった。

 学校帰りにスーパーに寄って買ってきた材料を使って、肉じゃがでも作ろうと雪丸は考えながら学校の鞄を自室に置き、居間で宿題を早々に終わらせた。

 午後五時半頃。雪丸は夕食作りに取り掛かった。


「雪丸くんの料理は初めてだから楽しみだなー」

「ゆきまるくっきんぐー」


 台所の入り口には信幸と晴暁が立って、こちらの様子を覗いていた。信幸の家に来てから雪丸が料理当番になるのは初めてなので、料理の腕前が気になってしかたがないらしい。


 ちなみに昨日は信幸が料理当番だったが、その腕前は悪くなかった。ただ、信幸はなんでもレシピを見ないと作れないタイプらしく、調理中何度もレシピを執拗に確認していた。

 すりきり一杯、と手を震わせながら計量スプーンを持って真剣に砂糖を掬い上げる信幸の姿はなかなかに新鮮だった。もっと適当に作る性格なのだと思っていたので、意外と細かいところもあるんだなと思ったが、晴暁曰く、信幸は目分量というものが苦手なだけらしい。


 雪丸は慣れた手つきで野菜を切っていくと、材料を油の引いた鍋の中に放り込んでいく。両親が仕事でご飯を作れないことが多かったので、雪丸にとって料理は得意な部類だった。

 信幸のようにレシピを見なくても、雪丸の頭に記憶されている基本の味付けをして、野菜が柔らかくなったのを確認した雪丸は味見として小皿に入れた汁を少し飲む。


「ちょっと待て、なんで今醤油入れた?」

「え? だってなんか味が薄かったから」

「醤油入れただけだと辛くなるだけだろうが!」

「大丈夫だって、他の調味料も適当に……ほいっと」


 味を確認した雪丸が急に醤油を追加するのを見て、台所前で見守っていた信幸が口を挟む。しかし雪丸はそんなことなど気にも留めず、いろんな調味料を目分量で鍋に追加していった。


「えぇ……こんな適当に……」

「おとこのりょうり?」


 晴暁は首を傾げ、信幸は心配そうな表情で鍋を見る。レシピ重視派の信幸には雪丸の目分量で行われる味付けの仕方は不安らしい。


「完成!」


 そんな二人を放っておいて雪丸は肉じゃがを完成させた。みんなで食べるため、鍋を持って居間まで移動する。

 信幸は不満気な顔をしながら皿を出し、晴暁はお椀に白米をついでいた。


「いただきまーす」


 机を三人で囲み、みんなで手を合わせていただきますをする。

 最初は心配そうに肉じゃがを口に運ぶ信幸だったが、一口食べると驚いた顔をして次々と箸を進めた。


「晴暁、どうだ?」

「うまい」

「そうか、よかった」


 晴暁はコクコクと頷いた。ちゃんと美味しいものを完成できてよかったと雪丸は安堵した。


「あの目分量でここまで美味しい肉じゃがができるとは……もしかして雪丸くんってば、料理上手?」

「自分では下手ではないと思ってますけど」


 今までの雪丸の料理は自分自身のためにだけに作られたものだった。

 自宅の机の上に置かれた、親の書き置きとお金。それを使って食材を買って、夕食を作る。そしてそれを一人で食べる日々。

 美味しいと言ってくれる人はおらず、唯一雪丸の料理に感想を言えるのは雪丸本人しかいなかった。なので、雪丸には美味しいと思える料理が他の人に美味しいと感じてもらえるかはわからなかったし、知る機会もなかった。けれど。


「二人が美味しいって言ってくれるんなら、俺は料理上手な方なんでしょうね」


 雪丸はそう言って顔を綻ばせた。


「美味しいですぞ」

「うおっ、いつの間に!」


 信幸と晴暁が自分が作った料理を美味しそうに食べてくれているのを喜びながら見ていると、手元から高い声が聞こえて雪丸は反射的にのけぞった。

 先程の声の主を探すと、雪丸の肉じゃがが入っている皿に爪楊枝を刺して、じゃがいもを盗み食いをしている妖怪を見つけた。


「一つ目ー。おまえなぁ」

「もっとください」

「わかった、わかった」


 熱々のじゃがいもを飲み込んだ一つ目小僧は雪丸におかわりを希望した。しかたなく雪丸は新しい皿を用意して一つ目小僧用に取り分けて、彼の前に皿を差し出した。


「ありがとうございます、雪丸殿!」


 そう言って一つ目小僧は嬉しそうに笑って、小さな体を器用に動かして爪楊枝を使い、具材を小さく切り分けて自身の口に運ぶ。


「うまいですぞ!」

「はいはい、ありがとな」

「俺の料理は普通とか言ってたくせに……」


 雪丸の作った肉じゃがを美味しそうに食べる一つ目小僧を、信幸は少し恨めしそうに見ていた。


「信幸殿の料理はレシピ通りの味がします」

「レシピ通りに作ってるんだから当然だろう」

「面白みがない」

「料理に面白みなどいるか」

「要するに、同じ味過ぎて飽きたのです」

「なにをぉ、こいつ、生意気な!」

「はははっ。ご馳走様でしたぞー」


 一つ目小僧は満足したのか、皿の上の肉じゃがを完食するとどこかに走り去って行った。


「むぅ」


 残された信幸はムスッとしていた。しかししばらくするとなにごともなかったかのように食事を続けた。


 雪丸が信幸の家にきてわかったことは、妖怪はいるということ。そしてその妖怪たちは気まぐれな者が多く、先程のように突然姿を現してはすぐにどこかに行ってしまう。

 最初は廊下でばったり会ったときなどは驚いていた雪丸だったが、それももう慣れたものだ。とはいえ、やはり不意打ちでこられるとびっくりはする。


「一つ目小僧は生意気なところがあるんだよなー」

「一つ目って何歳なの?」

「いくつだったかな……たしか二百歳くらい」

「二百⁉︎」


 なんの気無しに聞いた一つ目小僧の年齢があまりにも想定外の返答すぎて、雪丸は思わずお茶を吹き出しそうになった。


「妖怪の寿命は長いからな」

「あんなに小さいのに……」


 一つ目小僧の大きさは一寸法師ごっこができるくらい、お椀にすっぽりと体が入る小ささだ。雪丸の両手のひらサイズのケサランパサランより小さく、片手に収まる程度。それが二百歳だとは、と雪丸は驚いたが、信幸の言う通り妖怪だしなとすぐに納得した。


「ちなみにケサランパサランたちは?」

「あいつら? あいつらは千年以上生きてるぞ」

「マジで?」

「さすがに千年以上は妖怪の中でも長寿な方だけどな」

「ふーん」


 妖怪の寿命の長さに驚きながらも信幸と会話していると、晴暁がジッと信幸を見つめていることに気がついた。


「ん? どうした、晴暁」

「……なんでもなーい」


 雪丸が声をかけると晴暁はふいっと顔を逸らした。信幸はそれを見てはは、と軽やかに笑う。


「お前が言うか、とでも思っているのだろうな」

「なんで?」

「はは」


 雪丸の問いに、信幸は笑うだけで返事ははぐらかされてしまった。

 まぁ、二人とも機嫌が悪いわけじゃないからいっか、と雪丸は肉じゃがのおかわりをよそった。

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