第8話

「自分の家だと思ってくつろいでくれてかまわないからね」

「うっす。ありがとうございます」


 信幸に出された茶菓子を食べながら雪丸が頷く。掃除で体を動かしたあとの疲れた体に甘いものが染みる。美味しい最中もなかだ。個装された袋を見ると、有名店の名前が書かれていた。


「まさかこれも貢物か……?」

「言い方。まぁ、そうだけどね」


 そうなんかい。心の中でつっこみながら、雪丸はううんと首を傾げる。


「どうしたー」

「んー、いや、そういえば俺って、信幸がどんな人間か知らないなーって思って」


 信幸は祖母宅の隣の大きな家で、晴暁という少年と二人きりで住んでいる男性。意外とノリがよく、冗談も言うし和装が似合うイケメン。雪丸が知っている信幸の情報はその程度だった。あと、先程言っていた職業は自称陰陽師。


「雪丸には俺がどんな人間に見える?」


 雪丸の言葉に信幸はそう問いかけた。まさか質問されるとは思わなかった雪丸は驚きながらどう言葉を返そうか考える。


「えっ、うーん、そうだな。見た目のわりにノリが軽くてその、同年代の友人、的な……」


 年上に友人なんて言うのは失礼かもしれない。けれど雪丸はそう思ったので素直にそう答える。しかし、なんだか恥ずかしくなって語尾がごにょごにょと小さくなっていく。


「ふーん、ふんふん」


 それを見て頬杖をついた信幸は、満足気ににたりと口角を上げていた。


「とっ、年上だしいちおう敬語で話とくかー程度の人間だな、信幸は!」

「あれっ? その程度の大人だと思われてたの、俺?」


 気恥ずかしくなった雪丸はつい、ツンと突き放すようにそう答えてしまう。

 信幸は先程のニコニコ顔から一転、衝撃を受けて口をあんぐりと開ける。


「それでいい」

「だよな?」


 晴暁がその通り、と言う顔で肯定したので雪丸は晴暁と目を合わせてそう言った。コクコク、と晴暁が頷く。


「ええ、晴暁まで……俺ってこれでもすごい陰陽師だったんだけどな……」

「いや、陰陽師とか言われても胡散臭すぎると言いますか……は?」


 嘘をついている人間に払う敬意はないなーと雪丸が口にしようとしたとき、雪丸の動きが止まる。開かれた縁側の戸、その先の庭に、なにかがいた。


「せーめー」

「こらこら、俺はあいつとは違うぞ?」


 そのなにかは当たり前のように縁側を上がり、信幸の肩の上に乗った。雪丸と違って驚いている様子はない。


「は、えっ?」


 見れば見るほど、人ではない。だからといって犬かと言われれば、それも違う。雪丸の両手のひらに乗るくらいの大きさの白くてふわふわとした綿毛が、三個ほど並んで飛んでいた。


「ひと?」

「ひと」

「ひとー」


 その白い謎の物体は言葉を発しながら、信幸の肩の上から浮かび上がると雪丸の周囲を取り囲む。


「うわっ、ちょっ、なんだこいつら!」


 必死になってシッシッと虫を払うが如く手で追い払おうとするが、白い生命体は逃げることなく、雪丸の膝の上に鎮座した。


「雪丸くんは知らない? ケサランパサランだよ。まぁ、妖怪の一種みたいなやつ。どうやら雪丸くんに懐いてるみたいだね」

「はっ? 妖怪って、なに言ってんのって、キモッ!」


 ふわふわと雪丸の周りを飛んだり、膝の上に乗るだけで特に害はなさそうだが、いかんせんどうしたらいいのかわからない。

 とりあえずこれの正体を知っている様子の信幸に話を聞こうと視線を向けると、机の上の大きな目玉と目が合い、悲鳴にも似た大声が出る。


「目玉親父⁉︎」

「そいつもあやかしの一種だな。一つ目小僧って言うんだ。仲良くしてやって」

「まだこいつらの方がかわいいから、こっちのがいい!」

「そんなこと言うなよ。一つ目小僧も雪丸と仲良くしたいみたいだぞ?」

「いやいやいや。妖怪とか意味わからん!」


 ケサランパサランに一つ目小僧。お茶をしていただけなのに、急に二種類の妖怪と出会った雪丸は困惑して首をぶんぶんと横に振った。


「意味わからんことはないだろう。妖怪なんて世の中にいっぱいいるだろう? たしかに昔に比べて数は減っているけど」

「いや、少なくとも俺は初めて見た!」


 この世の中に妖怪がいるなんて信じられない。雪丸は幽霊や妖怪などのオカルトじみた話は信じないクチなのだ。

 しかし目の前でふわふわと楽しそうに飛び回っている謎の生き物と、机の上で当たり前のように最中もなかを頬張っている一つ目の小人がいるのも現実だ。これが雪丸の夢の中でない限りは。


「そんなことないかもよ? 妖怪の数はたしかに減少傾向にある。けれどいなくなったわけではない。人間界に適応して人のように振る舞って生きている妖怪も世の中にはいるんだ。雪丸くんもどこか街とかで気づかないだけですれ違っているかもしれない」

「ええ?」


 信幸はにこっと笑って説明する。雪丸は未だに目の前の現実を受け入れられなくて困惑していた。


「百歩譲ってこいつらが妖怪だとして、なんでここにいるんだ⁉︎」

「こいつらは気分屋なやつらだから、たまにこうして俺の家に寄って行くんだ」

「マジか……」


 妖怪はいない。そう言うには目の前の彼らの存在感があまりにも強すぎて、さすがに雪丸もその存在を認めざるをおえない。

 信幸に離れるように言われて、雪丸のそばを離れて庭で遊びだした妖怪たちを横目に信幸に話を聞く。


「……ふぅ、いや、さすがにこの状態を見て妖怪なんていませんとは言わないけどさ。まだ困惑してるっていうか」

「まぁ、しょうがないといえばしょうがないな。現代じゃ、妖怪なんて表舞台に出てくることはたいしてないからな」

「さっき信幸は自分は陰陽師だって言ったじゃん? 本当に信幸が陰陽師なんだとしたら妖怪とは敵対してるもんなんじゃないの?」


 雪丸の知っている陰陽師は妖怪を退治するのが仕事だったはず。なにほんわかしているんだと雪丸は信幸に問いかけた。


「うん? まだ本物の陰陽師じゃないって疑われてるの、俺?」


 信幸は少しショックを受けた顔をしながらも言葉を続ける。


「まぁ、そうだなー。べつにこいつらは悪さをするわけではないし、問題ないだろう、と俺は判断してる」

「妖怪でも害がないなら放置しておくって……陰陽師はそういうものなの?」

「そういうものだよ。少なくとも俺はね」


 信幸は雪丸の問いにそう答えると、軽やかに笑って頷いた。

 陰陽師に、妖怪。雪丸の今まで生きてきた世界にはありえなかったものが、今、目の前にいる。そのことはいくら信じられないと思っても、現に目の前にいる、事実なのだ。


「というか、俺もずっと気になってたんだけどさぁ」

「なに?」


 最中もなかを食べ終わった一つ目小僧に握手を求められて指先で握手をする雪丸に、信幸が疑問の声をあげる。


「さっき雪丸くんは俺のこと年上だからいちおう敬語で、って言ってたけど、度々敬語抜けてるからね、きみ。というかほとんど敬語じゃない」

「えっ、マジで? すんません」


 いけない。信幸のことをいくら友人のように感じていても、年上に向かってタメ口で話すのは失礼だろう。雪丸は素直に頭を下げた。


「ああ、いや、べつにいいんだけどね。誰とでもすぐに距離を詰められる。それは雪丸くんのいいところだ」


 どうやら雪丸がタメ口で話しているのを信幸は気にしていないようだ。本当にふと気になって言っただけのことだったのだろう。それなら今まで通りでいいか、と雪丸は態度を変えないことにした。


「んー、でもそれ言ったら信幸も俺のことを雪丸って言ったり、雪丸くんって言ったり呼び方バラバラだけどな」

「えっ、ごめん、いやだった?」

「べつにいいけど。俺は全然気にしないタイプだし」


 雪丸もとくにそういうのは気にしない性格だ。信幸の問いに首を横に振った。


「そっか。ならよかった」

「せーめー、じゃない。のぶゆきは昔からこうなんだよー」

「そうだよ」

「適当なの」


 庭で遊んでいたケサランパサランたちが雪丸の耳元に近づいて一人、いや一匹ずつそう呟いていく。


「おーい、その内緒話、俺にも聞こえてきてるぞ」

「わー」

「怒られちゃうー?」


 信幸に声をかけられ、ケサランパサランたちは楽しそうにくすくす笑いながらまた庭へと飛んでいった。

 いったいどんな原理で飛んでいるのだろうかと雪丸は気になったが、彼らは妖怪なので原理などないのかもしれない。考えるだけ無駄な気がして雪丸は思案するのをやめた。


 最中もなかを食べてひと息ついたあとは一つ目小僧に頼まれて一寸法師ごっこをしたり、雪丸が作って飛ばした紙飛行機の上にケサランパサランが乗ってサーフィンごっこのようなことをしたり、晴暁と蹴鞠をしたりと体を動かし、信幸の作った夕食を食べてお風呂に入って昼間掃除した部屋に敷いた布団に潜った。

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