第7話

 祖母の海外旅行の間、信幸に面倒を見られることになった雪丸は部屋を掃除していた。


「埃被りすぎだろ……」


 信幸の家は大きいが、その分普段使われていない部屋の手入れが行き届いていないらしく、まずは雪丸が一ヶ月ほど暮らす部屋をきれいにしなくてはならない。


「ぞうきん」

「掃除の基本は上からやること、だったかな」


 開いた襖の前で立ち止まる雪丸と、その後ろに雑巾を握りしめてやる気に満ちた表情の晴暁と箒を構えた信幸。

 三人はこれから掃除する、つまり雪丸の部屋になる部屋と睨み合いをしていた。


「手伝ってくれんのはありがたいけど、ここはなんの部屋なの?」

「ここは……なんだったかな。資料室?」

「これが資料? なんのだよ……」


 雪丸の目の前に広がる世界に見えるのは、小汚い紙の束とそれに積もった何十年分の埃。誰かが昔、ここを部屋として使っていた痕跡として残っているのは箪笥タンスくらいだった。


「この紙、捨てていいやつなの?」

「そうだな……うん、いらない」


 信幸は少し真剣な表情で考え込んだあと、すぐに顔を上げて頷いた。


「すてろー」

「おっし、全部捨てるぞ!」


 この状態では箒ではく、とか雑巾で拭く、という工程を行えない。ということでとりあえず部屋の中にある多くの紙の束を廊下に積み上げていく。


「読めねぇ……」


 雪丸が興味本位で紙の上の埃を払い、なにが書いてあるのか確認しようとするが、あまりにも達筆すぎて読めない。


「なー、これなんの資料なの?」

「うん? ああ、そこらへんはたしか陰陽道について書かれた書類があったような」

「おんみょーどー?」

「陰陽道。陰陽師の……なんだ、説明めんどくさいな。陰陽師が使う術のアレ的なやつだよ」

「アレ的なやつでわかるか!」


 信幸は陰陽道について解説しようとしたものの、途中でめんどくさくなったようで随分とおざなりな説明をしてきた。あまりの適当さに雪丸は大声でつっこむ。


「えーと……ゲームで言うところの、陰陽師という職業が取り扱う術の説明書みたいな? 若い子にもっとわかりやすく言うと、魔法使いが使う回復魔法や炎で攻撃する魔法の使い方を書いたしょってところかな」

「説明それで本当にあってるのか……」


 信幸は雪丸世代にもわかりやすいように例えて説明し直してくれたが、本当かと疑問に思い、雪丸は苦笑した。


「まぁ、ここにあるのはほとんど俺が昔読んでたやつとかだな」

「これを⁉︎ すげぇ古そうなやつばっかりだけど」


 この部屋の紙束はどれも古めかしい。紙の色は黄ばみ、物によっては手に取っただけでびりびりと破れてしまった物もある。


「昔はもう少し綺麗だったんだよ」

「へぇ、でもなんでこんなのが信幸の家にあんの?」

「それは、ほら。俺は陰陽師だから」

「そっかー、なるほどな。って納得できるか。なんだ、陰陽師って」


 なにを言っているんだと雪丸はジトっと信幸を見る。しかし信幸はきょとんとした表情で首を傾げた。


「え? ああ、そうか。雪丸は陰陽師を知らないのか」

「いや、陰陽師くらい知ってるわ。あれだろ? 映画で出てきたあの……なんか式神とか使って戦うひと」

「そうそう、なんだ、知ってるんじゃないか」

「いや、陰陽師の存在は知ってるけど、信幸が陰陽師とか言われても。どうせ嘘だろ?」


 今までの付き合いでわかったが、信幸はわりと冗談を言うタイプだ。今回もそうだろうと判断した雪丸は、信幸の言葉を信じる気にならなかった。


「嘘か……本当なんだが、信じてもらえんものだな」

「うさんくさい」

「やめて、晴暁にまでそんなこと言われたら信幸くん悲しくなっちゃう」


 よよよ、と悲しげに顔を覆う信幸。

 陰陽師の存在は映画で見たことがあるし、不思議な術を使えるのはかっこいいとは思うが、所詮は忍者とかと同じ、過去のいたで人たちの話だろう。雪丸は自身を陰陽師だと名乗る信幸に呆れながら掃除を続けた。


「うっし、こんくらいでいいか」


 数時間後。雪丸は埃一つない部屋で満足そうに頷いた。ちなみに、埃どころか家具もない。唯一この部屋にあった箪笥は古く、外装がボロボロになっていたので粗大ゴミとして出す予定だ。


「ううん、これまたきれいになったな。布団は家にあるのを使えばいいし、あとは机が必要かな」

「いや、べつにいいよ。ばあちゃんが心配して信幸と同じ家で暮らせって言ったからこっちきただけで、一ヶ月もすればばあちゃん家に戻るから。戻ると言っても隣だけど」

「じゃあ、宿題は居間でするといい。あそこには大きい机もあるしテレビもあるからな。くつろぐにはちょうどいい」

「のぶゆき、いつもごろごろしてる」

「こら」


 晴暁の告白に信幸は短くつっこみを入れる。ずっと思っていたが、本当に仲の良い二人だ。


「廊下の紙束はまとめてぽいっと捨てに行くとして……おやつの時間だな」


 信幸は纏め上げられた紙束を見て神妙な顔をしたかと思えば、にこっと笑って軽快に居間へと移動を開始した。

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