第6話

 引っ越しによる環境の違いにも適応できた雪丸に、その日は突然やってきた。


「うん、うん。私は元気にしてるよ……うん、ごめんねぇ。気持ちは嬉しいんだけど……孫をね、置いて行くわけには……うん、ごめんね」


 家の最寄りのバス停から歩いて帰宅した雪丸の目の前で、がちゃんと電話を切る祖母。心なしか悲しそうな表情を浮かべているように見える。


「俺がどうかしたの?」

「あっ、雪丸。なんだ、帰ってきてたのねぇ。おかえり」

「ただいま。それより今、俺のことを話してるのが聞こえてきたけど、なんの話してたの?」

「ああ、いやね。ばあちゃん、海外に住んでるお友達がいるんだけど、近況報告してたら話の流れで、こっちに観光に来ないかって誘ってくれたんだよ」

「へぇ、いいじゃん。行ってきなよ」

「そんな、雪丸を置いてなんていけないよ」


 祖母は雪丸の提案に首を横に振った。気象庁は先日梅雨明けを宣言したのいうのに、祖母の表情は晴れきっていない。

 理由は雪丸にもなんとなくわかった。祖母は一人きりの雪丸を心配していた、だから友人の誘いを断った。本当は海外に旅行に行きたいのに、雪丸のことが放っておけないのだろう。

 彼女が海外に行くことが夢だと知っていた雪丸は自分のせいでせっかくのチャンスを潰してしまうのが申し訳なく思い、言い返す。


「大丈夫だって。俺がここにきて二ヶ月は経つんだぜ? 友達もできたし、ひとりでも大丈夫」

「でも……」


 雪丸にそう言われても遠慮しようとする祖母に雪丸は笑う。


「行ってきてよ。海外行きたいって、去年電話したときに言ってたの、俺覚えてるからさ。俺のせいでばあちゃんが遊びに行けないのはいやなんだ」


 雪丸の素直な言葉を聞いて、祖母はしばらく考え込んだ後、ゆっくり頷いた。


「……そう。じゃあ、行ってこようかな。雪丸は料理はできたよね?」

「おー、親がいない時は自分で作ってたから」

「そうか、そうか。ばあちゃんのこと気遣ってくれて、料理もできて、立派に育ってくれたね。昔はこんなに小さかったのに」

「どんだけ昔の話してんの。それよりほら、さっきの友達に電話しなよ。やっぱり行くって」

「そうだね」


 祖母は優しく微笑んで受話器を取る。電話越しに友人といくつか言葉を交わし、次の週から祖母は一ヶ月旅行で家を開けることになった。

 ずっと雪丸に気を遣い続けているであろう祖母が楽しい旅行に行けるのは雪丸としても嬉しいことだった、のだが。


「よろしくねー」

「なんでだよ⁉︎」


 場所は祖母宅の隣、信幸の家。雪丸の目の前でにこにこ笑う信幸は手をひらひらとさせてそう言った。思わず雪丸の大声が周囲に響く。

 なんと祖母が家を開ける間、祖母の計らいで雪丸は信幸の家に住むことになったのだった。

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