第5話

 今朝は珍しく晴れている。だが足元には昨晩の雨でできたであろう水溜りがあり、雪丸はそれをぴょんと飛び越えた。


「おー、雪丸くん。今日も学校か。気をつけて行くんだよ」

「うっす、行ってきます!」


 あの日以降、庭先などで信幸と顔を合わせると挨拶をする仲になった。何度か祖母のお裾分けを届けに行ったりしているうちに、いつの間にかそのくらいの仲にはなっていたのだ。

 庭先の花壇に植えられた植物に水を遣る信幸に見送られて、今日も雪丸は学校に行く。

 近所に信幸という話し相手を見つけられたのはいい収穫だった。最初はお裾分けを渡すだけ。それが今では見かけたら挨拶して、お裾分けを持って行くついでに玄関先で長居して話をするくらいにはなれたのだから。


「話し相手の数は多い方がいい!」


 そう断言して学校から帰宅した雪丸は信幸の家に向かった。


「こんちわー。ばあちゃんからタッパー返してくれって、言われ、て……」


 まるで友人の家に上がるように気さくに信幸の家の門をくぐり抜けた雪丸の語尾が、小さくなって消えていく。

 言葉を詰まらせた雪丸の目の前にいるのはにこやかに笑う信幸――ではなく、見たことのない小学生か中学生くらいの男の子。

 信幸の家の庭で、身軽な服装をした少年はまりを抱えたまま雪丸をじっと見つめている。


「えっ、だ、だれ……」


 雪丸はばっと横を向いて玄関先の表札を確認するが、ここは信幸の家で間違いなかった。

 信幸と雪丸は何度も話をした。しかし、信幸に子供がいるなんて話は聞いたことがない。ならば今、雪丸の目の前にいるこの子はいったい誰なのだろうか。


「まさか……隠し子ってやつか!」

「違う」

「うわっ」


 雪丸がたどり着いた答えは一瞬で、背後から聞こえた低音に否定された。慌てて雪丸が振り返るとにっこりと笑顔を浮かべた信幸が立っていた。


「あ……ども」


 雪丸はへへ、と軽く笑って信幸に会釈する。


「……はは」


 返事をしない信幸に、雪丸の口から乾いた笑い声が漏れる。

 率直に言うと、怖い。笑顔を崩さずこちらを見つめる信幸から圧を感じる。美人の真顔は怖いと聞いたことがあるが、こういうことかと雪丸は納得した。


「すっ、すんません。お子さんのこと、誰にも言いませんので」

「だから違うって」


 背後からは少年に、前方からは信幸に静かに見つめられて気まずくなった雪丸はそそくさと信幸邸を後にしようとした。が、信幸に首根っこを捕まえられてしまった。


「ちゃんと紹介するから。まず、この子は俺の隠し子ではない。いいね?」

「あっ、はい。わかりました」


 首根っこを掴まれたまま、雪丸は信幸の庭に繋がる家の縁側に引きずりこまれ、座るように促される。雪丸は言われた通り縁側に腰を下ろした。

 少年はそんな二人に目もくれず、一人で蹴鞠けまりをして遊んでいた。


「あの子は俺の子じゃなくて、ちょっと訳あって預かってる子だから。名前は晴暁はるあき。ちょっと口下手なところがあるけど、きっと雪丸となら仲良くなれると思うから、よくしてあげてよ」


 雪丸の隣に腰掛けた信幸は、無表情のまま庭で蹴鞠をしている晴暁を優しい目で見つめた。


「はぁ。俺一人っ子だし、年下の扱いとかわかんないな」

「一応晴暁は十三歳だけど、ある意味では雪丸より年上だから仲良くできると思う」

「ああ、そう……一応? 年下なのに年上って言った、今?」

「はは、細かいことは気にしなくていいだろ」

「細かいことか⁉︎」


 まあまあ、と雪丸の疑問を信幸は聞き流す。浮かべた笑顔が胡散臭い。


「晴暁」

「なに?」


 信幸が晴暁の名を呼ぶと、晴暁は蹴鞠をやめて先程のように雪丸たちの方をじっと見た。


「この子、お隣さんの子だよ。名前は雪丸。仲良くしなさいね」

「なかよく? わかったー」


 とてとてと信幸に近づき、信幸の言葉にコクコクと頷いた晴暁が雪丸を見つめる。


「あ、ども……雪丸デス」

「はるあき」

「あっ、うん。晴暁さん、いや晴暁くん? とりあえずよろしく?」

「よろしく」


 雪丸が名乗ると晴暁は手を差し出した。

 雪丸が晴暁の独特な空気感に戸惑っていると握手だよ、と隣から信幸に言われて雪丸ははっとして晴暁の手を取った。


「なかよくしよう」

「あ、ああ、うん」


 まったりとした話し方にいまだ困惑はしているものの、悪い子ではなさそうだ。雪丸はそう思って頷いた。

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