第4話
車が一台分止まる小さな駐車場を通り抜け、隣の家の前に立つと眼前の建物を見据えた。引っ越してきたときにも思ったのだが、相変わらず大きな家だ。土地だけで言うと祖母の家の二倍以上大きく、庭も広そうだ。
学校に行くときに時折若い男性が生垣越しに、花壇に水を撒いているのを見かけるが、こんなに大きな家に住んでいる人物とは一体どんな人なのだろう。
ピンポン、と門に備え付けられた呼び鈴を鳴らす。するとはーいと声が聞こえ、すぐに男性が出てきた。歳は二十五歳前後だろうか、整えられた黒く艶のある髪で身長が高く、スタイルがいい。紺色の着物を完璧に着こなしていて、なにより顔がいい。もしここに女子がいたら黄色い声援が聞こえてくるに違いないだろう。
「うん? きみは……
「あ、はい。ばあちゃんがこれ、お裾分けだって。その、どうぞ」
傘を差さずに門のところまでやってきた男性は雪丸を一瞥してそう尋ねた。雪丸の祖母の名前は松子という。男性の問いに頷いて雪丸はおずおずとタッパーを渡した。
「ああ、ありがとう。これはまた美味しそうな煮物だね。松子さんの手料理はどれも美味しいから嬉しいよ」
「あっ、そっすか」
気まずい。イケメンオーラを放ちながら微笑む男性に雪丸は圧倒されて少し後ずさった。
「ああ、そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺は
「えっと、俺は雪丸。佐々木野雪丸です。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね、雪丸くん」
「あっ、はい」
どんよりとした雲行きとは正反対の、明るくにこにこと愛想の良い笑顔。気さくな人柄そうだ。
「ん? あれ、なんですか?」
門と信幸の向こう側。開かれっぱなしになっている玄関にたくさんの酒瓶らしきものが並べられている。あまりの数だったので雪丸は気になって信幸に尋ねた。
「え? ああ、あれか。あれは区長さんが捧げ物だって言って持ってきてくれた、頂き物のお酒だよ」
「は?」
けろりと返す男性に雪丸の口から素っ頓狂な声が漏れた。
いま、捧げ物と言ったのか。捧げ物は神様に捧げるものとか、そういうものなのではないだろうか。それをなぜこの男が持っているのだろうかと雪丸は首を傾げる。
「だめだよ? これは俺が貰ったものなんだから、未成年には飲ませられないな」
「あんたが飲むのかよ!」
雪丸は大声でつっこみながら、いやな考えに行き着く。
もしかして、もしかしてなのだが、この男は詐欺師なのではないだろうか。雪丸の祖母や区長などのお年寄りを騙し、高価な献上品を貢がせる。霊感商法を行なっている悪いやつでは、と雪丸は信幸を疑い、きっと睨みつけた。
「あんたなんかにやる金はねぇから!」
「なにが⁉︎」
唐突な雪丸の言葉に信幸は困惑した表情を見せた。
「あんた、俺のばあちゃん騙して貢がせてんだろ⁉︎」
「してない、してない!」
「区長さんのことも騙してるんだろ⁉︎」
「騙してない! これは区長さんがお礼にって持ってきたお酒だよ。ごめんね、俺の言い方が悪かったからなにか勘違いさせちゃったみたいだ」
雪丸が玄関に置かれた酒を指さして叫べば、状況を理解したのか信幸はゆっくりとその言葉を否定した。
「……ほんとに? うちのばあちゃん騙して口座の金抜いてやろうとか思ってない、ですか?」
相手は年上だ。信幸に落ち着いた大人な対応をされ、少し冷静になった雪丸はそれをはっと思い出して申し訳程度に語尾を敬語に変えた。
「思ってないよ」
「そうですか……すみません、勝手に勘違いして」
「あはは、いいよ。過去にも何度か言われたことあるし」
言われたことがあるんかい。信幸の言葉に内心つっこみを入れながら雪丸はため息をついた。
いつもこうだ。雪丸は少し思い込みの激しいところがあり、すぐ信幸を疑ってしまったことを反省して頭を下げる。
「疑って、大声あげてすみませんでした」
「気にしないでいいよ。いい子だね、きみは」
「そうですかね」
手をひらひらとさせる信幸の言葉に顔を上げた雪丸は適当に相槌をうつ。雪丸は自身のことをあまりいい子だという認識をしたことがなかったので、信幸の言葉を素直に受け止められなかった。
「少なくとも俺よりはいい子かな」
「やっぱ詐欺師か?」
「違うから!」
ジトッと雪丸が疑いの目を向けると信幸は手をぶんぶんと振って否定した。
第一印象はにこやかでおとなしい人だと感じたが、少し話しただけでかなり表情豊かなことがわかり、信幸には失礼だが見た目より若い性格をしていそうだと雪丸は思った。
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