第1話

 佐々木野ささきの雪丸ゆきまるは茜色の光の差し込む電車に揺られていた。

 元々住んでいた都会から新幹線に乗り、新快速へ、そしてローカルな電車に乗り換え、祖母の家がある田舎の駅へと向かっている。


「はぁ」


 平日の夕方だからか、最初は乗客も多かった。しかしひとつ、またひとつと駅を越えるたびにその数は減り、終いには雪丸と同じ車両には他の乗客はいなくなってしまった。

 そんななか、ほぼ貸切状態の電車内で雪丸は座席に深く体を預け、少ない荷物を横目にため息をついた。

 窓の外に広がる自然豊かな景色を眺めることなく、浮かない表情をしているのはそこそこに長い旅路のせい、ということもあったが、なによりも自身の置かれた状況に納得ができなかったからだ。


 雪丸は一週間前に事故で両親で亡くした。兄弟がおらず、一人残された雪丸は親戚、祖母の家に引き取られることになったのだが、それに伴い引っ越しをしなければならなかった。

 雪丸は齢十六、時は五月。初めて高校というものに入り、そこそこに友人関係ができあがったタイミングだったのだ。そんなときに引っ越し。自分が頑張って築き上げた一ヶ月の友情は簡単に消え去り、なんとも珍妙な時期に知り合いが一人もいない学校に転校しなければならない。簡単にいうと、新しい学校で友達ができるかの心配をしていた。


「次は終点、衣様いざま駅ー。次は終点、衣様駅ー。お降りのお客様はお足元にご注意ください」


 車掌のアナウンスでハッとする。いけない、思わず寝てしまうところだった。うとうととし始めた意識をはっきりとさせるために首をぶんぶんと振った雪丸は荷物を持って立ち上がった。

 祖母の家に行くにはこの駅で降りた後、バスに乗らなければならない。祖母が車で駅まで迎えに行こうかと提案してくれたが、あまり迷惑はかけたくないと断っていた。


 改札を出ると、駅前のバス停でバスを待つ。時刻などは事前に調べてあるので待ち時間は少なく、すぐにバスに乗った。

 バスの中にいるのは地元の小学生とお年寄りが多いようだ。乗車口で紙を取って、自分の降りるバス停までぼぅっと外を眺めた。

 駅前の広場の寂れた噴水。年季の入った商店街のアーケード。自転車置き場には数年放置されたであろう錆びついた自転車がすみっこに寄せられている。


 いくつかのバス停を過ぎ、目的のバス停で降車ボタンを押した。

 祖母の家には毎年の夏休みに来ていたのでなにも迷うことなく、住宅街を抜けて田んぼと畑の横を通り過ぎながら祖母宅に向かう。


「ああ、雪丸。おかえり」

「……ただいま」


 祖母の家に着くと、玄関の前で祖母が優しく微笑んで待ってくれていた。雪丸は頭を掻いてぶっきらぼうに返事を返した。

 祖母のことは好きだ。夜勤が多くほとんどの時間、家にいなかった両親よりも構ってくれるから。だが、毎年正月と夏休みにしかこない家で、ただいまと言うのはしっくりこなくて、つい返事をするのに間があいてしまった。

 それを祖母は察したのだろう。気まずそうな表情を見せる雪丸になにか言ったりせず笑顔を崩すことなく家に上げ、温かいお茶を出してくれた。

 雪丸は差し出されたお茶を一口飲むと、祖母宅のお茶の味と普段自身の家で飲んでいたお茶の味が違うことに気づき、改めて引っ越してきたことを確認するとどこか悲しそうに眉を下げた。

 いつもは正月や夏休みにだけ飲んでいたこの苦味の多い緑茶の味が、これからは普段のお茶の味になるのだ。緑茶がきらいなわけではないが、意図せずともしんみりとしてしまう。


「……」


 普段ならペラペラと勝手に出てくる言葉が喉につっかえてなかなか出てこない。祖母となにを話したらいいのか、なんの話題を振ればいいのか。考えても考えてもうまく言葉にできなかった。


 そんな雪丸の心境を察したのか、祖母は雪丸がお茶を飲み終わると家の案内を始めた。

 何度も来たことのある家なのでトイレの位置や風呂の位置は把握しているが、祖母は改めて簡潔に説明をすると二階へ上がった。


 六十代後半に差し掛かった祖母は、雪丸にとって祖父にあたる夫を五年前に病で亡くし、今は一人暮らしだ。一人で一軒家に住んでいたはずだが、どの部屋も埃が溜まっていることなく、雪丸のために掃除をしてくれたのだろう。それに気づき、硬くなっていた雪丸の表情も緩んだ。


「ありがとね、ばあちゃん」

「うん? なにが?」

「なんでもない」


 お礼を言ったが祖母に聞き返され、なんだか気恥ずかしくて首を横に振った。

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