ご近所さんは陰陽師でした

西條セン

烏天狗と傲慢天狗

新しい日常と恋する妖怪

プロローグ

「俺さー、アイドルになろうと思うんだよね」

「は?」


 目の前で退屈そうに頬杖をついて横になる男の言葉に、雪丸ゆきまるの口から素っ頓狂な声が漏れた。


「急になに言ってんすか」

「いや、だってさぁ――仕事がなーい!」


 大声で叫びながら両手をバッと上げ、畳の上に大の字になった男の名はかなめ信幸のぶゆき

 これでも職業はいちおう、陰陽師というものである。


「ねぇ、雪丸くん。最近平和過ぎない? おかげでどんどん俺の仕事はなくなって、先月なんて収入ゼロ! どうしろってんだー!」

「いや、普通に働けばいいだろ」

「うんうん、だから俺はアイドルになろうと思うんだ」

「なにがあったらそういう考えになるんだよ!」

「知らないの? 世はアイドル時代なんだよ?」

「アイドル時代ってなんだよ……」


 自分より幾分も年上の、信幸の意味のわからない言葉に雪丸は大きなため息をついた。


「ふつーに会社員とかになればいいんじゃないの?」

「できない。俺には協調性がないからね」

「そんな誇らしい顔で言うことじゃないだろ」


 キリッと無駄に整った顔で自慢気に言う信幸に呆れながら、雪丸は握りしめたシャーペンを手放した。


「あー、めんどくせー」

「だめだよ、宿題はちゃんとやらないと」

「俺、数学嫌いなんだよな。公式を覚えたら簡単だよ、とか先生は言うけど公式とかいっぱいありすぎて頭ん中ぐちゃぐちゃする」


 なんて会話をしつつ、雪丸はシャーペンをころころと転がしてだるそうに顔を机に押し付けた。


「やーれー」

「わかってるよー。ちょっと休憩」


 だらん、と机の上でだれていると縁側から紙飛行機を持った少年が顔を覗かせ、雪丸に忠告する。それに気の抜けた声で返事しつつ、雪丸はそっと瞼を閉じた。


 どうして自分は今、血が繋がっていない人物と一緒にいるのか。そしてなぜ、同じ家に住んでいるのか。すべては一ヶ月程前まで遡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る