〈48〉大っ嫌いですから
ライフル銃の引き金がひかれる、その直前――――
「【
ナデシコが、力を発言した。
突如として現れた銀の盾に、スーの弾丸は防がれる。
スーは少し、驚いたような表情を見せた。
強固な盾が突然現れたことに対してか、はたまた、その盾の防御力に対してなのか。
その理由は定かではないが、とにかく、スーは驚いていた。
しかし、スーもまた、強者。
即座に、驚きという感情を引っ込め、冷静に状況を分析し、『突然現れた強固な盾』は、ナデシコの【勇者の力】によってもたらしたものであることを理解する。
「なるほど……それが噂の……この世界の【勇者の力】ってやつね。ふぅん……私の攻撃を、たった一発とはいえ防げるなんて、凄いじゃないの。……で? どうするの? 確か……ナデシコさん、だっけ? そんな所に立っちゃって、ひょっとして――――私と一戦交えようとでも言うつもり?」
スーが、威圧を含んだ低い声で、そう言った。
というのも、ナデシコは今、ライフル銃とキーグンの間に立ち、両手を広げているのである。
まるで、キーグンを守ろうとするかのように。
ナデシコは、スーの問い掛けに答える。
「一戦交えようなんて……思ってない。私はただ……この人を助けただけだよ」
「そいつを? バカなのあんた……そんなクズみたいな奴、生かしておいても、世界にとって何のメリットもないじゃない……むしろ、裏切り、あんた達人間を驚異に晒す可能性すら含んでいるわよ? そいつ……さっさと殺しておくべきだと思うけど?」
「そうだとしても……ダメ……」
「あっそ、なら私はあんたを敵と見なすけど、良い?」
「それはやだ、私はスーちゃんとは仲良くなりたいもん」
「だったらそこをどきなさい」
「それもやだ。断る」
「腹の立つ人間ね……まったく……シモ兄は、こんな人間のどこに惹かれたんだか……。私はそもそも、シモ兄を誑かしているあんたのことが嫌いなの、殺そうと思えば、私はいつでもあんたを殺せるわよ? 三秒、猶予をあげるわ。どかないと――――殺すわよ」
「…………」
……まずいことになったな……間違いなく、スーは三秒後にライフル銃を乱射するつもりでいる。
クイーン・スネークが使用していた紛いものなんかでなく、本物の【
そうなると、今のナデシコでは、到底スーには太刀打ちできまい。
どうする……? 止めるか?
いや…………ボクとしても、ことキーグンという人間に対する意見については、スーに同意している。
こんなクソ野郎、今すぐ殺すべきだと思っている。
なのに何故――――ナデシコは、こんなクソ野郎を庇うんだ?
命を救おうと、動けるんだ?
「三……」
ボクがあれこれ考えている内に、スーのカウントダウンがはじまった。
「二……」
スーは、まるで敵を見すえるような目で、ナデシコを見ている。
「一……」
あ、ヤバい……これマジで止めに入らなくちゃいけないやつだ。
「ぜ……――」
「アンドロイドにも、色んな性格の人がいるんでしょう?」
「……ん?」
ナデシコが口を開いたことにより、スーのカウントダウンがタイムアップ直前で止まった。
スーは、この会話を続ける気でいるようだ。
「そりゃそうでしょ? 私とシモ兄の性格が、似てるように思う?」
「思わないから、私は尋ねているんだよスーちゃん。しーちゃんはクールでカッコイイけど、スーちゃんはお人形さんみたいでカワイイもん……」
「なにそれ? 見た目の話? くだらないわね」
「見た目……うん、それもある。見た目一つとっても、きっと、あなた達の兄弟姉妹は……一人ひとり違うよね?」
「当然でしょ? 同じ顔が十二体もいたら、怖いじゃないの。見た目も違うし、中身も当然違うわ」
「でしょ……? 人間もそうなのよ……」
「そりゃあ……そうでしょうね」
「うん…………良い人もいれば、悪い人もいる」
「だからこそ、そこで這いつくばって無様に悶え苦しんでいるクソ人間は、悪い人間だから殺そう、って話をしているつもりなんだけど?」
「その……悪い人間っていうのは……誰が決めたの?」
「私だけど?」
「だよね? だけど私は、そうは思わない。だから私は、キーグン様を助けるために動く、ゆえにここをどかない――――それが答えだよ、スーちゃん」
「ふぅん……そうなんだ。なら、死になさ……」
「私は――――人間を守るって決めたの」
「?」
「良い人間も、悪い人間も守る。それが、私の決意」
「…………ご立派な決意だこと……それで悪党を見逃して、後々痛い目みたら世話ないわ」
「確かに……そうかもしれない……。キーグン様がしたことは、最低なことなのかもしれない。だけど考えてみてよ、民を犠牲に、家族を犠牲にしなくちゃ生きられないような状況に追い込まれたのは、何のせい!? そもそも、自分が生きたいと……生き延びたいと思うことの何が悪いことなの?」
「…………」
「少なくとも……私はそんな風に、生き延びたいとは思えないし、思わない。だけど、キーグン様は今、こうして、生き残っている。私みたいに、生き延びさせてもらったんじゃなくて――――自分の意思で、力で、生き残ったのよ」
「………………」
「凄いと思わない……? あのクイーン・スネークから、人間の力だけで、生き延びたんだよ? 私は……良くも悪くも、
「……………………」
「まぁ……だからといって、この方のように生きたい、とは……死んでも、私は思わないでしょうけど」
ナデシコは、笑いながら、話を締めくくった。
気がついたら、スーがライフル銃を引っ込めている。
「……シモ兄」
「なんだ?」
「私……シモ兄が、あの
「ん。そりゃ良かった」
分かってくれたようでなにより。
一方でナデシコは、太ももを撃ち抜かれ、悶絶しているキーグンの治療に移っている。
【
「キーグン様、大丈夫ですか!?」
「…………い、じょぅぶ、じゃねぇよ……」
「え?」
「大丈夫じゃねぇよ!! このクソ勇者がァ!! めちゃくちゃ痛かったわ! 何でそんな盾が、そんな力があんのに! 一発目の攻撃から防げなかったんだぁ!? だから、この世界を乗っ取られるようなヘマするんだろうがよぉ!! 貴様はあの失敗から何も学んでねぇのか!? アホがぁ!!」
太ももが治癒したおかげで、元気を取り戻したようだ。
キーグンが怒り心頭といった様子で、暴言を吐き散らかしている。
「す……すみません。ちょっと油断をしてしまいまして……」
「それにぃ! 何で! 奇妙な力を使うあの女を処刑していないんだ!?」
「……へ?」
「貴様は仮にも勇者だろぉがぁ!! 一国の王子である私に傷を負わせたことは大重罪だろうがぁ! 犯罪者だぞ犯罪者ぁ!! 死刑だ死刑だぁ!! 殺せぇ! 殺せよぉ!! 殺れぇええぇええーっ!!」
「いやいや……何言ってんですか? 普通に嫌ですけど」
「あぁ!?」
ナデシコはきっぱりと、そして即答で、キーグンからの申し出を一刀両断した。
「き……貴様! わ、私の言うことが聞けぬというのか!?」
「だってぇ……いくらなんでも横暴すぎるし……なんか顔怖いし……普通に嫌だなぁーって」
ニッコリと、満面の笑みでナデシコは続ける。
「私……あなたのこと、助けはしましたけど――――――
大っ嫌いですから」
「は、はぁ……!?」
あんぐりと……開いた口が塞がらない、といった様子のキーグンだった。
「ちなみにあちらの御二方は、しーちゃんとスーちゃん。私の――――大好きな方々です。とまぁ、そんな訳で、今後はどうぞお独りで、この国でイキり倒しつつ生き延びてくださいませ」
「ちょ……はぁ!?」
「さようならでござますわ――キーグン様」
「まっ……待てぇ!! この国の中で、私の命令に背くなどぉ! あってはならんのだぁ!!」
醜くも、ナデシコへしがみつこうと動き出すキーグン。
ったく…………。
本当にクズみたいな奴だな。
「ナデシコ……殺すのはダメなんだよな?」
「うん、もちろん」
「じゃあさ……殺さない程度に、ぶちのめすのは?」
「んー……うん! それは――――可です」
「了解」
許可もいただいたことだし……さっさと終わらせちまおう。
「ジーパ・ナデシコぉお!! 貴様は私を怒らせたぁーー!! ゆえに死刑にしょ……――――」
「うるせぇよ……耳障りだ」
「へ? っ!? ブゴォオオォオーーッ!!」
ボクは、キーグンの左頬に、そこそこな力で右拳を叩き込んだ。
すっごい勢いで、転がり、壁に激突したキーグン。
ピクピクと白目を向いている。
うん、死んではないな。
「見たか? スー」
「え……? 何を?」
「覚えておけ。別にクズは……殺さなくても、こうするだけで罰を与えられるんだ」
「なるほどぉー! さっすがシモ兄! カッコイイ!!」
そんな訳で、ナーチャ王国唯一の生き残りである人間、キーグンと涙なみだのお別れをしたのち……。
ボクたち三人は、ナーチャ王国を後にしたのだった。
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