〈47〉ふざけるなよ
ボクとナデシコが相対した【原種】は二体。
キング・マウスとクイーン・スネークである。
その二体と出会ったことで、見えてきたことがある。
それぞれの、人間に対する扱いの違いだ。
キング・マウスは、才能の有無を重視していた。
才能のあるものは、例え人間であろうと、利用しようと牢に閉じ込め生かしていた。
クイーン・スネークは、ナデシコいわく、人間を芸術品として見ていたそうだ。
見た目は美しく、中身は醜いと。
ゆえに、クイーン・スネークが支配していたこのナーチャ王国では、人を生かす必要がなかったという訳だ。
結論を述べると、ナーチャ城の中にも、人は一人もいなかった。
全滅していた。
残念ながら。
その事実をしっかりと確認したところで、ナデシコが口を開いた。
「ナーチャ王国と私たちの国……つまり、ジーパ王国は、隣同士だけど、仲があまりよくなかったの。私たち、ジーパ王国は『平和主義』、ナーチャ王国は『強国主義』……戦いを求めない私たちと、戦って国力を誇示しようとするナーチャ王国が相容れない理由はわかるよね?」
「…………ああ」
「……正直私は……いつも争いを起こすナーチャ王国が、少し嫌いだった。何でいつも戦うんだろう? って。戦いたがるんだろう? って。兵士にも家族が、人生があるんだろう? って……。バカなことしてるなぁ……って、思っちゃってた」
「……そうか」
「でもね? しーちゃん……今回の、獣人襲撃を経て、私思ったの……強さがなくちゃ……何も守れないって……」
「…………」
「だからね? 今なら、強さを誇示しようとしていたナーチャ王国の気持ちも分かるんだ…………でも、そっか……全滅か……今なら前よりも少しは……話し合えると、思ったんだけどなぁ……」
悲しみを含んだ声色だった。
今にも、泣きそうなほどの……。
「ナデシ……」
そんな彼女に、ボクが声をかけようとした、その時――――
ガコンッ! と、城内に音が鳴り響いた。
この城内……どころか、この国には今、ボクたち以外の生き物は存在しないはずだ。
ボクもナデシコもスーも、誰も音などたてていない。
物でも落ちたのか?
それとも……。
……いや……もしかすると――――
「ナデシコ」
「うんっ!」
ボクたちは走り出した。
音がした方向へ。
先の物音が、何によるものなのかを確かめるため。
辿り着いた先は、『王の間』と書かれた部屋だった。
大きな扉がある。
ボクは恐る恐る、その扉を開けた。
豪勢な大部屋だった。
飾り物はどれもキラキラと金色で……ここに住んでいた国王が、どのような人物だったのか、容易に想像がつく。
ボクの嫌いなタイプの人間だったことだろう。
それはさておき、注目すべきは、その豪勢な王の間の中央奥に配置された、豪勢な椅子の真後ろの壁だ。
不自然に、切り込みが入っている。
四角い切り込みが。
人間一人が入れそうな、切り込みが。
すると、更にガコココ……と、その切込みから押し出されるように、壁が動いた。
そして、蓋が外れるかのように動いていた壁が外れ、中が顕になる。
にゅっと、その中から手が現れた。
人間の手が……。
どうやら――――生き残りがいたらしい。
這い出てきて、その姿が顕になった。
男だった。
人間の……男。
その男は立ち上がり、ボクたちを玉座から見下げるように見据えたのち、ニヤリと笑ってこう言った。
「お前たちが、あの蛇女と獣人たちを仕留めたのか? 褒めて遣わす」
もの凄く上から目線の発言だった。
この国の、王族だろうか?
「キーグン様……」
「ん? 貴様……ジーパのナデシコか?」
男とナデシコは、まるで知り合いかのように言葉を交わした。
キーグン? この男の名前か?
「知り合いなのか? ナデシコ?」
「……うん、彼の名は、ナーチャ・キーグン様……この国の、王子様です」
緊張感の漂う面持ちで、ナデシコがそう語った。
彼女のこの顔を見ただけで、キーグンとやらがどのような人間なのか想像がついた。
間違いなく……ボクの嫌いなタイプの人間だ。
キーグンは、少し不愉快そうな声色で……「この国で、私の許可なく喋るな。よそ者が」と言った。
「私の質問にだけ答えろ。女、貴様は、ジーパ王国のナデシコだな? その美貌、忘れもせぬ。正直に答えろ」
「……はい、そうです。私は、ジーパ・ナデシコです」
「ふんっ、貴様と、その下僕が、あの蛇女を排除したのか? 褒めてやろう」
カツカツと、階段を降りてくるキーグン。
降りながら続ける。
「褒美として、私の妻の一人になる権利をやろうではないか……最大のご褒美だ。この国の者なら、涙を流して喜ぶほどの褒美だ。しかとその身を歓喜に震わすがよい」
「結構です」
「なに?」
ナデシコは、即答でその提案を一刀両断をした。
「あなたの妻になるなんて……最大の、罰ゲームですので。そんなことより、国の心配はしないのですか? 民の心配は? あなたのお父様、お母様……ご家族の心配は?」
「ふん」
キーグンは、少しイラついた素振りを見せつつ、鼻で笑う。
「心配するも何も、私が生き残るために、この私が、父と母を、あの蛇女への盾としたのだぞ? 死んでることなど、とうに知っておるわ」
「盾……?」
「ああ……生け贄、とでもいうべきか」
「信じられない……あなた! それでも一国の王子なの!? 両親や国民を盾にして生き延びて、恥ずかしくないの!?」
ナデシコが叫んだ。
対して、キーグンは冷静に、冷めた瞳のままこう答えた。
「別に……? 王子、だからこそ、だろう? あのような状況下で生き残るべきなのは、美しく、賢く、そして王子である私のような者が相応しい――――それだけのことだ。父や母、国民共も本望だろう?」
「…………本、望……?」
「ああ……きっと今頃、この私の盾になれたことを――――
あの世で、全力で、喜んでいるはずだよ」
「あなたって人は……!」
ナデシコの身体が震えている。
必死に……溢れてくる怒りを、押さえ込んでいるのだろう。
しかし、そんな彼女に追い討ちをかけるがごとく、キーグンが言う。
「貴様も、仮にも一国の王女であるから生き延びているのであろう? ……ん? ああ、違うか。確か貴様には、【勇者の力】が宿っているのだったか? それで、貴様みたいな愚か者でも生き残れているのだな。ふんっ……くだらない話だ。【勇者の力】を持っていながら、この世界を守れなかった役立たずめ、なぜ神は、貴様のような役立たずに、【勇者の力】を宿らせたのか、理解に苦しむよ」
…………。
約立たず?
ナデシコが?
これだけ、人類のために命を賭けてきたナデシコが?
ふざけるなよ。
「おいお前……」
「誰が喋って良いといった? 役立たずごときの下僕が、ボクに気軽に声を掛けても良いと思っ――――」
キーグンが、ボクに対して悪態をついている、その最中。
バンッ! と、銃声が一発、鳴り響いた。
そしてその瞬間、キーグンの左太ももから血が吹き出し、絶叫しながら、床へ倒れ込んだ。
ふと銃声のした方を見ると、ライフル銃が一丁、ぷかぷかと宙に浮いていた。
これは――――【
ってことは……。
「黙って聞いてたんだけどね? 私もついさっき目が覚めて、シモ兄の大雑把な説明聞いただけだから、詳しくは分からないんだけどね? この世界のことも、この女の人のことも。たけど……あんたがクズ人間であることは理解したわ」
スー、お前……! 何を……!?
「そして――――生きている価値のない人間であることもね。あんたみたいな人間がいるから、カン兄さんは……」
「おいっ! やめろ! スー!」
バンッ!
そして、もう一度――――ライフル銃の引きがねが、ひかれたのだった。
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