〈45〉懐かしい感覚

 師走花子――――ボクは、彼女のことをスーと呼んでいた。

 『しわす』の『す』をとって、スー。

 ボクは、そう呼んでいた。

 呼んで、いた。

 過去形である。


 というのも、かの『シュミレーション戦闘システム』の件以降、ボクとスーの距離は遠ざかっていた。

 遠ざかっていたから、彼女のことを呼ぶこともなかったのだ。

 妹のことを、呼びもしなかったのだ。

 しかも、蓋を開けたら、遠ざかったのは妹の方ではなく、ボクの方であり。更に、遠ざかった理由を妹の責任していたというのだから驚きだ。


 本当にボクは、ダメなお兄ちゃんである。


 いっぱい、スーを不安にさせてしまった。

 いっぱい、スーを悲しませてしまったことだろう。

 いっぱい、スーをあきれさせてしまった。


 その償いは、これからしよう……。


 これから……この、世界で。


 この――――【十字世界クロスワールド】で。



 クイーン・スネークを撃破後、ボクは、彼女の持っていた星型水晶を破壊した。

 ボクの力があれば、そんなこと御茶の子さいさいなのである。

 するとその瞬間、砕けた星型水晶が眩く光を放った。

 目を開けていられないほどの、光を。


 数秒後、その光が消え、恐る恐る目を開けると、そこに――――



 妹が立っていた。


 スーが、スーの姿で、立っていたのだ。

 しかし、その立ち姿は不安定であり、ふらっ……とすぐに体勢を崩した。


「スー!!」


 慌てて、妹を支える。

 すると、ゆっくりとスーは目を開けた。


「シモ……お兄……ちゃん……?」

「ああ」

「本当に……シモ、お兄ちゃん……なの?」

「ああ」


 スーの目には、涙が溜まっており、こぼれ落ちる。

 嗚咽混じりに、スーは言う。


「もう……怒ってない……? 私の話……聞いてくれる……?」

「もちろんだ」

「私の目……ちゃんと、見てくれる……?」

「当然だ」

「私……シモお兄ちゃんのこと……大好き、だよ……?」

「ボクもだ。ボクも……スーのことが、大好きだ」

「うぇ……うぇぇぇえーーん! よかった……よがったよぉー!! うぇぇぇえーーん!!」


 号泣しはじめる、ボクの妹であるスー。

 ボクはそんな可愛らしい妹を、ギュッと抱きしめた。

 ギュッと……。

 懐かしい感覚だった。



「えぇーーっ!? そ、その子がしーちゃんの妹様なのぉー!? 可愛いー!! 激カワー!! すっごぉーい!! 代わってかわってぇー! 私にも抱きしめさせてぇー!! キャアァァアーーッ!!」


 ………………。

 なにやら、ボクの背後にキャーキャー騒ぐ曲者がいるが、ボクは気にしない。


「何これなにこれ! 髪真っ金金! 綺麗! ピカピカ光ってる!! 目もまつ毛長っ!! まるでお人形さんみたいな顔!! てゆーか顔ちっちゃ!! 目の色も黄色く輝いていて可愛いーっ!!」

「………………」


 ボクは気にしない。


「もうっ! しーちゃんってばぁ、そんな可愛い子を独り占めにしちゃうなんてずるいぞー? さぁさぁ、早く代わって! 私にも幸福感を味あわせてよぉー! ギューって! ギューってしたあと、思いっきりチューってするからぁ!!」

「………………」


 ボクは…………。


「さぁさぁ代っちくりー、しーちゃぁーん! 聞こえないふりするならぁー? しーちゃんにチューしちゃうぞぉー…………って、いたいっ!」


 気にしないことはできなかったので、ゲンコツしてやった。


「痛いよしーちゃんっ!! 何もぶつことないじゃないのさぁ!! 冗談だよ! じょうだ……」

「しぃー」

「ほえ?」


 スーの顔を、のぞき込むナデシコ。

 すぅすぅ……という寝息を耳にすることで、ナデシコは察したようだ。


「あらま、寝ちゃってる」

「ずっと星型水晶に閉じ込められていた訳だからな……そりゃ、疲れもするさ」

「あははっ、寝顔も可愛いー」

「…………だな」


 ヒソヒソ声で会話を交わす、ボクとナデシコ。


「てゆーか、あんまり似てないね? しーちゃんと妹様」

「何だそれは? 遠回しにボクのことブスって言ってんのか?」

「そうじゃなくて……しーちゃんは心配しなくても、相当男前だから……シンプルに、顔似てないねって話だから」

「……似てないのも無理ない話だ。兄妹きょうだいとはいえ、ボクとスーとの間には――――なんてないんだから」


 スーとだけじゃない……他の兄姉きょうだいの、誰とも……。


「ふぅーん……」

「いや、ふぅんって……ボク今、結構重い話をしたんだぞ? もう少し驚いたような反応しろよ」

「だって、血の繋がりがあろうがなかろうが、この子はしーちゃんの妹様なんでしょ? だったら、私にはその情報だけで充分かな?」


 ナデシコは、そう言った。

 ニッコリと、満面な笑みで、そう……。


「そっか……」

「あ、でも、まったく興味がないって訳でもないからね? 話したくなったら話してね?」

「嫌だ、一生話さない」

「なにそれー!? しーちゃんのいじわるぅー!!」


 スーが寝息を立てているその傍で、ボクとナデシコはバカ話を続ける。


 ボクは改めて思った。

 闘いが終わったあとの、この日常に戻ってきた感じ…………ボクは、たまらなく好きだなぁ。と、そう思った。



 そんな訳で、ナーチャ王国の奪還に成功。


 次回はナデシコと、新しく仲間入りを果たした、ボクの妹であるスーの三人で、ナーチャ王国内の探索を行うことにしようか。

 うん、そうしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る