〈42〉兄の役目だろ?
少し話は遡る。
ボクが何故、蛇の【原種】こと、クイーン・スネークとの闘いに遅れたのか? その理由を、述べたいと思う。
格上に挑戦しよう。
そう意気込み、ボクはナーチャ王国の決戦へと参戦した。
今回は、キング・マウスの時のような、敵を殺すのを躊躇わざるをえない理由がないため、ボクはナーチャ王国に巣食う獣人たちを次々と撃退していた。
獣人を蹂躙していた。
すると、その最中に気付いた。
あれれ? ナデシコがいないぞ? どこへ行った?
いつの間にやら、ナデシコの闘っている音が聞こえなくなってるし……やられた? いや、あの【
と、なると――――あの蛇の【原種】と出会したのか?
その発想に至るのに、時間は必要としなかった。
ぞろぞろと集まっていた獣人たちを蹂躙がてら、生き残っていた羊の獣人に尋ねた。
「お姫様みたいな格好の人間が、この国に来ていたはずだ。どこに行った?」
「め……メェー……お、王国の外に……クイーン・スネーク様と、歩いて行ったメェー……」
「ほう……それはどっちだ?」
「あ、あっち……メェ……」
「なるほど、情報提供に感謝する」
「メェへァッ!!」
……優しく、尋ねて、ナデシコがクイーン・スネークと相対したことを確認。
そして、ナーチャ王国の外に出て行ったことも。
その言い方だと、拐われた様子ではないから一安心ではあるものの……。
「……これは……急ぐべきだな」
ボクは、先程殺した羊の獣人が指さした方角へと走り出した。
少し迷いはしたものの、進む方角はあっていたため、その場所は明確になった。
そりゃ明確にもなるさ、ボクの妹の固有能力――――【
したがって、遠目からでも、その攻撃は容易に目視できる。
別に鳥のような凄い視力を持たずとも。
馬のように、広い視野を持たずとも。
常人の人間クラスの視力さえあれば、目さえあれば、何者でも目視できる能力なのである。
まるで大きな雨雲のように空を覆い尽くす、ライフル銃の数々。
それらから繰り出される圧倒的破壊。
気付くなという方が難しい。
それに…………聞こえるんだ。声が。
『なんで……? なんでそんなに冷たくするの……? 冷たくなっちゃったの……? シモ兄ちゃん……なんで……? 私は何も変わってないよ……? シモ兄ちゃんの方が……ぜったいに――――』
妹の……師走花子の……スーの声が……。
魂の叫びが……。
ボクは、その声を聞いて思い出した。
シミュレーション戦闘システム。初めての結果が掲示された時の、自分の気持ちを……。
ボクは――――恥ずかしいと思っていた。
スーに、あれだけお兄ちゃんぶった言動をしておいて。
散々、守るだの、困ったときは言えだの、言っておいて、いざ自分が、妹よりも弱いと提示されたその時――――ボクは自分を恥じてしまっていたのだ。
急激なネガティブ思考は……周りの人の感情や表情すらも、ネガティブに捉えてしまう。
今思えば……。
『え……? シモお兄ちゃんって……私より弱いの……? へ、へぇー……そ、そうだったんだ……』
あの時のスーの表情は、本当に――――ボクを見下していたのだろうか?
よくよく思い返してみると、あの顔は……単に気まずそうにしている表情にも、見えなかったか?
いや……そうなんだ……きっとボクはあの時、スーの感情を読み間違えていた。
さっきから聞こえてくる……この声が、全て真実だとしたら。
となると……色んなことを、違った角度から見ることができる。
スーが離れていったのは、スーだけの責任じゃない。
ボクが、意図的に、妹を遠ざけたというのが分かる。
……まったく……ボクは本当に、情けない兄貴だ。
臭いものには蓋をするように、ボクは、ボクの失態を妹のせいにして、逃げていただけなのだ。
情けない……。
本当に、情けない。
ことのあらましを説明すると。
妹……スーはつまるところ、自分から離れていった訳ではないということである。
離れていったのは、ボクの方なのだ。
可愛がっていた妹よりも弱かった――――その羞恥心から、避けるようになったのは、ボクの方だった。
スーは……それでも、そんなボクに寄り添おうとしてくれた。
『シモ兄ちゃん……私ね?』
『……悪い……ちょっと今は、一人にさせてくれ……』
『シモ兄ちゃん……』
忘れていた……。
そんな風に、スーのことを避けている内に、スーはボクを避けるようになった。
当然だ……去るもの追わず。
生きていく上で、追わないのも、必要な選択肢なのだから。
スーがボクから離れていった?
だからボクは可哀想な奴? ふざけんな。
被害者面をするなよ。
ボクよりも、スーの方が、シミュレーション戦闘システムの悪影響を受けているじゃないか。
それなのにボクは……。
情けない!!
『……暗いよぅ……シモ兄ちゃん……助けて』
…………スーの声が聞こえてくる。
『シモ兄ちゃんなら、きっと……助けてくれる……だって、シモ兄ちゃんは絶対に――――私より、強くなれるから。私より、強くなってくれたら……また、前みたいに……』
…………ああ。そうだな……。
スー、だけどそれは間違ってる。
ボクがお前より『強くなったら』じゃあない……今から、その願いを叶えてやる。
だって――
「悲しんでる妹を助けるのは――――兄の役目だろ?」
ボクは、ナデシコVSクイーン・スネークの戦闘に参戦した。
都合よく、【
全てを叩き潰す、絶好のチャンスだ。
「【
ボクが指をパチンッと鳴らすと、爆発が起きる。
おびただしく並ぶ、ライフル銃のある場所で……爆発が。
砕け散っていくライフル銃の数々。
当然、一回の爆撃では全てを壊しきれない。
だから何度もボクは指を鳴らし、爆発を発生させる。
そしてゆっくりと、ナデシコの方へと近付く。
本当に…………よく、ボクが辿り着くまで、答えを出すまで、耐え抜いてくれた。
感謝してもしきれない。
「一緒に倒すぞ。蛇の【原種】と、【
「……うん!」
「そして助けるんだ」
「助ける?」
「ああ――――
かわいい妹を、兄として――――助け出すんだ!」
ボクと妹の、一国を賭けた壮大な兄妹喧嘩? 笑わせるな、この物語はそんな大層なものじゃない。
ダメな兄貴が、昔傷つけた妹に頭を下げ、仲直りをする――普通の物語だ。
『助けて』と叫んでいる妹を、兄が助けるだけの……そんな、普通の物語だ。
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