〈37〉そしてボクは立ち上がった

 ボクは全力疾走で、【原種】蛇の獣人がいると思われる、ナーチャ王国へと向かっていた。

 半日近く草木を掻き分け走り、建物が見えてきた。

 確信した、ボクはナーチャ王国へと辿り着いたのだと。


 となると、当然、ボクは慎重にならざるを得ない。


 ナーチャ王国は今、獣人に支配されている。

 すなわち、現在この国には、溢れんばかりの獣人が闊歩しているという状況な訳だ。

 獣人数十匹の相手をすることに、危機感みたいなものは全くないが、それでも、できる限りリスクは減らすべきというのは、当然持つべき思考であろう。

 だからボクは間違っていない。


 些か、敵がボクの妹の力、【天下丿銃ホープガン】を使用していると知っていたため、少し慎重になり過ぎていた感もあるが、それを抜きにしても断言できる。


 ボクは間違っていない、と。

 間違っているのは――――ナデシコの方だ、と。


 いやぁ……もう……はい……ビックリしましたよ。

 ビックリしましたとも。

 木陰に隠れ、ナーチャ王国内の様子を伺っていたら、そのボクの隣を猛スピードで駆け抜ける人間の女性がいたのだから。

 「しぃちゅわぁぁああぁーーん!!」とか、叫びながら。

 しかもその人間の女性が、ボクの知り合いだと知った時の衝撃は半端なかった。


 何やってんだよアイツは……。

 アイツには、ジーパ王国を守るっていう大切な役割があるはずだろう? なのに何でこんな所にいるんだよ……。


 相変わらず……バカな女だ。


 けれどボクは、決してナデシコに惑わされない。

 【原種】である蛇の獣人を倒し、【天下丿銃ホープガン】の謎を解明する――というのが、ボクにとって最優先事項だからだ。


 …………【天下丿銃ホープガン】……ボクの妹――つまり、最後に造られたアンドロイド。

 後に最高傑作になっていたであろう……最後にして最強足り得るアンドロイドが使用する、能力だ。

 まぁ、最強になる前に、地球がぶっ壊れて終わった訳だが……まだ、終わってなかったということである。


 まさか、転移した世界で、直接ぶつかり合うはめになるとは思わなかった。

 こんな日がくるなんて……。


 正直言おう……ボクは、【天下丿銃ホープガン】を相手にビビっている。

 シュミレーションシステムは、最高のシステムだった。

 そのシステムが、こう言っているのだ。


 『霜月太郎は絶対に、師走花子には敵わない』と。

 『【能力変神スキルメタモルフォーゼ】は【天下丿銃ホープガン】には敵わない』と。


 となれば、これはシンプルに確定事項なのである。

 この世の理と同じ……決められ、定められた、優劣なのだ。


 枝から離れたリンゴが地面に落ちるように。

 草木が季節によって形を変えるように。

 熱い物に触れれば熱いと感じるように。


 当たり前の現象。


 もう一度言おう……ボクは妹の力に……【天下丿銃ホープガン】の力を前にして、ビビっている。

 大腰抜けだ。


 そもそも……何でボクは、こんなに弱い心を持っているのだろうか?

 他のアンドロイドは皆、強い心を持っているのに……。

 いや、その答えは分かっているんだ。

 妹……そして、兄や姉、それぞれが成功作と呼べる固有能力を持って生まれ。

 ボクは、ただの器用貧乏の失敗作だからである。

 能力が失敗作なら、心も失敗作なのだろう。


 きっと、全てに因果関係はあるのだ。



 思えば全ては、シミュレーションシステムが開発され、プログラムが開始されていた時からはじまった。


 それ以降と以前では、ボクたちアンドロイド一族内の関係性が、一転して変わってしまったのだ。


 それまでは、年功序列。

 いわば、先に生まれたアンドロイドが、決断権や優先権を持っていた。

 決断権や優先権というと、支配的な要素を感じるけれど、そうではない。この当時、トップに立っていた長女の姉さんや、長男の兄さん、次男の兄さんは、とても優しく、賢く、そして理知的で、アンドロイドなのに人間味があった。

 だから、これといったギスギスもなく、皆が笑顔でいられた。

 事実、ボクもこの時、ものすごく居心地が良かったのを覚えている。


 この時は、まだ。


 しかし、シミュレーションシステムが施行されて以降、そのトップで舵取りをしていた三体の価値が暴落した。

 やはりそこはアンドロイド、後から生まれた個体には、性能面で歯が立たなかったのだ。

 年功序列から、実力主義へ。

 長女姉さん達の失墜は、避けられなかったのだ。

 それからだ……アンドロイド一族がギスギスし始めたのは……。


 強いアンドロイドへの、人間たちによる過干渉。

 より強さを求めだすアンドロイドの出現。

 劣等感のはじまり。

 他者の蹴り落とし合い。


 ボクと、ボクの妹も、その醜い争いに巻き込まれた。


『え……? シモお兄ちゃんって……私より弱いの……? へ、へぇー……そ、そうだったんだ……』


 以前にも述べたが、ボクの心には、当時の妹の顔と言葉が焼き付くように残っている。

 あの時ボクはどんなことを思ったのだろうか? 都合のいいことに、凄く大事なことであるにも関わらず、忘れてしまっている。


 あの時、ボクは何を思っていた?

 一体……何を……。


『うわぁぁーん! 長月姉ちゃんが、私のお菓子取ったぁー! 霜月兄ちゃんー! 悲しいよぉー!!』

『よし! ボクに任せておけ!』

『お兄ちゃん……頼もしい! お願いします! えへへっ!』


 あの時の満面の笑みを失って……ボクは……。


『私より弱い癖に、前に出てこないで! まるで私が守られてるみたいじゃない! 恥ずかしいわ!』


 ボクは……。


 ここで、ズシーン! と、轟音が聞こえてきた。


「っ!?」


 ナーチャ王国内を見ると、煙が上がっていた。

 それと同時に確認できるのは、地面にめり込んだ大きな銀色の盾。

 【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】だ。

 恐らく、ナデシコと獣人の交戦が始まったのだろう。

 それから、めちゃくちゃナーチャ王国内で轟音が巻き起こりはじめた。

 めちゃくちゃ暴れてんなぁ……ナデシコの奴……。


 …………彼女は知らない、【天下丿銃ホープガン】のことを……。

 ボクの……妹のことを……。


 なぁ? ナデシコ……お前に聞いてみたいことがあるんだ。


 ボクと同じ状況に、もしお前が置かれたら――――



 お前なら、どうする?



「…………何てな……それに対する答えは、もう出てるか……」


 なんせナデシコは――――【勇者の力】を失って、ただの人間に戻ってなお…………獣人に、そして【原種】に戦いを挑もうとする、面白い人間なのだから。

 きっと、彼女はこう答えるに決まっている。


『もちろん、諦めずに戦うよ!』


 ってな。

 仕方がない。

 アンドロイドとして、人間に負ける訳にはいかないもんな。


「ボクも挑むとするか――――――格上に」


 そしてボクは立ち上がった。

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