〈34〉この国は死にません
ボクが勇者……?
ヤマトから、とんでもない理想論が飛び出し、唖然としてしまう。
いやいやいや、妙に納得できる、理屈の通った説明をされたから、危うく納得してしまいそうになってしまったけれども。
理想論……そう、理想論だ。
そんなものは、夢物語だ。
勇者? そんなものに、ボクだって、なれるものならなりたいさ。
けど、なれる訳がないし、なっていい訳がない。
ボクみたいに、この世界を救おうか救うまいか選択するようなアンドロイドが……人間嫌いなアンドロイドが……勇者になっていい訳がない。
勇者とは、やはり――――
ナデシコのように、命をかけてでも、国を……世界を、救おうとする人間にこそ、相応しいとボクは思う。
「まぁ……勇者という存在に対する価値観は、人によって違います……ですが私は…………たった一人のために、国を救おうと動く存在も、充分に、それを名乗る資格があると思いますわ」
背中を流し終え、二人横並びでお湯に漬かりながら、ヤマトが意見を述べた。
「資格……ねぇ……」
「まぁ、考えは人それぞれですので、今はまだ、納得できなくとも構いませんわ。さて、それでは、推論の時間はここまでにしておいて、そろそろ……これからの話をするとしましょうか」
閑話休題。
これからの話へ。
「先ほど現れた【原種】は……一体なぜ、この国を攻めずに帰ったのですか? いえ、星型水晶の力を使用し、攻撃は放ったものの、攻めきらずに帰ったことが違和感です。事実、しーちゃん様はボロボロでしたし、ナデシコも……ほら、ああいう感じですので、援護というものはできなかったでしょう」
「…………」
ナデシコは、ああいう感じだもんなぁー……。
「敵からすれば、絶好のチャンスであったはず。なのに何故……」
「取り返された国を、すぐに取り返すような野暮なことはしない、って言っていた」
「……野暮……」
「恐らく……今後、奴らが襲撃をかけてくるとしたら、さも国と国との戦争のように、手順を踏んで仕掛けてくるのだろうと、思うぞ」
「手順……まるで、国取りを『戦争ゲーム』とでも思っていそう……腹立たしいですわ……」
少し、歯を食いしばるヤマト。
彼女は、かのキング・マウスの襲撃によって、両親を失い、国を失った。
国を取り戻したとはいえ、その影響は、被害は、計り知れない。
きっとボクの想像が及ばないほど、彼女は獣人のことを憎んでいるに違いない。
「……あの【原種】――――蛇の獣人は、後日、この国へ侵攻すると言っていた。ボクは、ここで迎え撃つよりも、一刻も早く相手を攻めるべきだと思う」
「そうですわね……私も、そう思います。わざわざ、相手のルールに合わせる必要は無いと思いますわ」
「……良いのか?」
「何がです?」
「せっかく相手が、こちらに気を使って、段階を踏んで戦争を仕掛けてくれるってのに、わざわざそのルールを破るような真似をして」
「構いませんよ」
ヤマトは即答した。
「そもそも……その条約を守らずに攻めてきたのは、あちら側です。きっと私たちは、人類最後の砦――――ひく訳にはいきません。今度はこちら側が、攻める番なのです!!」
「なるほど……」
確かに、自分たちは、この世界に突然現れ、突然侵略してきたというのに、人類側はルールを守れというのは、あまりにも理不尽だ。
だからこそ、相手が自分達ルールで勝手に引いている状況で攻めたい。
その気持ちは分かるが、しかし……。
「分かっているのか? 奇襲を実行するということは、相手に、今すぐにでも、この国を攻めてもいいという口実をつくることにもなるんだぞ?」
「その時は……この国を捨ててでも、私たちは逃げきりますわ」
「逃げきる?」
この国を……捨てて?
「ええ……例えこの国土が奪われても――――
私たち国民が、生き延びる限り。この国は死にません」
ヤマトは言う。
「国は、土地や建物ではありません。人なのです」
「……なるほど……そうか……」
そうだな……間違いなく、その通りだ。
「ならば、お前たち人間の、逃げ足に期待することにしようか……」
「え?」
それに、今は【勇者の力】を取り戻したナデシコもいる。
きっと……獣人たちが攻めてきても、上手く逃げきれることだろう。
「その奇襲役は……ボクが務めよう」
そうと決まれば、善は急げだ。
「ヤマト、この国から東に、国はあるのか?」
「え……東でしたら、ナーチャ王国でしょうけれども……」
「そこだな……恐らくその国に、あの蛇の【原種】がいるはずだ。……よし、行ってくる」
「行ってくるって……今からですか!?」
「もちろんだ。後日とは言っていたが、それが今すぐじゃないとは限らないからな」
「で、では、ナデシコにも声を……」
「ナデシコには――――『頼んだぞ』と、伝えておいてくれ」
「え? ちょっ! しーちゃん様!?」
素早く浴室から出て、スーツへと腕を通し、全速力で城内を駈ける。
この後、風呂上がりには、料理長とやらによるディナーでのおもてなしがあったそうだが、申し訳ない。
ボクは行く――――蛇の【原種】がいるであろう、ナーチャ王国へ。
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