〈33〉他の誰でもない
「優しいのですわね。しーちゃん様は」
「は?」
そんな訳でボクは今、ヤマトに背中を流してもらっている最中だ。
互いに水着を着用しているので安心してくれ。
ちなみにナデシコは、ボクとヤマトの分の水着を持ってきた際、素っ裸で「私も一緒にお風呂入るー!」と、ニコニコしながら混ざろうとしてきたため、丁重に追い出した。
素っ裸が恥ずかしいから水着持ってきてもらったというのに、話の腰を折るんじゃねぇよ。
まったく……。
……で? 何だって?
「私にも、水着を着用させてくださるだなんて。本当にお優しいです」
「それは自分のためだ、優しさとは関係ない」
「またまたぁ。……あ、しーちゃん様はひょっとして、褒められ慣れてないのでしょうか?」
「ん? あー、そうかもしれない」
確かにボクは、褒められなれてない。
世論では『最強最強』と持て囃されてはいたものの、身内では『最弱』『不良品』扱いだったから……褒められるなんて無縁だった。
……慰められは、したけれども。
「反対に、あんたは褒められ慣れてそうだな」
「ええ、私は幼い頃から、褒めて褒めて褒められ倒しておりましたわ。なにせ、学業などが、とても優秀だったもので。あと、容姿も淡麗でしたので」
「言うねぇ……」
「自慢じゃありませんけれども」
「いや、めちゃくちゃ自慢だろ……」
「自慢じゃありませんよ……学業や容姿で如何に優れていようとも、私には――――
【勇者の力】が、宿っていないのですから……」
なるほどな……姉でありながら、【勇者の力】を受け継いでいないという事実は、劣等感にも繋がるか……。
「だから、お父様もお母様も、他の皆様も……私を、嫌でも褒めざるを得なかった、というのが、本当のところでしょうか。要するに、気を使ってくださったのです」
「……気を使って……」
…………随分と、周りに恵まれたみたいだな……。
「私は……周囲の人間に、恵まれましたわ……」
そう言うヤマトの声からは、温かみを感じ、心の底から、その人たちへの感謝の気持ちがうかがえた。
優しさを素直に受け止められている。
それによって、劣等感を押さえ込んでいたという訳か……。
周囲の優しさと、それを素直に受け止められる心…………どちらも、ボクにはなかったものだ。
「さて……しーちゃん様。前置きはここまでにしまして、そろそろ本題に入りましょう」
ここでヤマトが本題へと舵を切ってきた。
その本題とは……。
「先程の物音……【原種】が現れたのですね?」
「……気づいていたのか?」
「当然ですわ。そして攻撃を仕掛けられ、ナデシコの盾がそれを防いだ……合ってますか?」
「ああ……合ってる」
見ていたのかと言わんばかりの正解だ。いや、実際見ていたのか?
「その【原種】の攻撃手段は……例の星型水晶によるもの……そうですね?」
「ああ……」
「そして、その星型水晶の力が――――
しーちゃん様に、縁のあるもの、だった」
「…………っ!?」
驚いた……。
状況を的確に言い当てられるだけならまだしも、ソレを言い当てられるなど……ボクに、驚愕以外のどの感情を抱けというのだろうか。
「その表情……図星のようですわね」
「あ、ああ……だけど、何故それが分かったんだ?」
「私は、ただ捕虜になっていただけではありません。いずれ、このようなチャンスが訪れた時のため、虎視眈々と情報収集に努めていました」
「情報収集……?」
「えぇ……獣人たちの些細な会話や、動きを観察し……情報収集に努めました。どれだけ酷いことをされていても、私は彼らの言葉や行動一つ一つから、意識を逸らしたことはありません。全てはこの国を…………否、この世界を、取り戻すためです」
「……すげぇな……」
純粋に……感心してしまう。
この国を、世界を奪い返そうとする執念。
ヤマトには【勇者の力】がないのかもしれない……けど、ボクは思う。
王としての資質を――――この人間は秘めている、と。
「そして、ナデシコから得た情報を加味し、得た情報を全て統合した結論が、今、私が話した推論です」
「その、得た情報ってのは、どういうものなんだ?」
「あの星型水晶について……」
ヤマトが、血のにじむような思いで仕入れた情報を、話し始める。
「あの星型水晶は、【原種】が異世界から侵略してくる際に、突然、十二体それぞれの手元に現れたものだそうですわ」
「ふむ……」
「特筆すべきは、その十二個の星型水晶の内――――十一個の星型水晶には最初から能力が封じられていたそうですの」
「え?」
十一個……ということは……? もしかして……。
「察したことでしょう。十二引く一……数が合いますよね? つまり……」
「残りの【原種】が持つ星型水晶には、全て、ボクの
「正解です」
「絶望的だな……」
「いえ、そうとも言えませんわ」
「お前は……ボクの
ボクの
あの、世界すら容易く壊してしまうほどの……強大な力を……。
彼らに比べたら……ボクの力なんて……。
「……何故――」
ボクの力なんて……。そんなふうに俯くボクに、ヤマトはこう問い掛けてきた。
「十二人の兄弟姉妹の中で……何故――しーちゃん様の力だけが、封印を逃れることができたのでしょうね?」
「それは……」
ボクの力が――――
「封印するまでもない力だったから――と、あなたは思うのでしょうね。しかし……私の考えは違います」
「……それ以外にどんな理由が……」
「何故――――【勇者の力】である、ナデシコの聖なる力が奪われたのか」
「え?」
「そもそもの話、この『
「それは……ボクの力よりも、ナデシコの銀の盾の方が有益だから……ん?」
あれ? 違うな。この理屈だと、水と油であるはずの【勇者の力】がなぜ奪われたのかの答えになっていない。
「その答えは――あなたなのですよ」
「え?」
「何故、あなたは能力を奪われなかったのか? 何故、ナデシコの【勇者の力】が奪われたのか? そして何故……あなたが今、このジーパ王国という地にいるのか? それら全てを合わせると、こう考えられはしませんか? 星型水晶は、ナデシコの【
【勇者の力】として、認識したのではないか? と」
つまり――そう、ヤマトは続けた。
「獣人の力、そして星型水晶に秘められた、あなたの
ナデシコではなく――――あなただったということですよ」
ヤマトは言った。
「他の誰でもない……あなたこそが、この世界の【勇者】なのです――――霜月太郎様」
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