〈32〉ナデシコのパンツです
【
アレだけの傷が、まるで最初からなかったかのように治癒している。
完全なる治癒だ。
治癒能力が素晴らしい上に、防御面にも秀でている。
あの【原種】……蛇の獣人が放った、ボクの妹の力――――【
あの力の凄さを知っているボクだからこそ分かる。
理解したくないほど、理解できてしまう。
ナデシコは……きっと、強い。
そんな彼女が、呆気なく捕らえられてしまったのは……。
きっと、それほどまでに、父親の生首を見たことが……父の死の事実が、彼女にとって衝撃的な出来事だったのだろう……。
「……ボクには分からない感情だけど……」
などと、ボクは呟いた。
ジーパ城にある大浴場のお湯に漬かりながら、ボクは呟いた。
良い湯加減だ。
ボクがキング・マウスとの闘いでぶっ壊した壁も、見事に修繕されている。よほど腕のたつ大工さん? がいたのだろう。
そりゃ、キング・マウスも生かして利用しようとする訳だ。
仕事は速いし、仕上げもばっちり。
殺すには惜しい才能である。
まぁ……ボクの中での、生かすべき人間という価値観は、また別の話なのだけれども。
正直、ボクはまだ、この世界を救おうとは思えない。
ボクが助けるのは、助けると決めたのは、ナデシコという人間ただ一人だ。
彼女以外の人間に……ボクはまだ、価値を見いだせていない。
だからボクは……ナデシコがもし、『世界を救う』というのであれば……彼女のために、この世界を救っても良いかなとは思う。
ボクの、この獣人に支配された世界に対する使命感など、その程度のものだ。
使命感……そういう意味では――ナデシコは【勇者】として、相応しいのかもしれない。
その点ボクは……。
「しーちゃん様、お湯加減は良いかですかぁ?」
すると突然、大浴場の入口から声が聞こえてきた。
ナデシコ……に、似ている声だが違うな。
この声は、姉であるヤマトの声だ。
とりあえず返事をしておこう。
「良いお湯でーす」
「そうですか。それは良かったです」
カラカラカラ……と、入口が開く音がした。
へ?
タオルを巻いただけであろう姿で、ヤマトが大浴場に出現した瞬間だった。
「はぁ!? あ、あんた! 一体何を!?」
「あら? 何を恥ずかしがっていますの? しーちゃん様。言いましたでしょう? 精一杯、おもてなしをさせていただくと。お背中でも流してさしあげますわ」
「いやいやいやいや!! それはダメでしょ! そんなおもてなしはもとめてない!!」
そもそも、おもてなし自体ボクは求めてないのに!
こんなご褒美……じゃなかった! とにかく! これは絶対にダメだろ!? 若い女性が……しかも一王女ともあろう者が、そんなみだらな格好で!
「まぁまぁ、遠慮なさらず。さ、ここへお座りになって」
「お座りになれるか!! こっちはこっちで恥ずかしいわ!!」
「あらあら、しーちゃん様は恥ずかしがり屋なんですね。イチモツを見られるのが嫌だなんて」
「イチモツ言うな!」
「うふふ……しかし私、そういうケースも想定しておりましたの」
「想定……?」
「ええ。じゃじゃーん! こちらを用意しましたわ! さぁ! これを履いたら、その立派であろうイチモツを隠すことができます! さぁさぁ! これで恥ずかしくないことでしょう」
「…………えーっと……?」
自慢げに、そして誇らしげにヤマトが掲げた物は、女性用のパンツだった。
もう一度言おう。
女性用の、パンツだった。
「それ……誰のパンツなんだ? あんたの……ってことで良いのか?」
「いいえ、ナデシコのパンツです」
「それこそ絶対ダメだろ!! 何考えてんだ!!」
「まぁまぁ、そう言わずに。ここに置いておきますね。私、履いている最中にそちらを見ないよう後ろを向いてますので、どうぞどうぞ」
「履くかぁ!」
するとここで……「どうしたの、しーちゃん」と、今度はナデシコが大浴場の中へと入ってきた。
「そんなにギャーギャー騒いでって……えぇーっ!?」
当然、この状況を見て驚愕の色を見せるナデシコ。
湯に浸かるボク。
そしてタオル一枚のヤマト。
挙げ句の果てには、床に置かれた謎の女性用パンツ。
驚愕するのも無理はない。
ボクも思うもん、何だこの状況って。
何だこの状況……。
「ちょっとちょっとお姉様!? これは一体どういう状況なの!?」
「おもてなしとして、お背中を流そうと思ったのですけど……しーちゃん様が恥ずかしがってしまったので……仕方なく、ナデシコのパンツを履いてもらって、恥ずかしさの原因であるイチモツを隠していただこうとしているところなのよ」
「なぜ私のパンツ!?」
「だって……その……私のパンツだと……きっとウエストが細すぎて合わないかと思ったので……」
「遠回しに私のことをデブと言ったな!! その理屈なら、お父様のパンツ……水着を貸してあげれば良いじゃないのよ!」
「あ……」
「あ……って……」
どうやら……その発想はなかったようだった。
何だこの人……しっかりしてそうに見えて、ちゃんとバカなのか?
それとも、天然さんか?
すると、ヤマトは今閃いたと言わんばかりに言った。
「ちょうど良かったわナデシコ。お父様のパンツ、取ってきてくれないかしら?」
「はぁ!? 何で私が! お姉様が取ってくれば良いでしょ!? それにそもそも、背中流すのとか必要なの? しーちゃん、嫌がってんじゃん!」
おお……ナデシコがまともなこと言ってる……。珍しい。
これは回避できる展開か? ……と、思いきや、ヤマトは即答で頷いた。
「必要なことですよ。この方と、落ちついて話をする、良い機会ですもの」
そう……真面目に。
そのヤマトの真面目な表情を前に、背中流しの意図を理解したのか、ナデシコは「分かったわよ。取ってくれば良いんでしょ」と納得したようだった。
ヤマトはにっこりと笑って……。
「ありがとう」
と、一言。
その後、ボクの方へと振り返り、再度尋ねてきた。
「お背中流し……よろしいですね?」
これまた……真面目な表情で。
仕方ねぇな……。
「一つ条件がある」
「条件……?」
「あんたも水着を着用しろ」
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