〈29〉招かれざる客

 ナデシコが姉と再会し、抱き合ったのを確認したボクは、その倉庫をあとにした。

 せっかくの感動の再会に、アンドロイドは不要だろう。


 あの場所は、牢獄だった。

 本人いわく、ヤンチャで、城内を駆けずり回っていたナデシコが気付かず、その存在を把握すらできていなかったという秘匿性から察するに、あの牢獄は、ジーパ王国にとって、消し去りたいものだったのだろう。


 ナデシコを見ていれば分かる。

 きっとこの国は、平和な国だったのだろう。

 そんな平和な国に、あのような牢獄など必要がないと、国王は判断したのだ。

 だからこその……負の遺産。


 まぁ……キング・マウスには、容易く暴かれていたみたいだが……。

 暴かれて、利用されていたみたいだけれども。


 そう……あの牢獄は、利用されていた。

 キング・マウスに。


 あの鼠の王は、才能主義思想の持ち主だ。

 強き者、弱き者という言葉をよく使っていたところからみても、間違いないだろう。

 まさに、弱肉強食の体現者。


 そんな奴が創ろうとしていた国が、どんなものであったか。それは容易に想像できる。


 強き者――――すなわち、才能のある者だけが集まる国。


 ということは、だ。

 例え、肉体的に脆弱である人間であろうとも……国づくりという面において、優秀であった場合。才能があった場合。

 その才能を、キング・マウスが利用しようと考えるのも、当然の流れである。


 したがって、不幸中の幸い――という言葉は不謹慎かもしれないが、あの牢獄には今、数多くの、才能ある人間たちが幽閉されているはずだ。

 少なくとも……才能ある国民は、生き残っている。


 だからこそ言いきれる――――この国は、建て直せると。


 ナデシコか……はたまた、彼女の姉が率いるのかは定かではないが、きっと、やり直せる。

 そして、そんな彼女たちが創る国はきっと、良い国になることだろう。


 ジーパ王国は――――ここからはじまるのだ。



 さて、そんな再スタートを切ろうとしているこの国に……。


「獣人なんていう存在は……もう、不要なんだよなぁ」


 ボクは城の外へ出て、招かれざる客と向かい合う。

 邪魔者には、とっとと帰っていただこう――と、思っていたのだが……。


「……あー……どうやら、そう上手くはいかないみたいだな……」


 その招かれざる客こと、蛇の獣人は、【原種】のようだった。

 つまり――


 キング・マウスと互角、もしくはそれ以上の獣人である……ということ。


「あらあらぁー、あのチュー太郎くんは、本当に殺られちゃったみたいねぇー」


 【原種】の蛇の獣人が、少し驚いたように口を開いた。

 喋り方からみて……女?

 とにもかくにも、今から【原種】ともう一戦というのは、いささか避けたい。

 ボクも疲れているんだ。


「そうだ。キング・マウスは敗れた。だからもう、この国はナデシ……人間の手の元へ返ったんだ。それをすぐさま取り返そうとするのは、いくらなんでも野暮じゃないか?」

「取り返す? シャシャシャ! いやねぇ、そんなつもりじゃないわよぉ。ちょっと、チュー太郎くんの気配が消えたからぁ、様子を見にきただけだってー。まぁ……まさか本当に――――



 同胞が殺されてるとは、夢にも思わなかったけど」


「っ!!」


 言葉の最後に、凄まじい殺気が宿った。

 やはり戦闘は避けられないか? …………と、思ったが、蛇の獣人はすぐさま、その殺気を引っ込め、シャシャシャと笑った。


「大丈夫大丈夫ー。そんなに身構えなくても大丈夫よー。私たち新人類もー、奪われた国をすぐさま奪い返すような野暮なことはしないわよー。ちゃんと国同士で話し合って、その上で、戦争を仕掛けあわないとね」

「突然この世界に現れて、人類からこの世界を奪い取った奴らが……随分と、筋の通ったことを言うじゃないか……」

「あら? わたしの言うことが信用ならない?」

「正直な」

「ふぅん……じゃあどうする? 今から闘るー?」

「いや、どちらかと言えば、こちらとしては、戦わず帰ってもらうに越したことはない」

「シャシャシャ! なにそれ、ウケるー」


 ウケるとか言ってる……。

 随分とギャルっぽい獣人だ。

 ザ、王様って感じだったキング・マウスとは、随分と違うようだ。


「まぁー? こっちとしてもー、そもそも闘うつもりなかったしぃー? なによりー、そんなボロボロのあんたと闘っても面白くなさそうだからぁー、今日は宣戦布告だけして帰ろうって感じぃー。それでOK?」

「OKだ」

「りょうかーい。てな訳でぇー、国取りはまた後日ってことにしておくわぁー」

「……助かるよ」


 これに関しては本当に助かる。

 正直、今からコイツと闘うのは、不安要素が多過ぎる。

 国と国を賭けた争いであるということを、ちゃんと理解してくれる相手で良かった。


「うーん……その代わりといっちゃあ何だけどぉー? 一つ、質問していーい?」

「……何だ?」

「チュー太郎くんってさぁ、の中にぃー【勇者の力】って言うの封じ込めてたんでしょー?」

「っ!!」


 蛇の獣人の手元に、星型水晶が現れた。

 それをボクに見せつけながら、蛇の獣人が問いかけてくる。


「その【勇者の力】ってさぁー? 強かったぁー?」

「…………ああ、強かったよ……」

「ふぅーん……そっかぁー」

「…………」


 キング・マウスの星型水晶の中には、ナデシコの力――――【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】が封じ込められていた。

 ということは、あの星型水晶の中にも、何かとんでもない能力が封じ込められているのだろうか?

 この世界には、ナデシコの他に、もう半分の【勇者の力】を受け継いだ人間がいるというのは……察してはいるが、それなのだろうか?


 それとも……また別の……。


 しかし何だ? あの蛇の獣人の星型水晶を見た瞬間……何故か、のだが……この感覚は一体……。


「じゃあさぁー? ちょっと一回だけ、試してみてもいーい?」

「……試す?」

「うん、そのチュー太郎くんの【勇者の力】っていうのとぉー、私の星型水晶に、勝手に入っていたの力ー、どっちが強いのかぁー、比べてみてくれるー?」

「は?」


 すると、蛇の獣人は、星型水晶を掲げながら、こんな言葉を口にした。


「放て――――【天下丿銃ホープガン】」


 今……何て言った……?

 ホープガンと……そう、言ったのか……?


 バカな……!!


 だってそれは――――その能力は――



!! それは!!」



 その瞬間、数千もの銃弾が――――雨のように、ジーパ王国へと降り注いだ。

 まぁ……オート発動したのであろう、ナデシコの銀盾が、城を覆うほどの大きさで出現したことで、事なきを得たものの……正直、相当肝を冷やした。


 今のはまさに――――ボクの妹であるアンドロイド、師走花子しわすはなこの【天下丿銃ホープガン】だった。


 なぜ!? アイツの能力が、あの星型水晶の中に封じられているんだ!?


 一方で、蛇の獣人側も、オート発動した【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】を目の当たりにして、目を丸くしている。


「へ、へぇー……それが【勇者の力】かぁー。なかなかやるねぇー……シャシャシャ! 戦争する日が、楽しみになってきたわぁー」


 戦争する日が楽しみ?

 マジか……? ボクは……ボクとしては、んだが……?


「では、そんな訳で、いずれまた会いましょう。人間の亜種くん……シャシャシャ……」


 そう言い残し、蛇の獣人は、本当に帰っていった。

 ドプン……と、自らの全身を紫色の液体へと変化させ、消えるように、去っていった。


 言葉を言い残し……。

 そして――


 絶望的な――――謎を残して。

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