〈28〉この子は何を言ってるの?

 獣人たちの襲撃から、約二週間。

 お母様とお姉様の助けもあって、ジーパ城を脱出してから一週間。


 短い睡眠時間の中で、私は必ず夢を見ていた。

 それはどんな夢なのか?


 お父様がいて、お母様がいて、お姉様もいて、あとついでにお兄様もいて、執事さんもいて、コック長もいて、看護師さんや、軍隊長もいて……街の人達もいて……そして、私がいる。

 以前と変わらない、楽しい日々を過ごす夢。

 そしてそれが突如、真っ暗になって……誰もいなくなってしまう、夢。

 真っ暗闇の中、私の前にいつも現れるのは、お父様の首を持ったあの鼠の獣人――――キング・マウス。

 最後に、キング・マウスが掲げている首だけのお父様が、私にこう叫ぶのだ。


 『お前のせいだ』って。


 そこでいつも、私は目を覚ましていた。

 心臓はバクバクで、冷や汗はダラダラで、本当に……毎日毎日、地獄のような気分で目を覚まし、地獄のような日々を生き抜いてきた……。


 逃走中……何度悔やんだことか……【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】があれば……と。


 でも、夢の中のお父様が叫ぶ通りなのだから仕方ない。


 これは全て……私の責任なのだ。

 だからこそ、私が全て終わらせなくてはならないの。

 例えこの身体が、どうなろうとも。


『ナデシコ! 生きなさい! あなたは、私達人類にとっての――――最後の希望なの!』

『逃げなさい! 逃げて逃げて生き延びて! あなたさえ生き延びれば! いつか、必ず、世界を救える日がくるから!!』


 私を生かしてくれた……お母様と、お姉様のためにも。


 私は、この命を賭して、この地獄と向き合わなくてはならない。


 さぁ、目を覚ませ私。

 悠長に眠ってる暇なんてないわ。

 目を覚まして、一緒に闘うの。

 【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】を失い、非力な私だけれど。

 突然現れた、あの英雄のような少年と共に、地獄へ立ち向かおう。


 そして私は……目を覚ます。


 目を覚ました瞬間、気付いた、何やら頭の下にちょうど良い弾力の枕がある。

 あれ? 私いつから、ベッドの上で眠れるような状況に戻ったの? ん? いや、違うな、ベッドの上ではない。

 少なくとも……身体が寝ているのは草の上だ。

 んん? となると、この枕は一体……。


「やっと目を覚ましたか……悪かったな……ちょいと強く気絶させすぎた」

「……しーちゃん?」


 その謎の枕の正体は、突然現れた英雄のような少年――――霜月太郎こと、しーちゃんの膝だった。

 待望の、しーちゃんの膝枕の上に、私の顔はあったのだ。

 ていうか!


「な、何でしーちゃん! そんなにボロボロなの!?」

「まぁ……ちょっと……生まれてはじめての苦戦を演じてて……こんなになっちまった」

「苦戦って……まさか闘ったの!? 本気のキング・マウスと、一人で!?」

「……まぁな……」


 …………許せない!

 しーちゃんまで、こんな目に合わせるだなんて!!

 キング・マウス!!


 でも……よく、逃げて帰ってきてくれた……。

 そこは本当に良かった。


「待ってて! しーちゃんの仇は、絶対に私がとるから!!」

「終わったよ」

「大丈夫! みなまで言わないで! 私、こう見えても、この人生で色んな荒波を乗り越えてきたの! こんな逆境くらい、お茶の子さいさいよ!! 絶対に私が、キング・マウスを倒してやるわ!!」

「いや……だから、それ、もう終わってるって」

「終わっていたとしても!! アイツは、この私が必ずぶちのめして――――――え?」


 今……何て……?


「キング・マウスは――――ボクが倒したよ」


 え……? 倒した……? え? え? 誰を?


「ひとまず喜べ、ナデシコ。とりあえず……この国での地獄の日々は、終わったぞ」


 終わった……? 地獄が……? え? この子は何を言ってるの?

 大怪我のせいで頭おかしくなっちゃった?

 バカになっちゃったの?

 あんなに物分りのいい、お利口さんだったのに!?


「許せない! キング・マウス! ぶっ潰してやるんだから!」

「今お前……ボクがバカになったとか思わなかったか?」

「いたいっ! しーちゃんがぶった! 殴った! お父様にだって殴られたことなかったのにぃ!」

「ったく……せっかく、お前が熱望していた膝枕をしてやったと言うのに、その感想も一つもよこさず、挙げ句、ボクを嘘つき扱いとは……いい度胸してるな? お前……」

「へ……?」

「いいぜ、証拠を見せてやる。ついて来い」


 立ち上がり、しーちゃんがスタスタと歩き始める。

 お城へ向かって。


「ちょっとちょっと! しーちゃん! 危ないよ!? ここにはたくさんの獣人が……」

「もう大丈夫だから。安心して、ついてこい」

「へ? あ、うん……」


 ズケズケと、お城の中に足を踏み入れていくしーちゃん。

 本当に、一体足りとも獣人と出くわさない……どうなってるの?

 まさか……本当に?


 本当に、終わったの?


「前にも言ったな? ナデシコ。ボクは人間が嫌いだ」

「う、うん……」

「不思議なもので……嫌いなものって、目につくだろ? 例えば蜘蛛が嫌いなら、どう考えても普通気づかないだろっていう場所にいる蜘蛛に気づいてしまったりするよな?」

「あー、それは分かるわかる。私、芋虫苦手なんだけど、どれだけ草木の緑に隠れていようと見つけちゃうもん」

「だろ? そしてそれは、ボクらアンドロイドも同じみたいなんだ」

「同じ?」

「ああ……嫌いなものほど、見つけてしまう。例えば……」


 今、ジーパ城の一階にある倉庫に連れてこられている訳だけど。

 しーちゃんは、その倉庫内の床を、つま先でトントンと叩く仕草を見せる。さも、この下に、何かがあると言わんばかりに。

 え? 何があるの? 知らないんだけど。


「その顔を見るに……知らなかったみたいだな。まぁ、何となく理由は察するよ。きっとこれは、国王にとって……お前の親父さんにとって、隠しておきたかった、もしくは伝える必要のない、負の遺産だっただろうから」

「負の遺産……?」

「見れば分かる」


 するとしーちゃんは、その床目掛けて、拳を振るった。

 床が砕け、その下の空間があらわになる。


「覗いてみろ……ナデシコ」

「う、うん……」


 その穴へと近づいていく私に、しーちゃんは話を続ける。


「残念ながら……お前の母親は、助けることが出来なかった。ボクがこの城に訪れたときには既に……すまない……」


 ううん……それは、しーちゃんのせいじゃない。

 全ては、私の責任だもん……。


「だが、はっきりと言えることがある。お前の母親は立派だった。なぜなら――――」


 私は、しーちゃんの言葉に耳を傾けながら、穴の中を覗いた。


「お前の母親は――――大切な愛娘を、、その命をかけて、守り抜いたんだからな」


 穴の中を見て。

 否、穴の中にいた姿を見て、私は一目散に、穴の中へと飛び込んだ。


「お姉ちゃん!!」

「ナデシコ!!」


 生きてると思わなかった。

 生きていて欲しかった姉が――――生きていたのだ。

 嬉しい!

 嬉しいよぉ!!


 私たちは、お互いに強く抱き締めあい、涙を流しあい、再会を分かちあった。

 もう……会えないと思っていたのに。

 また、会えた。


 この時、私はようやく、しーちゃんの言葉が、本当だったことに気がついた。


 終わったんだ。

 本当に。


 この国の――――地獄が。

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