〈27〉断末魔の叫び

 一つ、明言しておこう。

 これからボクが行う大博打。その過程でいきついたゴールに、【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】の破壊はない。

 それができないからこその、大博打だ。

 本来ならば、あの銀盾を破壊し、勝利をするのが一番カッコ良く、スカッとする勝ち方なのだろうが、そんな爽快感はボクに求めないでほしい。

 それを求めるのならば、ボクの兄弟姉妹きょうだいへどうぞ。


 銀盾を壊さず、キング・マウスのみを破壊する。


 それがこの、大博打の終着点――――ゴールだ。


 問題はそこまで行き着くかどうかだが……。

 そこは結局ボク次第。


 なぜなら、ここから先の工程で、キング・マウスはボクに対して、何もすることができないのだから。


「行くぞ! キング・マウス!」

「…………何をする気だ、貴様!」

「【能力変神スキルメタモルフォーゼ】――――発動!」


 さぁ、先ずは第一関門だ。


 ボクは、【透明化】の能力を発動させる。

 この【透明化】は、姿が見えなくなるだけじゃない、気配や音、存在感まで消す能力だ。

 相手から見ると、まるで瞬間移動をして、この場からいなくなったのではないかと錯覚してしまう。それほどに、存在感を消すことができる。

 果たして……成功したか?


「チュ!? 消えた!? どこだ!? まさか逃げたのか!? いや、そんなはずは…………」


 キング・マウスの様子を見るに、間違いなく成功している。

 どう見ても、目の前に立っているボクの姿に意識を向けられていない。


 さて、次の第二関門に移る訳だが……。

 この【透明化】の能力、ボクが扱うには荷が重すぎて、十数秒が限界だ。

 すなわち、残り二つの工程を、この十数秒の間に行うというのが、この大博打の全貌だ。


 第二関門でボクが狙うのは、キング・マウス本体ではなく、七体の分身体のほうである。

 さきほど奴はもらした。

 分身体には、銀盾の保護は行き届かないと。

 ならば、それを利用しない手はない。


 ボクは、右手の五本全ての指の先から、左手からは人差し指と中指の先から、超能力で創り出した、細い蜘蛛の糸のようなものを放った。

 その一本一本を、分身体一体一体の脳の中へと送り込む。


 ちなみに、【透明化】中の能力の使用は、相手からは認知されない。

 したがって、やりたい放題である。


 さぁ……そろそろ、身体の自由が効かなくなってきたぞ。

 残りはあと、六秒といったところだろうか……?


 最終関門だ。


 あとは――最後の能力を使用して、分身体七体を一度に葬るだけである。


 どの能力を使うか迷ったが、結局でいくことにした。

 これまたリスクの高い能力ではあるものの、発動すれば確実に、七体の分身体全てを撃破できる能力だ。


 あと五秒――――


 【透明化】が消える前に仕留めなければ、銀盾がこの一連の攻撃を察知し、分身体まで守る動きに出る可能性がある。

 そうなれば詰みだ。


 ボクは体力を全て使い果たした上で、為す術がなくなってしまう。


 だから、【透明化】で、銀盾の察知能力を誤魔化せている、この瞬間が勝負となる。

 間に合ってくれ。


「【能力変神スキルメタモルフォーゼ】……【黒球遊戯ブラックボール】!」


 ボクの額の前に、野球ボールぐらいの大きさである真っ黒な球体が出現する。

 出現したと同時に、その黒球が攻撃態勢に入った。

 攻撃態勢に、入ったのだが――――


「ぐっ! あぁぁああ……っ!」


 頭が……割れるように、痛い。


 この力は、強力ではあるものの、その強力さゆえに、凄まじい頭痛が襲うのだ。

 これを平気そうな顔で、自由自在にいくつも操る兄を、ボクは尊敬せざるを得ない。


 攻撃しろ! 黒球ブラックボール! ボクの頭はどうなってもいい! この一撃……否、この七撃さえ届けば、ボクの勝ちなんだ!

 行け! 放て! 攻撃をしろ!

 この戦いは――絶対に、負ける訳にはいかないんだ!!


「うっ! う、お、ぉおおぉおおおーーっ!!」


 黒球ブラックボールが、まるで無数の手を伸ばすかのように、七体の分身体目掛けて伸びる。

 当然、手を伸ばすというのは比喩であり、その先端は、槍のように鋭く尖っている。

 その槍が、分身体に届こうとした……その瞬間――――


「くっ!」

「チュ!? 急に姿が!? どこに隠れておったのだ!?」


 ボクの【透明化】の時間が切れ、姿があらわになってしまう。

 その瞬間――ここまで微動だにしなかった銀盾が動き出した。

 

 やはり、、例え分身体であろうと、銀盾は防御行動にでるようだ。


 だが…………一足、遅かったな。


 銀盾が動き出す、その直前には既に――――ボクの【黒球ブラックボール】から伸びた槍が、七体の分身体それぞれを、蜂の巣状に貫いていたのだ。

 この大博打はどうやら――ボクの勝ちのようだった。


 キング・マウスは、この十数秒間に起こった出来事に唖然としている。


 なぜボクが突然消えたのか?

 そしてなぜ、同じ場所に再び現れたのか?

 消えていた間、何をしていたのか?

 なぜボクが汗だくで、疲労困憊で、地面に倒れ込んでいるのか?

 その浮いている黒い球は何なのか?

 その黒い球から伸びてる無数の槍は、なぜ分身体を蜂の巣にしているのか?

 なぜ、自分だけを守るはずの銀盾が、


 なにより――ダメージ共有をしないはずの分身が蜂の巣にされたことで、なぜ、自分本体の身体中に、激痛が走るのか?


 それらを、理解しかねている様子だった。

 まぁ……分身体が七体も死ぬほどの苦痛を味わっている最中に、理解できる余裕があるはずもないだろうが。


「チュ……チュギィヤァアアァアアーーッ!! 痛いっ! 痛いっ! 痛いぃーーっ!! ぎっ、ぎざまぁ!! 何を……なにをじだぁー!!」


 キング・マウスの身体には、何一つ傷はついていない。

 ならばなぜ、コイツは今、こんなにも悶え、苦しんでいるのか?


「何をしたって……? 分身達に、お前の痛覚を共有させたのさ……」


 ボクは、とてつもなく重たい身体を、無理やり起こし、立ち上がりながら答える。


 カギとなるのは、第二関門で、分身体の脳に差し込んだ糸である。

 この糸こそが、テレパシー能力であり、この大博打においての最難関だった。


 痛覚の共有――――それが、銀盾に攻撃と認識されたら、その瞬間、ボクの敗北が決定していたからだ。

 正直、賭けだった。

 こればっかりは、想像がつかなくて、ボク個人ではどうしようもない問題だったからだ。


 マジで、攻撃認識されずに痛覚共有が出来たときはホッとした。

 いやもうガチで。


 分身達と痛覚さえ共有し、その全てを葬れば、結果として、キング・マウスに大ダメージを与えることができる。

 で、そうなったのが、今のコイツのざまである。


「痛いだろ? 分身が仇となったな……」

「ぐ、ぐるじぃ!! ぎ、ぎざま! ぜ、ぜっだいに、ゆるざ……」

「許さなくてもいい。どうせお前は今から……死ぬんだから」

「ぐっ! グギャアァアアアーッ!! 痛い! いだぁーい!!」


 キング・マウスが悶え苦しむ姿を、見下ろすボク。

 そんなボクは、【能力変神スキルメタモルフォーゼ】を発動させ、右前腕を刀へと変身させる。

 このくらいの元気は、まだ残っているのだ。


 別に、苦しんでいるコイツにトドメを指すために変身させた訳ではない。

 トドメを刺すまでもないのだ、だってコイツは、散々苦しんだのちに、死ぬのだから。

 今トドメを刺すのは、コイツを楽にするだけだ。

 そんなのボクが許さない。

 ナデシコや、その家族を苦しめた罰を、その身体で十二分に味わってもらって、死んでいただこう。


 さて、ボクが壊そうとしているのはこっちだ。



 星型水晶。


 ナデシコの力――――【魂丿銀盾ソウルシルバーシールド】が、封印されているこの水晶を破壊すれば……きっと、能力は持ち主の元へと帰るはず。


 そんな訳で、ボクは右手の刀で、星型水晶を真っ二つに斬り裂いた。

 すると、真っ二つになった星型の水晶から、眩い光が飛び出し、天高く舞い上がっていった。

 それに相反するかのように、キング・マウスが発動していた銀盾は消滅。


 それらを確認し終えたところで、ボクはようやく腰を下ろす。


 キング・マウスの、断末魔の叫びを聞きながら、ボクは大きくため息を吐き、尻もちをつきながら天を仰ぎ、一言こう呟いた。


「あー……疲れた」

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