〈24〉一番の器用貧乏

 やはりというか、分かりきっていたことではあるが、キング・マウスは強い。

 ボクが全力で応戦しても、互角以上の力で反撃してくる。


 もしも、兄姉妹きょうだいと拳を混じえることができていたら、こんな風になっていたのだろうか? などと考えてしまう。


 強い……。


 けど、負けるわけにはいかない。

 ナデシコのために、コイツを倒し、この国を取り戻す!


「チュチュチュ……準備運動は、ここまでだ」

「あん?」

「我も――能力を発動させてもらうぞ」

「……お好きにどうぞ」


 殴る蹴るの攻防の最中、キング・マウスはそう言って、ボクと距離を取った。

 すかさず接近を試みるが……奴の発動した能力を前に、足を止めた。


 やみくもに近付かない方が良いと思ったのだ。


 なぜなら――キング・マウスがからである。

 ナデシコから聞いていた、奴の固有能力――――【分身操作インフィニティマウス】の力で。


 合計、八体に増えたのだ。

 その内の一体……恐らくは本体であろうキング・マウスが口を開いた。


「インフィニティと、能力名はついているものの……分身できる数は無限ではない……八が限界だ。∞の文字を九十度傾ければ8となるがゆえの、言葉遊び的な能力名。しかし……霜月太郎よ、∞が8になったからといって、ゆめゆめ油断はしないことだ。なぜなら――――」


 瞬間、キング・マウス八体、全ての姿が消えた。

 声だけが聞こえてきた。


――――


 ボクの身体に、一瞬にして百撃以上の攻撃が加えられた。


「あがっ!」


 致命傷にはなってはいないものの、大ダメージだ。

 膝をついてしまう。


「チュチュチュ……これが、我の真の力だ。八体の我による、電光石火の集中攻撃――――さぁ、貴様にこれが破れるか? 人間の亜種……霜月太郎よ」


 そのまま仕留めれば良かったものの……余裕綽々と言わんばかりに、奴らは距離を取り、そんなことを言いながら、ボクを見据える。

 その問い掛けに対する答えは、もちろんこうだ。


「破れなくても破る。でないと、お前は倒せないからな」

「チュチュチュ……やってみろ」


 またしても八体のキング・マウスの姿が消えた。

 来る!

 電光石火の集中攻撃が。


 先の戦闘と違って、今の奴の両手には鉤爪が装着されている。

 打撃とは違って、斬撃というのがタチが悪い。

 どうやら装備品も分身には影響するようで、八体全てが鉤爪を装着している。


 ザクッ! ザクッ! と、音がする。

 ボクの皮膚を次々と切り裂いていく音だ。

 防戦一方とは、まさにこのことをいうのだろう。


「チュチュチュ! どうした!? こんなものか!? このままでは貴様! 我に為す術なく、皮を剥がれきってしまうぞ!?」

「………………」


 断言しよう……八体にも分身したキング・マウスの猛攻には、ボクの身体能力をもってしても歯が立たない。

 とてもじゃないが、この状況を覆す方法はない。


 しかし――――


 それはあくまでも、身体能力ならば、の話だ。


 認めよう……身体能力といった面で、ボクはキング・マウスに遥かに劣っている……。

 だが――――



 固有能力勝負となれば――話は別。


「チュチュチュ! 為す術なしか! 惜しいなぁ!? 貴様ほどの強き者を失うことは、大きな損失だ! しかし! これは貴様が選んだ運命だ! 恨むのなら――自らの、バカな選択を恨むがよい! そして後悔しろ!! あのような弱き小娘についた、愚かな自分を……あの世でせいぜい、戒めることだ!!」

「……恨む……? 後悔? 戒める……? その必要はねぇよ……何故なら――――ボクはお前に、勝つからだ!」

「負け惜しみをい……チュギャアッ!?」


 突如、ボクの身体を高速で切り裂いていたキング・マウス達の動きが止まった。

 ただ攻撃が止まった訳ではない。

 八体それぞれが、痛みにのたうち回っている。

 痛み――――鉤爪から発火した炎に、手を焼かれる痛みに。


 慌てて、燃え盛る鉤爪を外すキング・マウスの本体。

 すると面白いことに、七体の分身体全ての両手から鉤爪が消えた。まるで元々、鉤爪など装着していなかったと錯覚してしまいそうになるほど、自然に、鉤爪が消失した。

 なるほど……そういう感じになるのか。

 装備品や武器などは、本体が装着していてこそ、分身体は扱うことができるらしい。


 ちなみに、ダメージは共有されないようだった。

 一体一体の火傷の様子を観察してみたところ、一体一体火傷の程度に違いがあったからだ。

 まぁ……これについては、先の戦いで、ボクが分身を倒していることから、分かっていたことではあるが。

 もし、ダメージまでも共有されるのだとしたら、先の戦いの時点で、キング・マウスはボクに殺されて死んでいるはずだ。そんな能力があるとすれば、欠陥能力もいいところだろう。


「チュ……き、貴様……一体、何をした!?」

「なぁに、簡単なことだ。キング・マウス……確かに、お前は速い。このボクが目に追えない速度での攻撃は、正に電光石火だ。しかし、残念なのは、攻撃バリエーションの少なさだ。お前はボクの身体に、直接攻撃を加えなければならない。ならば……どんなに早かろうと、待ち構えれば良いだけのことだ」

「待ち……構える……だと?」

「ああ……こんな風に……」


 ボクは、人体発火現象の如く、自らの身体から炎を舞い上がらせた。

 その炎を……鎧のように纏うように。


「身体全体に炎を纏わせてな。ハハッ、まさに――飛んで火に入る夏の虫みたいだったぜ。あ、飛んで火に入ったのは、虫じゃなくて、鼠か……ま、どっちでもいいか、そんなこと」

「き……貴様……そ、そんなことまでできたのか?」

「こんなこともできるし、他にも色んなことができるぞ。ボクは、アンドロイドの中でも――一番の器用貧乏って評判だったんだ」

「器用貧乏……? それは……褒められているのか?」

「どうだろう? 言った奴の心は分からないけれど、ボクはその言葉を受け取ったとき、少しナーバスになったよ」

「……だろうな……」


 さて、そんなことはどうでもよくて、反撃に移るとしようか。


「キング・マウス……ボクがこの炎を纏っている限り、お前はボクに対して、無傷で攻撃を与える手段がないということになる」

「……チュウ……」

「それに加えて――――お前は今、動きを止めているな?」

「!? しまっ……!」

「ボクは――こういうことも、できるんだよ」


 分身体を含む、八体のキング・マウスの全身が、青白く淡い光に包まれる。

 当然、この青白く淡い光はボクが放ったものだ。

 それがもたらす能力――それは――――


 念動力だ。


「城の外まで吹き飛べ」

「チュアッ!?」


 八体全てを、大浴場の外壁目掛けて吹き飛ばし、叩き付ける。

 その威力がゆえに、外壁が壊れ、空中に投げ出されてしまうキング・マウスと、その分身達。

 空中では、得意の高速移動も意味をなすまい。


 そして外には……城に潜入する前に創り出した雨雲……否、雷雲を配置してある。

 これからボクが、どんな攻撃を加えようとしているのか? もうお分かりだろう。

 空を見たキング・マウスも理解できたようだ。


「……チュ!? ま、まさか!?」


 そう、そのまさか。

 理解できたところで、空中そこでは、どうしようもあるまい。

 

「裁け――雷」


 雷雲が、凄まじい雷鳴と共に、目も開けられないほど眩く光り。

 その瞬間――――雷雲から降り注いだ八つの雷が、キング・マウスとその分身体全てを貫いた。


 雷による一撃を受けた奴らは、とてつもない速さで大地へと叩きつけられたのであった。


「……やったか?」


 などと、明らかに、やれていないフラグを敢えて呟いてみる。

 だって、間違いなく、やれていないのだから。

 この状況で浮かれるほど、ボクはバカではない。


 なぜなら――キング・マウスは、【最後の力】をまだ、発動していない。

 【最後の力】にして……最も攻略に骨を折るであろう力――――


 ナデシコの力……即ち――【この世界の勇者の力】を。


 断言できる。

 ここからが、本当の勝負だ。

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