〈19〉ダンゴムシのように

 ナデシコは語ってくれた。

 自らの能力――――勇者の力について、入念に、しっかりと伝えてくれた。

 いやもう、必要ないくらい濃密に語ってくれた。

 彼女が熱くなりすぎて、話が横道に逸れて逸れてはしていたものの、ボクが欲しかった情報は、全て得ることができたように思う。

 その上でまだ、逸れた話を長々と語られそうだったので、『なんで、そんな凄い能力を持っておいて、能力を盗まれたんだ? 国を乗っ取られたんだ?』と一言挟むと。

 「うぅ……心の傷が開いちゃったよぉ……」と、しくしく泣きはじめたので、話はそこで終了となった。


 今、ボクの隣で、ナデシコはダンゴムシのように丸まってべそをかいている。

 静かになったので、少し話をまとめよう。


 結論から言うと、『いきなり城を攻めよう』というナデシコ提案の策を採用することにした。

 というか、それ以外の方法はないように思った。

 それ以外のルートだと、間違いなく、ボク一人の力では、キング・マウスに太刀打ちができない状況になってしまう可能性がある。

 だから、その作戦以外の取りようがないのだ。

 むしろ、キング・マウスを仕留め、このジーパ王国を取り戻すためには、今、このときが最大のチャンスともいえる。

 裏を返せば……。


 最大のチャンスであり、最後のチャンスとも言い換えられる。


 この期を逃す手はない……いや、この期は絶対に逃しちゃいけない。


 今日……全部終わらせよう。


 よし、具体的な策の調整は、後ほど行うことにして……そうと決まれば、善は急げだ。


「行くぞナデシコ! ジーパ城を、この国を、取り戻しに!」

「………………」

「……ナデシコ……?」

「えー? ジーパ城とこの国を取り戻すー? 私みたいな役立たずはいかない方がいいんじゃなーい? よしんば、勇者の力を取り返せてもー、どうせまた奪われちゃうよー? そして、しーちゃんの足引っ張り倒して負けるのがオチだよー。だって私、存在自体がギャグキャラだもーん……しーちゃん一人でいってきたらぁー? その方がきっといいよー。役立たずのモブ勇者モドキは木の上でお留守番してますよーだ……」

「……………………」


 イラッとするいじけ方だなぁ……。

 こうなった原因が、ボクにあるとはいえ……イラッとする。

 感情の落差が激しすぎるだろ……情緒不安定かよ……。


「ふぅーん……ナデシコ、お前の、この国に対する気持ちはその程度だったんだなぁー? 正直、がっかりしたよ」

「だ、だって……事実、私のせいで、この国乗っ取られちゃったみたいなもんだし……?」

「それなのに、取り戻すのはボク一人にお任せーってか? 他力本願にもほどがある。責任感はねぇのかよ」

「そ……そりゃ、責任は感じてるよ! だって……だって私はこの国の王女であり……勇者だったんだから……それなのに私は……この国を……国民を……守ることが、できなかったんだから……責任、感じないわけがないよ」

「……だよな」

「え?」

「ボクは、この世界にきたばっかりで、お前との付き合いは短い。だが、短いなりに、ナデシコ……お前がどういう奴なのかは、理解しているつもりだ。お前が……この一件で、何も責任を感じていないような、無責任なバカであるはずがない。きっとお前は……背負う必要のない責任まで、背負ってしまうバカ野郎だ。違うか……?」

「……しーちゃん……背負う必要のないって……そんなことはないよ、だって、この国を守れなかったのは……全て私の責任で……」

「分かった……お前がそう思うのなら、それでもいい。だってボクは…………ナデシコの、そういうところに、魅せられたんだから」

「そういうところ……?」

「ああ……そういうところだ」


 普通の人間ならば、背負おうとせず、捨ててしまうであろう責任。

 むしろ……他人に擦りつけようとする者すらいるだろう……。

 ボクが前の世界で出会ってきた人間の大半はそうだった。

 しかし、彼女は……それをちゃんと、自分の中で抱え込んでいる。

 それはもう……ダンゴムシのように。

 ボクは……そんな彼女の誠実さ、ひたむきさに――――心を奪われたんだ。


「だけどナデシコ……その責任全てを、お前一人が背負うのには無理があると思う。重すぎるから、絶対に背負いきれずに潰れてしまう……」


 今のように……。

 だから――――


「だから――――君の責任を少し……ボクに預けてくれないか? 君にできないことは、ボクが必ず成し遂げる。約束する」

「しーちゃん……」

「全部できなくたっていいんだ。ナデシコは……ナデシコにできることだけをしよう。ボクにできないことも、きっとあるから」

「……うん……」

「さぁいこう。立ち上がろう。この国も……勇者の力も……全てを、獣人達から、キング・マウスから、取り返すんだろ? いつまでも、下を向いて座り込んでいる暇は、ないだろう?」

「うん……」


 ナデシコが、ボクの手を取って、立ち上がる。

 そしてボク達は見つめ合う。

 ナデシコの瞳に、光が戻ってきたのを確認。

 もう……大丈夫そうだ。


「しーちゃん……」

「なに?」

「私……頑張るよ」

「……ああ」

「絶対に――――この国を、全てを、獣人達から、あの憎いキング・マウスから――――取り戻してみせる!」

「ああ、その意気だ」

「いこう!」

「ああ!」


 ナデシコが走りだす。

 ボクも、彼女についていく形で走りだした。


「ねぇ? しーちゃん……」


 すると彼女は、ボクに背を向けたまま、こう言った。


「ありがとう」


 ボクは、その背中にこう返答する。


「どういたしまして」


 目的地は、ジーパ城。

 目的は、彼女が奪われた全てを取り戻すこと。


 ボクがこの世界にきて、二日目――――


 早くも、大一番を迎えようとしていた。

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