〈16〉揺らぐことはない

 キング・マウスが、ボクを超越している点……それは――――スピード。

 まるで消えたと錯覚するほどの速度差によって、次にどんな一手が飛んでくるのか予測できない。

 致命傷を受けないように、凌ぐので精一杯だ。


 正に防戦一方。


 それに加えて、奴はまだ、余力を残しているというのだから驚きだ。

 異能という名の――余力を。


 ナデシコが与えてくれた情報を加味すると、それについては間違いない。


 そんな状況下で、ボクは防戦一方なのだから……こりゃ辛いな、というのが正直なところだ。

 だが――――絶望はしていない。

 何故なら――


 余力を残しているのは――――ボクも同じだからだ。



「手が刃物になるのか。チュチュチュ! やはり貴様! 面白いな!!」


 そう述べた瞬間――キング・マウスの姿が消えた。

 縦横無尽に、ボクの周囲を移動し、突如接近してボクをその拳や足技で攻撃を仕掛けてくる。

 これまでは、素手で捌いていたが……今のボクは、右手を刀に変身させている。

 近づいてきた瞬間――その邪魔な足を斬る!


「チュチュチューッ!」

「っがはっ……!」


 ボクはあえて右拳による攻撃を受けた。

 ここから、キング・マウスは怒涛の攻撃を仕掛けてくる。

 右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳……そして――


 両足どちらかによる、前蹴り――――ここだ!


 ボクは右腕の刀を振るった。

 キング・マウスが前蹴りを放った、左足を、斬り落とすために。


「チュ!?」


 しかし……。

 放とうとした前蹴りを、キング・マウスはすんでのところで止め。

 背後へバク宙をして、アクロバティックに後退した。


 ちっ! バレたか……。


「危ない危ない……危うく、左足を持っていかれるところだったわ。抜け目ないな、貴様」

「そっちこそ、よくもまぁ気づけたもんだ」


 野生の勘ってやつか?

 鼠顔してるし……。


 何にせよ、奴のニヤニヤ顔はまだ継続中だ。

 余裕綽々ってか? この野郎。


 千載一遇のチャンスを奪われたからといって、ボクは手を緩めるつもりはない。

 すかさず両前腕をライフル銃へと変身させ、キング・マウス目掛けて撃ちまくる。


 それを次々に、容易く素早く回避するキング・マウス。

 当然、当たるなんて思ってない。


 これは時間稼ぎだ。


 流石のボクも、先程くらった数発のパンチで、ダメージがまったくないとは言いきれない。

 少し足にきている。

 このままジリ貧になるのは危険だ、だからこそ、近付ける訳にはいかない。


「凄まじい威力、かつ速い攻撃だな。チュチュチュ、確かに一発当たれば途端に蜂の巣にされるであろう。しかし、忘れたか?」

「あ……」


 そうだった。

 初対面の際、既に、キング・マウスには、この銃弾を受け止められていたのだった。

 受け止めることが可能であるならば、当然――――


 その両手で弾くことも可能。


「チュチュチュ! 確かに速く、威力のある攻撃だ! しかし! これで我を足止めしようなど、百年早いわ!!」


 ボクが次々と放つ、ライフルの弾丸を次々と叩き落としながら、少しずつ、キング・マウスは前進してくる。

 近づいてきている。


「…………」

「チュチュチュ! 知っておるぞ! 貴様、さっきの我の攻撃で、ダメージが蓄積されておるのだろう? だから回復の時間を取った! そうであろう!? しかし、だとすれば対処は簡単! 回復させる間を、我は決して与えない!!」

「……っ!」


 ……全て、お見通しって訳か……。


「さぁ! あと少しだ! ほら、手を伸ばせば、貴様に拳が届くぞ!?」

「……くっ!」

「我の誘いを蹴った、すなわち貴様は敵だということだ! 我は――――敵には容赦せんぞ!!」

「それは……ボクも同じだよ」

「っ!?」


 ここまでは全て――――ボクの計画通りだ。


「なっ!? 何だこのツルは!?」


 地面から突然、緑色のツルが多数伸び、キング・マウスの身体を縛り上げている。

 そのツルの根元にあるのは、奴が散々叩き落とした、弾丸だった。

 早い話……ボクが、意図的に、弾丸から緑色のツルを伸ばさせたのだ。

 ちなみに……。


「身体に絡まって! チュチュッ! しかしこんなもの! 容易く引き裂いて…………チュ? ち、力が入らぬ!?」


 この緑色のツルには刺がある。

 そしてその棘には――――毒が含まれている。

 殺傷能力はないが……身体を一時的に痺れさせる、神経麻痺の毒が。


「どうだい? 力が入らなくなってきただろう?」

「き……貴様……こんなことも、できたのか……!」

「別に正面から殴り合うだけが、戦闘じゃないから。当然、はめ技も使うさ」

「なるほど……勉強になったよ……」

「それは……」


 それは……ボクのセリフだ。

 本当に、この一戦は楽しかった。

 けど残念。


 ボクは負けられないんでね。


 ナデシコのためにも。


「さて……そろそろこの腕試しも終わりにしようか。いや? 練習試合、と言い換えた方が良いかな? キング・マウス」

「……チュチュ……やはり、知っておったか……」

「ナデシコから聞いてたよ、お前の異能のこと……悪いが、に、あまり長々時間を使いたくないんだ。悪いね」


 ボクは、キング・マウスの額に銃口を突きつける。


「ふむ……なるほどな……。しかし、分からないことが一つある、聞いてもいいか?」

「なに? 時間稼ぎなら無駄だよ? その毒の効果、二三日は続くから」

「チュッ……それはそれで残念だよ」

「で? 分からないことは、なに? 質問がないのなら、今すぐにでも引き金を引くけど?」

「……それだけの力があって、何故……人間の味方をするのだ?」

「なぁんだ、そんなことか……決まってるじゃん。魅せられたからだよ、あのお姫様に」

「あの娘に……?」

「ああ……」


 身の程知らずで……。

 無鉄砲で、無謀で……。

 弱くて……だけど強い……あの、人間に。


「…………そうか、分かった。どう足掻いても、貴様を引き抜くのは難しそうだ……」

「その通り。どう足掻いても、ボクとお前との関係は――――敵同士――――それが揺らぐことはない」

「…………次は……」

「……ああ」

「次は――――



 お互い、全力で殺し会おう」


「……当然だ」


 そしてボクは、引き金を引いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る