〈15〉ボク達と同じ匂いがする

 前世……もとい、前回の世界では、ボク達アンドロイドは、向かうところ敵なしだった。

 世界中のあらゆる兵器を相手にしても、ボク達の前では、戦争にすらならなかった。

 まるで赤子の首をひねるかのような感覚で。

 まるでイジメのような感覚で。

 モヤモヤした気分だった。


 その気持ちは、転移したこの世界でも抱くのだろうな……と、そう思っていた。


 自分と同等か、はたまたそれ以上の敵と、巡り会うことなど絶対にない――――そう、思っていた。


 事実、獣人という、人間離れした生物を十数匹撃破した際、やはりその気持ちは芽生えた。

 弱いものいじめをしているような……モヤモヤを……心の奥底で。


 やはり、この世界でもそうなのだと。


 やはりボクは……ボク達は、そういう運命の中で生まれた生命体なのだと。


 最強――――それが義務づけられた、存在、なのだと。



 …………なんて、ボクは自惚れていた。


 今、目の前で拳を交えている、この存在に、巡り会うまでは。


 鼠の【原種】――キング・マウス。

 この世界を混沌に陥れた元凶であり、この世界の新たな王族の一体。


 断言しよう――――コイツらは……否、少なくともコイツは、本物だ。


 獣人とアンドロイド……ボク達の存在は、真逆のものであるにも関わらず、コイツは……


 生まれながらにして、最強であることを定められた――宿命の香りが漂っている。



「……チュチュチュ、驚いたな……」


 数回拳を交え、距離を取ったキング・マウスが、少し驚いている面持ちで、そう呟いた。


「まさか……これほどまでとは思わなかったぞ。人間の亜種よ……」

「それはこっちのセリフだよ……獣人の王。まさか……」


 まさか、身体能力において、ボクと互角の生物が、存在していただなんて……想像すらしていなかった。

 いや、『いるとすれば、どんな気分なんだろう?』とか、考えはしていたけれども、まさか本当に存在しているなんて……。

 今のボクは、どんな表情をしているのだろうか? 鏡が見てみたい。


「チュん……我を前にして、笑うのか、貴様は」

「え……?」


 ボク今、笑ってる?

 やっぱり?


の我と互角の戦闘力を持つ、貴様のことだ……おおよそ、予想がつく。これまで、自分と互角以上の相手と戦ったことがなかったのだろう? 違うか……?」

「……よく、ご存知で」

「知っている……知っているとも。何故なら――――我もそうであったからな!!」


 そう、キング・マウスが声を放った瞬間、奴の姿が視界から消えた。

 これだ――このスピード。


 速さだけなら、全力時のボク以上だ。


 この速度から繰り出される攻撃を、防ぐのに精一杯。

 まさかこのボクが……防戦一方になるだなんて。

 くそっ……!



 楽しいなぁ!!


「チュチュチュ! そうだ、そうであろう!! 強敵との戦いは、身を削る戦いというものは、楽しいであろう!?」


 キング・マウスは、ボクに高速攻撃を加えながら、言う。


「強き者ならば、そうなのだ! 強敵との、命を懸けた、ギリギリの戦いを望むものなのだ! 頭ではなく! 心が! そして身体が! 戦いを求める!! 弱いものいじめではない――――戦いを!!」


 その通り。

 ぐうの音も出ない正解だ。


 認めよう、ボクも確かに、それを求めていた。

 間違いなく、求めていたのだ。


 キング・マウスは続ける。


「強き者は、得てして孤独になる! 誰もその力に着いてこれず! 誰も共感できないからだ!! 違うか!?」


 ……その通りだ。


「そして! 力のない弱者ほど、それを、数の力で押し潰そうとする!! 誰しも……一個の生命体として、『理解ができないものは、怖い』と感じるからだ!!」


 ……それも、その通りだ。


「だからこそ! 力を持っている者に対し、力以外のものを使って、封じ込めようとする! 時に『暴力はダメ』という価値観をつくり! 時に『暴力を振るった際には罰則をつくる』といったルールをつくり! 力ある者から、力を奪い! 弱者は上に立とうと考える!! 真の力を持つ者は、得てして、牙を抜かれがちだ!! 何故そうなるのか? 何故そうなってしまうか、分かるか!? 人間の亜種よ!?」


 ………………。


「弱い者の数の方が、強い者の数より、圧倒的に多いから」

「チュチュチュ、正解だ」


 ここで、キング・マウスの嵐のような攻撃が止まった。


「やはり人間の亜種よ……貴様は、だ。ちゃんと、強き者でなければ知り得ない、この世の真理を心得ておる……と、なれば当然、そんな憎き弱き者の代表例が、何なのか? それも理解できておるのだろう?」

「………………」

「チュチュ! 言ってみろ? 口に出してみろ、その種族の名を!」


 …………ボクは、その答えを述べた。



「人間だ」


 そのボクの答えを聞いた瞬間、「正解だ」と、キング・マウスはニヤリと笑い。

 再び攻撃態勢へと移った。

 やはり、速い。


「人間共は! 弱いくせに、大抵の世界で頂点をとっている! なまじ頭が良いがゆえ! それはどの種族よりも顕著だ!!」


 ボクは、キング・マウスの目にも止まらぬ攻撃を捌きつつ、話に耳を傾ける。


「弱いまま増えてしまったがために! 奴らは、弱いまま、小賢しい『強き者への対処法』を身につけ! 進化し、発展してきた!! 強き者を弱者へと引きずり下ろし! 弱いものいじめをさせれば、天下一品の種族! それが人間だ!! 我は、そんな愚かで脆弱な、人間の世界を終わらせるために生まれた存在なのだ!!」

「………………」

「人間を憎み! 蔑み!! 根絶やしにするために生まれた存在!! それが、我ら獣人だ!! どうだ!? 貴様らは違うのか!?」

「…………何が言いたい?」


 その問いを投げ掛けた瞬間、キング・マウスの攻撃がまたもや止まった。

 そして、あろうことか、ボクの目の前で立ち止まり、手を差し伸べてきたのだ。


「手を組まないか? 人間の亜種よ」

「…………」

「そこまで理解できている強き者だ。貴様にも当然、人間を憎む気持ちがあるはずだろう? 我らと一緒に、弱き人間共を滅ぼそうではないか」

「…………」

「我らと貴様が手を組めば……無敵だ。さぁ、手を取れ! 人間の亜種!! 我らと共に! 真の強き者達のための世界を創ろうぞ!!」

「………………」


 きっと……。

 きっと、ボクは……この世界に来て、一番最初にコイツと出会っていたら……この差し出された手を、躊躇することなく握っていたことだろう……。

 共感し、共に、人類滅亡のために、この力を奮っていたことだろう。


 けれど……今は違う。


 ボクは知ってしまった。

 先に彼女と出会ってしまったことで、ボクは知ってしまったのだ。


 人間にも――――強き者がいる、ということを。


 弱いなりに、強い者へ挑もうとする、強い人間がいるということを。

 そして……今のボクは、そんな彼女に魅せられているのだ。


 だから、今のボクには、この手を取ることなど絶対にありえない。


 何故なら――――


 今のボクにとっては――――ナデシコの敵は――ボクの敵だからだ。


「【能力変神スキルメタモルフォーゼ】発動!!」


 ボクは、右前腕を刀に変え、目の前のキング・マウスへ斬り掛かる。

 キング・マウスは状態を逸らし、それを容易く回避した。

 そして言う。


「……なるほど……交渉決裂、か……それもまた、面白い」


 ちっ、そう何度も攻撃のチャンスは貰えないか……。距離を取られた。

 まぁいい……もう、話も終わったことだろう……。


 ここからが、本当の戦いだ。


 人類のために――――なんて、口が裂けても言わないが。

 けれど――ナデシコという、一人間のために、この機会は存分に活かさせてもらおう。


 思う存分! 腕試しをさせてもらうぜ! キング・マウス!

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