〈11〉ジーパ王国奪還同盟

 六体の獣人を撃破し、ナデシコが待っているであろう場所に帰ったボクに衝撃が走った。

 雷にうたれたような衝撃だ。

 先程まで、彼女がいたはずの場所から、彼女の姿がなくなっているのだ。


 まさか……動いたのか? あれだけ安静にしておけと……いや、そもそも、ナデシコの右足は潰されていたんじゃなかったか?

 例え、ボクが薬を口移しで飲ませたとはいえ。

 そして、その薬の影響で、出血死のリスクは回避できたとはいえ、すぐに歩けるような状態ではなかったはず……。

 ということは……自分で動いてはいない、と考えるのが妥当だ。


 となると……拐われた?


 誰に? いやいや……このケースから考えられるに、拐った相手は獣人としか考えられないだろう。

 ボクが六体の獣人と戦っている隙に、ナデシコは拐われた。

 そう考えるのが、もっともこの状況に適している。


 やられた……まさか、このボクの目を盗んで、人攫いを行えるほど強者が、獣人にいただなんて……侮っていた……。


 正直、ボクはこの世界でも最強だと思っていた。

 恐らく、雑兵クラスであろう獣人を、たった七体屠った程度で、自惚れてしまっていた。


 敵は未知数……侮るべきではなかった。

 色んな可能性を考慮しておくべきだった。


 すまない……ナデシコ。これはボクのミスだ。


 だから必ず――――ボクが助けだしてみせる。


「…………まだ地面には、若干の人の温もりを感じる……と、なると……拐われてから、そう長く時間は経っていないということだ……」


 今から全速力で追いかければ間に合うかもしれない。

 待ってろよナデシコ! 今、助けに……。


「あー! スッキリしたぁー!」

「へ?」


 これから全速力で走り出そうとしたボクの前に、ルンルン気分のナデシコが現れた。

 満面の笑顔でトコトコと歩いて帰ってきた。

 はぁ?


「…………なぜ悠々と帰ってきたんだナデシコ……お前、拐われたんじゃなかったのか?」

「へ? 何でって……拐われてないからだけど?」

「そ……そうなのか。なら良かった…………え、それなら何してたんだ?」

「えぇー、しーちゃんそれ聞くー? あ、でも、聞かれた以上、答えるしかないなぁー。えーっとねぇー、私さっき、いっぱい草食べてお腹壊してたでしょ?」

「お、おう……それが?」

「だけど出してなかったからぁ、溜まってたの」

「………………」


 何が? とは、聞かずとも分かった。


「だから、野グ……」

「分かった。もうそれ以上は言わなくていい」


 汚い話は勘弁だ。

 それに、いくらアンドロイドとはいえ、人間の女性に、そんな汚い言葉を使わせる訳にはいかない。


 ボクは姉の言葉を思い出す。


『いい? 霜月ちゃん。女というものはね? 皆、シャイなの。だから、気軽な下ネタとかは絶対にNGよ? それはアンドロイドも人間も同じだから。分かった?』


 …………どういう経緯で、そんな諭しを姉から受けたのか、まったくもって思い出せないが、そんなことを言われた気がする。

 姉の言うことはすべて正しい。

 だからこれ以上のことを詮索するのはやめておこう。

 それがナデシコのためだ。



「てゆーか、早いね。ビックリしたよ……本当にこんな短時間で、六体も獣人達を倒しちゃったんだ。しーちゃん、本当に強いんだね?」

「まぁな、これくらい、造作もないこと……ん?」


 ちょっと待てよ?

 野○ソのインパクトに引っ張られて、気づくのが遅れたが……野○ソに行っていた?

 あの怪我で?


「お前……足の怪我は……?」

「ああ、治ったよ。ほら見て、綺麗さっぱりだよ」

「へ? 治った……?」

「うん! ほら、見てみて」

「……本当だ……」


 嘘だろ……?

 筋肉どころか、骨までバキバキに砕けていたほどの大怪我だったんだぞ?

 痛みでショック死しても不思議でなかったほどの……。

 確かに薬は飲ませたが……あれは単に出血を止めるだけのもので、治癒効果はなかったはずだが……?

 え? 治ったのか? いやいや……これは、いくら何でも……。


「おかしいでしょ?」


 と、ナデシコは言った。

 ボクは「う、うん……」と、頷いた。頷く他ないだろう。

 いくら何でも、この回復力は異常過ぎる。


「ごめんね? 実は私の方も、しーちゃんに隠していたことがあったんだ……」

「隠していたこと?」

「うん……」


 ナデシコは、語り始めた。


「ねぇ……何で、私のお母様とお姉様は……命を懸けてまで、私を逃がしてくれたんだと思う?」

「大事な妹だから――それ以外に理由があるのか?」

「うん、それもあるだろうけど……半分正解って、ところかな?」

「半分……? じゃあ、残りの半分は……?」


 ナデシコは言った。


「私は――――、だから」

「は?」


 勇者……?


「私が……勇者の力のを受け継いだ、この世界で二人しかいない……数少ない、獣人に対抗できうる可能性がある人類だから……私を、逃がしてくれたの」

「獣人に対抗できうる……君が?」

「うん」

「あの牛顔の獣人と戦ってる様子や、猪顔の獣人に追われてるときの様子を見る限り……とても、そんな風には思わなかったけれど?」

「だろうね……だって、今の私は――――その勇者の力の殆どを、とある獣人に奪われちゃってるから……」

「奪われちゃってる……?」

「うん……だから、今の私に残っているのは、勇者の力の残りカスってところなのかな? 弱体化だよ、弱体化。だから、雑兵クラスの獣人相手でも、あそこまで追い込まれちゃうの……」


 …………なるほど……。

 それなら理屈は通るが……。


「…………その勇者の絞りカスの力ってやつを使って、あの大怪我を治したってことでいいんだな?」

「うん」

「つまりそれは……あの時……」


 あの時のナデシコは――――絶対絶命のピンチでは、なかった、ということか?


「それは違うよ? しーちゃん」

「え?」

「あの時の私は……紛れもなく、絶対絶命だった。全盛期ならともかく……今の私では、あの大怪我は、治癒しきれなかった……。それに、目の前に獣人がいたしね……。百パーセント、私はあの時、死を覚悟したもん……」

「………………」

「私の命を救ってくれたのは……紛れもなく、しーちゃんだよ? ありがとね」

「……そうか……なら、安心したよ」

「安心?」

「……ああ……」


 絶対絶命じゃなかったら、『あの言葉』の意味が変わってくる。

 そうじゃなくて、本当によかった。


「……なぁ、ナデシコ」

「なぁに? しーちゃん」

「ボクは本当に……お前を信頼しても良いんだよな?」


 するとナデシコは、「うーん……」と、少し考えた素振りを見せたのち、こう答えた。


「素直に、うん、とは頷けないかも……」

「と、言うと?」

「だって私、しーちゃんのこと、何も知らないから。何も知らないから、しーちゃんが私達人間の何が気に入らないのかが分からないから……私は今ここで、無責任に、うんって頷くことはできないよ」

「っ!?」


 その言葉を聞いて、ボクは、完全にナデシコを信頼することに決めた。

 だってそうだろ?

 彼女にとってみれば、猫の手も借りたいこの状況下で、ボクにとってマイナスになりかねない発言をする意味は、まったくない。

 なのに彼女は、素直に『頷けない』と言った。

 『無責任に』……とも。

 自分が今、置かれている状況を理解していてなお、ボクの気持ちに寄り添う返答をしてくれたのだ。

 そんなの……。


「ははっ」


 信頼するほか、ないじゃないか。


「……どうしたの? 急に笑い出して?」

「いや、相変わらず、面白い人間だなと思ってな」

「え? ひょっとして私、今バカにされてる?」

「違う。すごく褒めてる」

「そっか。ならいいや。にひひっ」


 さて、こうなると、いよいよ……断る理由がなくなってしまったな。


「先程の件だが……」

「え? 私の野グ○の件?」

「違う。この国を救うのを手伝って欲しいって話」

「ああ、そっちね」


 この女……女の癖に堂々と『野○ソ』って言葉使いやがった。

 せっかくボクがさっき、気を使ってあげたのに……。

 ……まぁいいか……。

 そういうところも、この人間の良いところだ。


「正直なところ、ボクはまだ、人間のことが嫌いだ」

「……そっか」

「だけど――――お前のことは、信じてもいいって気になっている」

「え?」

「困ってるなら……ボクはお前を助けたいと、そう思う……」

「ってことは……?」

「ナデシコ……お前のためなら、この国を取り戻す力になってもいいと……ボクは今、思っている」

「ありがとう! しーちゃん!」


 ナデシコが、満面の笑顔で抱きついてきた。

 その瞳に……涙を浮かべながら。


「これからよろしくねっ!」

「……ああ」


 こうして……ボクとナデシコの、ジーパ王国奪還同盟が。結成されることとなった。

 獣人達との本当の戦いは――ここから始まる。

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