〈10〉助けるべき人間

 ボクたちは今、六体の獣人に囲まれている。

 その内の一体は、先刻蹴り飛ばしたが、恐らく息の根を止めれてはいないだろう。

 なにせ獣人こいつらは硬い。


 そんな奴らを前にして、あろうことか木の枝のみで戦いを挑んだ女がいる。

 そして敗れ、絶対絶命のピンチの中でさえ、決して――『この国を取り戻す』という、強い想いを曲げなかった女がいる。

 痛めつけられた自分自身ではなく、他人の痛みを想い、怒った女がいる。


 ジーパ・ナデシコ。


 ボクの本能が理解した。

 その瞬間――――心が叫んだ。



 『彼女を助けろ!!』と。



 だからボクは、この女を助ける。

 ナデシコは、ボクが助けるべき人間だ。


 助ける価値のある――――人間だ。


「ごめん、実は、最初から見ていたんだ。お前のこと」

「え?」

「言っただろ? ボクは人間が嫌いだ。だからあの時、君という人間に、興味を抱いても、信用しきれていなかったんだ。だからボクは……君の手を、とらなかった」

「………………」

「でも、興味を抱いたのは事実だったから。見てみることにした。人間の本性は、絶望的な状況下であらわになるから」

「…………うん……それはわかるよ……」

「あと、お酒に飲まれたとき」

「そ、それもわかる」

「…………きっとお前も、普段は明るく、太陽のように振る舞っていても……きっとその状況に陥ればボロがでる。醜い本性を曝けだす、そう……思っていたんだ……けど、違った」

「……違った?」

「ああ……」


 ボクは、固有能力である【能力変神スキルメタモルフォーゼ】を発動。

 右手人差し指の先を、親指の爪で軽く切り、流れ出てきた血で薬を作った。

 赤い錠剤のような薬を。

 ボクはその赤い錠剤を、彼女の手に握らせる。

 ボロボロになっている、弱々しい、彼女の手に。


「どんな状況に置かれても……ナデシコお前は――――太陽だった」


 だから……。


「だからこそ、助けたいと思ったんだ」

「しーちゃん……」

「その思考に至るまでに時間がかかってしまった……ごめん。だから、赤い錠剤その薬は、ボクの罪滅ぼしだ」

「薬……?」

「それを飲めば、その潰れた右足の出血は止まる。そのまま安静にしていれば、死ぬことはないだろう……さぁ、今すぐ飲め」

「うーん……」

「どうした? ひょっとして、ボクが渡した薬なんて信用できないか?」

「えーっとぉ、自分で飲んで飲んでもいいけど、あわよくば口移しだと嬉しいなぁー、なーんて! あはは、冗談だけどねー。飲むよ、しーちゃんを信じ……」

「なんだ、そんなことか」

「へ?」


 ボクはナデシコの手から赤い錠剤を取り出し、口の中へ入れた。

 そしてそのまま――――


「むぐっ!?」


 口移しをした。


 ナデシコの喉から、ゴクンッと、音がきこえる。

 うむ、しっかりと飲み終えたようだ。

 これでひとまず、命の危機は去った。


「ん? どうしたナデシコ、顔が紅いぞ?」

「へっ!? あ……いやっ、そのっ……な、何でもないでふっ!」

「?」


 なんか狼狽えてる。

 まぁ、本人が何でもないというのなら、何でもないのだろう。

 さて……それでは、取り掛かるか――――



 敵の殲滅に。


 ボクは走り出した。


 まずは、つい先刻蹴り飛ばした牛顔の獣人にトドメを刺そう。

 気配を察知。

 随分と吹き飛ばしてしまっていたようだ、二百メートルほど先から、走ってこちらへ向かってきている。

 遅いな……迎えにいってあげようではないか。


「モォ!?」


 ボクが全力で接近し、目の前に現れてやったら、牛顔の獣人は驚いて尻もちをついた。

 驚きすぎだろ……。

 牛顔の獣人は、驚愕したように言う。


「わ、分かったモォー! あ、あなたが殺ったのね!? わ、私の愛しの猪力くんを!!」

「うん、そうだよ」

「ゆ、許さないモォー!!」


 牛顔の獣人は勢いよく立ち上がった。

 その表情は、牛顔でも分かるくらいには、怒りの感情が溢れ出ていた。


「その五体をバラバラに引き裂いて!! 猫様の餌にしてあげる!! 覚悟しなさぁい!!」

「嫌だ」

「へ?」


 ボクは、固有能力【能力変神スキルメタモルフォーゼ】を使用し、両手の肘から先を刀に変身させる。

 そして、有無を言わせず、三太刀振るった。


 左手足を斬り離すのに一太刀、右手足を斬り離すのに一太刀。

 最後に――――


 首を斬り離すのに、一太刀。


「は……はれ……? あへぇ……?」


 合計三太刀を振るったその直後。

 生き物であったはずの牛顔の獣人は、ただの肉塊を化し、地面の上に無造作に転がったのだった。

 無造作に横たわる、牛顔の獣人の亡骸。


「良かったね……愛しの人と、同じ死に方ができて」


 さて、そんなことはどうでもよくて……残りは五体。

 直接こんな風に近接戦闘で仕留めていくのも有りだけど……なんせ一体一体の距離が離れ過ぎている。

 めんどくさいので、遠距離攻撃で仕留めちゃおう。


 ボクは、近くにあった一番高い木を登った。

 高さ十メートル近くはあるであろう、高い木に。

 この木の天辺からならば。ボクの目があれば、半径十キロ程度の距離に潜む敵を見つけることなど、造作もないことだ。


「二時の方角に一体、三時の方角に一体……六時の方角に一体、九時の方角に一体……そして、十一時の方角に一体。全獣人の居場所は特定……っと……さて、それでは――――――」


 【能力変神】を再度発動。

 両腕の刀の変身が解除され、次は右腕の肘から先を、ライフル銃に変身させる。


 あとは、五体それぞれに向かって引き金をひくだけだ。



「ご愁傷さまでした」


 計五発の銃声が鳴り響いた。


 木の上より目を凝らし、五発の弾丸が、獣人達の頭部を、それぞれ貫通したことを確認。

 生き残りもなし。

 どうやら、当たりどころが良ければ、弾丸一発で屠ることも可能のようだ。

 別に斬り殺す必要はないみたいだった。


 なにはともあれ……。


「敵の殲滅は完了……さてと……」


 守るべきお姫様人間――――ナデシコの元へと、帰ろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る