〈9〉決意のこもった声

 ボクは人間が嫌いだ。

 それはボクだけでなく、ボク以外の兄弟姉妹達もそうだった。


 アンドロイドは揃いも揃って、人間が嫌いなのだ。


 勝手に期待し……勝手に祭り上げ、勝手に恐怖し、その恐怖の対象を排除しようとする。

 人間は勝手だ。

 だからボクは、人間のことが嫌いだ。


 皆、自分のことしか考えていない。


 結局、自分が一番大切なのだ。


 少なくとも、ボク達の周りにいた人間達はそんな奴らばかりだった。

 ボク達を、創り出した人ですらも……そうだったのだから。


 心から、本心から、他人のために命を賭けられるような人間を、ボク達は見たことがない。


 世界平和のため、世界平和のためと言いながら、腹の中では、支配、富、名声……腹黒い欲望を抱いている。

 そんな奴らを、なぜ信用できる?


 人間共は醜い――それはもう、底なしに。


 やはりこの世界も、救うに値しない。

 獣人に淘汰され、滅びた方が良いのだろう。

 その方がきっと、この世界のためなのだ。


 …………あの女、ナデシコもきっと同じだ。

 今のように、絶対絶命のピンチに追い込まれた今……間違いなく、化けの皮が剥がれることだろう。

 さぁ見せろ……醜い姿を。

 そして、改めて僕に見せてくれ。


 人間は……醜い生き物であることを、再確認させてくれ。



「モォー……あー、目が痛い。目ぇなくなっちゃったじゃないのよぉー。ま、私は仕返しに、あんたの右足を奪っちゃった訳だけどぉー?」

「…………」


 近づいてきた牛顔の獣人を、キッと睨みつけるナデシコ。

 牛顔の獣人はギャハハと笑った。いや、モモモォーと笑った。


「そんな目してもムダよぉー? あなたはもう助からない。その右足を見てごらんなさぁい? たくさん血が出てるでしょぉー? それにぃー、木にぶつかった衝撃でぇー、肋骨とかも少し砕けてるでしょぉー? モモモォー。きっと……放っておいても、死ぬんでしょうねぇー?」


 …………牛顔の獣人の言う通りだ。

 きっとこのままならば、放っておいてもナデシコは、出血多量で息絶える。

 だからこそ、垣間見えるはずだ。

 彼女の醜い姿を……命乞いをする、みっともない姿を。


「まぁ……そうはさせないんだけどモォ? だってあなたはぁー、私の片想い相手をー、殺しちゃった、憎き仇なのだからモォー」


 仇……?


「知ってるぅー? あなたがさっき殺したであろう、猪の新人類ニューヒューマン猪力いのりきくん。私ぃ、あの人のこと、好きだったんだモォー」


 ああ……ボクがさっき殺した、あの猪の獣人のことか。

 なるほど、ナデシコが殺したと思っている訳か。

 まぁ、そう勘違いするのも、むりのない話だ。

 アンドロイドもロボットも認知されないこの世界で、ボクみたいなイレギュラーな存在を理解できるはずもないだろうし。


 牛顔の獣人は続ける。


「だからねぇ……私は、お前を許さねぇのモォ!!」


 突然、めちゃくちゃ大声を張り上げて、怒鳴りはじめた。


「彼は強い男だった! あんた如きに負けるはずがないモォ!! どうやった!? どんな汚い手を使ったぁ!! 言え! この、醜い人間がぁ!!」


 ……情緒不安定かな?

 いや、むしろ……こちらの方が本心か。

 最初から、この気持ちを隠していたのだろう。

 ずっと、堪えていたのだ。

 想い人だった(いや、それをいうなら想い獣人か?)者を殺した仇を前にして、確実に仕留めるため、その激情を内に秘めておいたのだろう。


 ナデシコも相応の動きを見せた。

 けれど、牛顔の獣人もまた、プロだったということだ。


 最初から、ナデシコには、はなから勝ち目など無かったのだ。


「モモモォー!! 許さない! 私は絶対にあんたを許さない!! 地獄を見せてやるわぁ!! ただでは殺さない!! まずは、あんたの指の爪を全部剥がしてぇ! 次は左足の爪モォ! そしたら、手の指を一本ずつ折っていって、切り落とす! そして最後に……」

「ふふっ……」

「……何がおかしいモォ?」


 お? はじまったか?

 ナデシコの、醜い命乞いが。

 さぁ、どうでる?


 命だけは奪わないでください、か?

 すみませんでした、許してください、か?

 それとも、猪顔の獣人を殺したのは別のものです。と、真実を語り、ボクのことを売るのか?


 見せてみろナデシコ、お前の醜いすが……



「想い人の復讐? どの口が言ってんの? 笑わせないでよ」


 そう言った。

 ナデシコは……一ミリも命乞いなどせず、そう言い放った。

 しっかりと、睨みつけるように牛顔の獣人を見据えて、言い放ったのだ。

 この、絶対絶命の状況下で……。


 彼女の口撃は止まらない。


「あなた達が……いえ……お前達が!! どれだけの国民の命を奪った!! 兵士達の命を奪った!! 私の家族の命を奪った!! 私がどれだけ大切なものを失ったか! お前達のせいで!! それを言うにこと欠いて、復讐? 寝言は寝て言いなさいよ!」


 止まらない。


「許さないのはこっちのセリフ! 私のセリフよ!! 良い? 確かに私はここで死ぬかもしれない! 血がいっぱい出てて頭フラフラするし、目がぼやーってしてきたし! もう多分絶対ダメ! だけど、私が死んでも、あんた達獣人に牙を剥く人類は、後からあとから必ずやってくる!! 必ず! 私じゃなくても……絶対に、他の誰かが、この国を、救い出してくれる!! 覚悟しなさいよ! この――――剛力牛女!!」


 …………そうだ……ボクは最初から分かっていたんだ……。


 ナデシコが……ボクが今まで会ったことのないような人種であるということに……最初から、気づいていたんだ。

 気づいていたけど、認めたくなくて、気づいていないフリをしていたんだ。

 のだということに、目を逸らしていたんだ。


 だって……それを認めてしまったら…………。


 ボクらは……一体、何のために――――――




『私の遺言だ……。睦月花子、如月太郎、弥生太郎、卯月花子、皐月花子、水無月太郎、文月太郎、葉月花子、長月花子、神無月太郎……そして、霜月太郎と、師走花子……ちゃんと見届けろよ? これが…………人間というものだ……』



 ………………。

 博士……本当に、が、人間というものだったのか?

 少なくとも……目の前で死にそうになっている、この少女は違うよ?



「モォー! 生意気なメスねぇ! もう腹が立っちゃった! 嬲り殺すのはやめよ! 今すぐぶっ殺してやるわぁ!!」

「かかったわね! 単細胞!!」

「っ! モギャアァアアァアーーッ!!」


 ナデシコは、隠し持っていた木の枝で、牛顔の獣人の残っていた左目を串刺しにし、視界を完全に奪うことに成功した。

 痛みに悶絶する獣人から目を切り、握り潰された右足を引きずりながら、その場を離れようとしている。

 生き残るために。


 この国を――――救うために。


 意地でも生き残ってやる――その想いが、痛いほど伝わってくる。

 その、彼女が生きようとする姿は、何一つ、醜くくなどはなく……むしろ…………。


 気づいたら、ボクの身体は勝手に動いていた。



「モあぁー!! もう駄目! 何も見えないわぁ!! あ、の、メスガキぃ!! 片目ならず両目までも! もう許さないわぁ!!」

「きゃっ!」

「両目を奪ったからといって侮らないでちょうだい! 私達、新人類はねぇ! 目ぇ以上にねぇ――――鼻や耳が利くのよぉ!!」

「くっ……!」

「死ねぇ!! 人間ーっ!!」

「私はまだ……死ねない……死ぬ訳には――――いかないのに!!」




「だったら死ぬな」


 牛顔の獣人の鋭い爪が、ナデシコの身体へ触れるその直前。

 ボクが獣人の顔面に蹴りを入れ、吹き飛ばす。

 「もごぉーーっ!?」と声を上げ、牛顔の獣人は何本かの木を薙ぎ倒しながら、地面へと落下する。

 が遠くまで吹き飛んだのを確認。

 さて……。


「……よし、遠くまで飛んでったな。……いいか? ナデシコ」

「え……? し、しーちゃん……? なんで……?」

「質問はあとにしろ。いいか? ボクが今から、コイツらを全員叩き潰す。だからそれまで――――絶対、死ぬんじゃないぞ」


 ボクのその言葉に、「…………」ほんの僅かな沈黙のあと、ナデシコはこう答えた。


「…………うんっ!」


 彼女のその声は、相変わらず……決意のこもった声だった。

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