〈6〉手助けをするか否か

「断る」


 ボクは断った。

 このジーパ王国を、獣人の手から奪い返して欲しい。という申し出を、有無を言わせず、即答で拒絶した。


「そっか……だよね」

「理由は必要か?」

「そうだね、一応聞いてもいい?」

「ボクは、人間という生物が大嫌いだからだ。醜くて、傲慢で、強欲な人間共が大嫌いだからだ。それが理由だよ。異議は受け付けない」

「へぇ……しーちゃん、人間が嫌いなんだ」

「ああ、正直なところ、獣人に人間が淘汰されたという話を聞いて、少しスカッとしたくらいだ」

「ふぅん……」


 ナデシコは半笑いで相槌をうった。

 我ながら、彼女にとって最低なことを言ったなと思う。

 失望されたか? だけど、それがどうしたという話だ。

 人間のために、この国を救う? 命を賭けて? 冗談じゃない。

 うす汚くて醜い人間のために、賭ける命なんざ、一つたりとも持ち合わせていない。

 しかし……ナデシコが続ける言葉は、予想外のものだった。


「……そうは――――けどなぁ……」

「ん? 今なにか……」

「ううん、何でもない。そっかそっか、考えは人それぞれだもんね。嫌なら仕方ないや」

「ボクは人じゃない。ボクは」

「アンノノイノ、だっけ?」

「アンドロイドだよ」


 クスッと笑える間違え方するな。

 まったく……。


「アンドロイドね、アンドロイド、よし、覚えた」


 張り切った様子で、ナデシコは立ち上がった。

 もう、お腹の不調は落ち着いた様子である。


「さて、そろそろ行きますか」

「獣人からこの国を取り戻しにか?」

「もちろん! 私はね? 私は――――この国が、大好きだから」

「…………」


 ナデシコは言った。


「だから絶対、奪い返すよ」


 決意のこもった声で、そう言った。


「…………勝算はあるのか?」

「勝算? なにそれ? 食べ物? 美味しいの?」

「いや、食べ物ではないし、美味しくもないけど……」

「うん、知ってる。正直いって、勝算なんて、ないに等しいよ。奪い返せたら奇跡ってレベル」

「やめといた方が良いんじゃないか?」

「ううん……やめる訳にはいかない。ここで引いたら、私は、何のために生かされたのかが分からない……。国民の皆にも、お父様やお母様、お姉様に合わせる顔がなくなる」

「…………」

「だから私は諦めない。奇跡が起こることを信じて、戦い続けるよ」

「………………」


 そう述べるナデシコの表情は、満面の笑顔だった。

 しかし、その瞳には、決意がこもっている。

 本気だと理解できた。

 本気で彼女は……国民と家族の想いに答えるため、この国を、奪い返そうとしている。


「食べれる草、教えてくれてありがとね」

「今後も食べるつもりなのか? またお腹壊すぞ?」

「ちゃんとした食料を得るまでは、ね。少なくともこれで、餓死する危険性は大きくさがったわ。本当にありがとう」

「…………どういたしまして……」

「それじゃあ、私、行くね」

「……ああ……」


 背中を向け、歩き始めるナデシコ。

 と思いきや立ち止まり、振り向いた。

 そして一言。


「今度! また生きて会うことができたら! また、仲良くお話しようね!」


 ボクは頷いた。

 「ああ」と。


 それ以降……彼女はもう、一度も振り返ることなく……歩を進めていった。

 彼女が歩みを止めることはないだろう……。

 この国を――――ジーパ王国を、獣人の手から取り戻すまで……。

 その願いが例え――果たされなくとも……。

 その命が、尽きるまで……。


「…………本当に、変わった人間だったなぁ……」


 ボクは、そんな汚れた薄ピンクドレスを着たお姫様みたいな女――ナデシコの後ろ姿が見えなくなるのを見送――


「…………」


 ――らなかった。


 ナデシコの姿が見えなくなったのを確認した瞬間、ボクは近くの木に登り、尾行を開始する。


 なぜ……自分がこのような行動に出たのか? それはボクにも、説明できない。

 彼女の辛い過去への同情心からだろうか? それなら納得できる側面もあるが……恐らく、それだけではないと思う。


 気になるのだ……彼女が。


 ジーパ・ナデシコのことが。


 我ながら驚いた。

 つい先刻、ナデシコの申し出を断った際、ボクの心臓がドクンと跳ねたことを。

 助けを求めていた彼女の手を振り払ったことを……あの時、ボクは後悔していた?

 そんなバカなことがあるのか?


 人間の頼みだぞ?

 憎き……人間の。

 それを断って何が悪い――と、頭では思う。

 けれど、身体は素直だ。

 素直に、ボクの本心をさらけ出してしまう。


 単刀直入にいうと、ボクは心の奥底で、ナデシコの力になりたいと思っているようだ。


 頭で考える理屈ではなく、心が、本能が叫んでいる。


 彼女の手を取れと。


 まったく……異世界転移して、エラーでも起こったか?

 頭と心が、大きなエラーを引き起こしている。


「…………確かめたい……」


 そう、ボクは、確かめたいのだ。

 このエラーの正体が、一体、何なのか……その答えを知りたいのだ。


「見せてもらうぞ……ジーパ・ナデシコ。ボクにとって、お前という存在が、何者なのかを」


 早い話が――

 彼女の手助けをするか否か。

 その答えを出すのは……彼女のことをよく知ってからでも、遅くはないのではないか? ということである。


 まぁ……そんなこと、今更確かめる必要もないとは思うが……念の為に。

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