〈5〉アレは映画になる
「じゃあ……しーちゃん、だね」
「はぁ?」
いきなり訳の分からないことを言ってきた。
しーちゃん?
「霜月太郎、だから、しーちゃん。うん、こっちの方が呼びやすい」
「急に距離縮めるようなことしてくんなよ。駄目だ。ちゃんと名前で呼んでくれ」
「やだっ! しーちゃんがいい! しーちゃんしか呼ばないもん!」
「ふぅん……なら、呼ばなくていいよ」
「ところでしーちゃん、質問はそれだけなの? 他にも答えるよ」
…………本当に、話を聞かない人間だな……。
まぁ、この際、呼び方どうこうにはシカトの姿勢を取っておいて、聞き出せることは聞き出しておきたい。
情報収集は大切だ。
「そういうのなら、沢山質問させてもらうことにしよう……最初に――――ここはどこだ?」
「どこって……ジーパ王国だよ?」
「ジーパ王国?」
「うん……」
ジーパ王国……ジーパ……。
その言葉を聞き、とあることを察したが、それは後回しにするとして。
そんな国名、ボクが以前住んでいた地球上では聞いたことがない。
これはいよいよ……異世界転移説が濃厚となってきたな……。
ここで、汚れた薄ピンクドレスを着たお姫様みたいな女こと、ナデシコが、少し苦笑しながらこう付け加えた。
「元、だけどね……」と。
「…………次の質問だ」
今、深く追及するのはやめておいた。
「王国……ということは、この地には、君の他にも人間がいるということで良いんだね?」
「分からない」
「おい、約束を覚えているんだろうな? ちゃんと正直に――」
「皆が、生きているのか、分からないから。分からないとしか、言えないの」
「…………」
「ごめんなさい。本当は、胸張って、他にも人間がいるって言いたいのだけれど、正解がどうなのか分からないから……今の私には、こう答える他ないの……だって、しーちゃんの質問には、正直に答えなくちゃだもんね」
そう言って、ナデシコは笑った。
笑顔の中に、ほんの少しだけ、寂しさが見えた気がした。
「…………次の質問。さっきの、猪顔の人間はなんだ?」
「獣人よ」
呼び方はボクと同じだったか……。
けれど、ナデシコがその名を呼ぶ声には、ほんの少し怒気を孕んでいたように感じた。
「この世界に、突如現れた怪物――突然現れ、あっという間に人間から、この世界での平和を奪い取った……極悪非道な奴らよ」
「……人間から、ねぇ…………具体的には、どんな風に?」
「獣人がこの世界に現れてから、十二種類の生物が、突然、獣人化したのよ……こう、ぐわぁーって感じで、大きくなって」
「そのオノマトペだけでは、理解がしづらいけど、つまり、この世界の生き物が変化したのが、獣人ってことで良いんだね?」
「平たく言えばそう。この世界にいる獣人の九割が、この世界で生まれたものとして、間違いないわね」
「九割か……残りの一割は?」
「……残りの一割こそが、本物よ……」
「本物?」
「ええ……私達は、その十二体の野獣のことを―――【
「オリジナル……」
しかも十二体ときたか……。
「その十二体が、全ての元凶なの。奴らが現れたせいで、人類の大半が死滅し、支配された……平和は、失われた……私は、絶対に奴らを許さない!」
「………………」
「おーもうっ! 思い出したら腹が立って、なおかつ、お腹が空いてきちゃったわ! 草食べましょ! 草! はぐはぐ、もぐもぐ、おえっ……!」
また体調を崩した様子だった。
やれやれ……。
「気持ち悪ーい……横になっていい?」
「どうぞ」
「じゃあ、膝を借りるわね。よっこいしょ……痛いっ!」
枕にボクの膝を利用しようとしたので、引いてやったら、凄い勢いで地面に頭をぶつけていた。
初対面の相手にいきなり膝枕をおねだりするなんて、変わってるなぁ……この人間。
「そ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃん! もっと病人を労りなさいよー!」
「つべこべ言わず、大地から生えてる草を枕にして寝たらどうだ? 質問を続けたいんだが?」
「……膝枕は?」
「却下」
「ぶぅー! けちー!」
「はよ横になれ」
「はーい」
自由だなぁ……。
ナデシコが寝転がったのを確認し、ボクは次の質問をぶつけた。
「お前の名前……ジーパ・ナデシコと言ったな?」
「そ、偉大な両親が名付けてくれた、誇らしき名前よ」
「恐らく苗字であろう姓のほうが、国の名前と同じなんだが……ひょっとして、お前――――
王女なのか?」
「ピンポーン。大正解。よく分かったね」
寝転がりながら、彼女はVサインをつくった。
「そう、私の父こそが、この国の王様だったのだー! えっへん!」
「寝転がりながら、それ言っても、何の貫禄もないけどな……」
こんな人間が王女だなんて……この国は大丈夫だったのだろうか?
まぁ、他所の国の心配は、要らぬお世話だろう。
質問を続ける。
「さっきあんたは、ジーパ王国のことを『元』と言った。そして今、父のことを王様『だった』と言った。どれも過去形だ、ひょっとしてこの国は……」
「そ、獣人に乗っ取られ、王であったお父様は殺され、めちゃくちゃになったわ」
あっさりと、ナデシコは答えた。
「随分と……あっけらかんとして、答えるんだね」
「そう見える? 見えてるなら、良かった」
「………………」
「過去の話だもんねー。いつまでも後ろ振り返ってても仕方ないし、前を向いて進まないとね。泣いても国は返ってこないし、お父様も帰ってこない訳だし」
……泣いても……ねぇ。
「ちなみに、お前の母親は? 王様と一緒に?」
「ううん、お母様とお姉様と私は、殺されなかった。人類のとはいえ、王家の人間のメスには、利用価値があると踏んだのよ。皆、私に似てべっぴんだったし」
それを言うなら、お前が王妃に似て、だろう……。
「メスだから……べっぴんだから、私達は生かされた……この言葉の意味、分かる?」
「……まぁ、何となく、想像はつくよ」
「屈辱だったなぁ……」
星の輝く夜空を見上げながら、ナデシコはそう言った。
「お父様を殺した憎き奴らと、毎晩毎晩……本当に、気が狂いそうになったわ……」
「だからお前は……逃げ出したのか?」
「そ。お母様と、お姉様の力を借りてね。命懸けの脱走劇だったわ。アレは映画になる」
「映画って」
「だから恐らく、お母様とお姉様も、もうこの世界にはいないかもしれないわ。私の脱走のお手伝いをしちゃった訳だもの……。いないか、もしくは、今まで以上に酷いことをされているか……その、どちらかね」
「………………」
何とも言えないな……。
人間を憎いと思っている手前……この元・王女の境遇に、少し、同情してしまう。
「ねぇ……? しーちゃん」
「……何だ?」
「私からも一つ、質問していい?」
「……ああ」
「しーちゃんってさ、強いよね?」
「……ああ、少なくとも、人間よりはな」
「だよね。じゃあさ、一つお願いしても良い……?」
「それは……お願いの内容による」
「じゃあ、一応お願いしてみるね?」
そして彼女は言った。
「私達の国を取り戻すのを……手伝ってくれない?」
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