〈4〉おかしなお姫様

「ねぇ、お腹空いた」

「…………」

「お腹空いたんだってばぁ」

「………………」

「ねぇ! お腹空いたのよぉ」

「……………………」

「おーなーかーがーすーいーたーのーよぉー!!」

「うるさいなぁ! お腹が空いたのなら、その辺の草でも食べたら言いじゃないか!!」

「あなた正気……? お腹壊したらどうするの……?」


 あれから、「お腹空いた」としか連呼しないお姫様に、正気かどうかを疑われてしまった。

 それはどう考えても、ボクの側の質問だと思うのだが……。


 恐らく、このお姫様には、さっきの猪顔の獣人ほどの戦闘力は持ち合わせていない。

 比較するのが残酷なほど。

 追われていたという状況からして、もし捕まっていたら、抗いようもなく惨殺されていたことだろう。

 このお姫様は、猪顔の獣人に、残酷に惨殺されていたことだろう。


 そんな絶体絶命のピンチを救ったアンドロイド、それがボクだ。

 救世主であるボクが質問しているのにも関わらず、「お腹が空いた」としか返答しないお姫様。


 ね? ボクとお姫様、どちらの方が、正気じゃないと思う?


 まったく……これだから人間は醜い……。

 …………ん?


「何してるんだ?」

「え? あなたが、草を食べたら、って言ったから、食べれそうな草探してるんだけど?」


 本当に食べるつもりなの……?


「本気……?」

「マジよマジ。脱走してから一週間、何も食べてなくて、もう我慢の限界」

「……一週間?」


 しかも、脱走って……。


「うん。水分の方は、雨水飲んで凌いでたけど。食料の方は調達できようがなくて……何せ、生き物もいないから……」

「…………」


 あまりの空腹キャラっぷりに目を奪われて、気が付かなかったけど……お姫様の、豪勢な薄ピンク色のドレスには、激しい汚れが見える。

 この格好で……この草木の地に潜んでいたのか。

 恐らく……あの猪顔の獣人達から。

 ふぅん…………。


「あ、この綺麗な草美味しそう。そうよ、そうなのよ、なにも食べれる物はお肉だけとは限らなかったんじゃない。足元には、こんなにも食料で満ちている。ご馳走よ、ご馳走。ハァハァ……」


 目を血ばらせながら、ハァハァと荒い息遣いで、ヨダレを垂らしながら、食べるべき雑草を選別している。

 正気か……?

 まったく……。


「ちょっとその綺麗めの草、貸してくれる?」

「え? 良いけど、あなたも食べるの?」

「まぁね」


 ボクは、その綺麗めの草を口に入れた。

 咀嚼すると、少し舌が痺れた。


「駄目だね……この草には、毒がある。しかも猛毒だ。ゴクン……食べるなら、他の草にした方がいい」

「え? 今あなた、その猛毒の草を飲み込んでなかった?」

「ボクには『毒耐性』があるからね。平気なのさ」


 姉さんにめちゃくちゃ鍛えられたからなぁ。

 何度、毒実験にボクの身体を利用されたことか……。


「だから君は食べないほうがいい、一口で泡吹いて死ぬよ。まぁ、死んで楽になりたいっていうのなら、話は別だけど」

「…………ううん、私は死ぬ訳にはいかないから……やめとく」

「……そっか。懸命だね」


 『死ぬ訳にはいかないから』か……やけに、その言葉が重たく聞こえたような気がした。

 ハァ……仕方ないな。


「ボクは草木に詳しくはないけど、こんな風に、毒の有無くらいなら確かめることができる。味の保障はできないけど、これくらいなら手伝うよ」

「ほんとっ!? ありがとう!!」


 満面の笑みでお礼を言われた。

 眩しい……屈託のない笑顔だ。

 気を抜くと惚れそうになる。

 けど、油断してはいけない……こいつは人間だ……どれほど、魅力的に振る舞っていようと、所詮は人間なのだ。

 人間は裏切る。

 自らの保身のために――裏切る――醜い生き物なのだから。


「その代わり、一つ、条件がある」

「条件……?」

「草を食べて腹を満たしたあと、ボクの質問に、嘘偽りなくこたえること。それが条件だ。これを承諾して貰えない限り、ボクは――」

「そんなことでいいの!? もちろん! 嘘偽りなく答えるわ!」

「っ!」


 手を握られた。

 顔が近い。

 笑顔が、可愛い。

 姉さんに匹敵するほどの美少女だ。

 だが、そんなことよりも……ボクが一番目を奪われたのは……彼女の目だった。

 吸い込まれそうにボクを見ている目。

 キラキラと輝いている瞳。


 ボクはまた、姉さんの言葉を思い出した。


『人間の本性は目に現れる。だから目を見て話しなさい』


 その言葉が正しいとするならば……きっとこのお姫様は……。


「……信じていいんだね?」

「もちろん! ガンガン信じて!」

「分かった」


 ボクは……信じてみることにした。この女性を。

 裏切られたら、裏切られたでその時は、その時だ。


「この草は食べられるよ」

「えー! なんか黒ずんでて可愛くなーい!」

「文句言うなら、ボクが食べ尽くす」

「うそうそっ! 食べます食べます!」

「まったく……あ、コレも食べれるよ」

「え!? そんなタコみたいな草が!?」

「少なくとも……毒はないし、美味しい」

「本当に!? 私も食べてみよーっと!」

「まずはその、黒ずんだ草食べてからな」

「えぇーっ!」


 こんな感じで、たっぷりと草を堪能した彼女は……二十分後。


「おえっ……気分悪ぅ……」


 体調を崩していた。

 主にお腹を。


「あんなにがっついて食べるからだよ。一週間も空腹状態で、今日にあれだけの草が胃に運ばれたら、胃もびっくりするよ」

「うぅ……ごめんなさい……私の胃ちゃん……痛たた……」


 本当に……おかしなお姫様だ……。


 さて、ほのぼのグルメストーリーはここまでだ。


 お腹が痛い? 体調不良? 知ったことか。

 約束は守ってもらう。

 ボクの質問に、洗いざらい答えてもらおう。


「約束通り、嘘偽りなく、答えろ。人間」

「あ、約束の件ね、質問をどうぞ」

「………………」


 一つ目の質問――


「汚れた薄ピンクドレスのお姫様みたいな女……」

「それ、ひょっとして私のこと?」

「そうだ」

「頭の中で、私のこと、そんな風に呼んでたの?」

「悪いか?」

「ううん、悪くない、当たってるもの。少し、面白い人だなって、思っただけ。フフフ」

「…………」


 それは――――



「お前の――――名前を教えろ」


 「そんなのでいいの?」と、確認を取ってきたのち、汚れた薄ピンクドレスのお姫様みたいな女は答えた。

 自らの名前を……口にした。


「私の名前は――ナデシコ……。ジーパ・ナデシコ、それが私の名前……あなたのお名前は?」

「ボクの……」


 返す刀で、名前を尋ねられた。

 先に名乗らせておいて、こちらが名乗らないのは、フェアではないよな。

 別にフェアな関係にする必要もないが、名は名乗っておいて損はない。

 その方が今後、話を早く進めることができるかもしれない。


「ボクの名前は――――霜月太郎しもつきたろうだ」


 こうして……。

 ボク――霜月太郎は。

 汚れた薄ピンクドレスを着たお姫様みたいな女である――ジーパ・ナデシコと出会った。

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