〈3〉姉さんに教えられた言葉
猪顔の人間――獣人を前に、ボクは身構えた。
戦闘態勢に入った。
向かい会った瞬間に察したからである。
獣人が、ボクと、ボクの背後にいるお姫様のような女性に対して、明確な殺意を放っていることに。
本当の意味で、守るべき者がどちらであるのかは分からない。
人間は醜い生き物だ。
ボクはそれを知っている。
知っているからこそ、前の世界を滅ぼしたのだから。
この女性は綺麗だ。
それはもう……見蕩れてしまうほどには、べっぴんだ。
しかし、だからといって、醜くない保証はない。
綺麗な花には刺があるものなのだから。
だから別に、この女性を守ろうという訳ではない。
自分の身を――守るためだ。
かつて、姉さんに教えられた言葉がある。
『戦場で、自分に殺気を向ける輩は、完膚なきまでに叩き潰せ』
そんな訳でボクは、目の前で殺気を放っている猪顔の獣人を叩き潰すことにする。
姉の言葉は絶対だ。
すると、猪顔の野獣もまた、ボクの殺気に気付いたようで……。
「フゴゴッ、随分と禍々しい殺気を放つじゃねぇかぁ……人間如きが」
と、鼻で笑った。
人間? ボクが? ふざけるなよ?
「あんな醜い生物と同じにするな。ボクはアンドロイド、人間の形をした、ただのロボットだ」
「あんどろいど? ろぼっと? 何を言っているのだ? ワシの殺気に当てられて、おかしくなったか?」
どうやら、この世界ではアンドロイドやロボットという単語は通じないらしい。
現状、少なくとも、獣人に対しては。
「人間は殺せと命じられている。だから殺す」
「だから人間と同列に語るなと言っているんだが?」
「抜かせ! どう見ても貴様は――――人間だろうが!」
猪顔の獣人が、こちらへ向かって突進してきた。
両の手に生えた鋭い爪がギラリと光る。
ふむ……遅いな。
猪顔の獣人が、鋭い爪を縦に振るったのを、ボクは楽々と躱した。
最小限の動きで。
今の一撃でボクを真っ二つにできると思っていたのだろう。
右脇が隙だらけだったので、膝蹴りを入れた。
「っがはぁ!!」
悶絶する、猪顔の獣人。
追撃だ。
ボクは猪顔の獣人の頭を掴み、その顔面を思いっきり地面へと叩きつけた。
「フゴォッ!!」
メキメキッ! と、鈍い音がした。
猪顔を叩きつけたせいで、大地が少し砕けてしまったが、まぁ、それはボクが気にすることでもないだろう。
まだ息があるようだったので、ボクは猪顔の獣人の頭を全力で踏み付ける。
このまま窒息死させるのも有りかもしれないな。
しかし――
「な……め、るなぁーっ!! フゴォオオオーッ!!」
「お……!」
顔を上げて、足ごと持ち上げられてしまった。
まだそんな元気あったのか、タフだな。
それに……それなりに力はあるらしい。
こりゃ、並の人間では歯が立たないことだろう。
ボクは後方に飛び、くるりんと一回転して距離を取る。
前を向くと、猪顔の獣人が立ち上がっていた。
呼吸を荒らげ、額と鼻からは血を流し、右脇腹を押さえた姿で。
めちゃくちゃボクのことを睨んでいる。
殺意も膨れ上がった。
「ハァ……ハァ……お前……何者だ……!?」
「何者って、だから言ってんじゃん。アンドロイドだって」
「それは何だ? そういう人種だということか!?」
「本当に……分からない奴だなぁ……」
理解力が低過ぎて、溜め息が出るよ。
不愉快にも程がある。
もう、さっさと終わらせよう……。
「
ボクの両手の細胞を変化させ、刀へと変身させる。
その様を見て、猪顔の獣人が顔を真っ青にしている。
「な……何だそれは……!?」
「何って……両手を、よく斬れる刀に変身させただけだけど?」
「何だそれはぁあーっ!!」
錯乱し、闇雲に突っ込んでくる、猪顔の獣人。
おお、これぞ正に、猪突猛進。
「あがっ!」
ま、ボクの前では、何の意味もない、ただの特攻なのだけれどね。
ボクは容易く猪顔の獣人の最期の一撃を躱しつつ、すれ違いざまに、致命傷となる一撃を与えた。
早い話が、奴の胴体を真っ三つにしたのだ。
真っ二つではなく、真っ三つ。
正確には致命傷になる一撃ではなく、二撃か。
どっちでもいいか……倒したことには変わりないんだし。
ドシャッ! という音と共に、猪顔の獣人の三つに別れた身体が、力なく大地へと落ちた。
もう動く気配もないし、生き返る気配もない。
完全にボクの勝利だった。
「…………さて、ひとまず、明確な敵を葬れたところで……次だ」
ボクは、刀に変身させていた両手を元の姿に戻しつつ、お姫様の方へと視線を向けた。
そして問い掛ける。
「君は一体どっちなんだい? ボクの味方なのか? それとも――――
敵なのか?」
少しの間、ボクとお姫様の間に沈黙が流れた。
風が吹き、風の音がやたらと大きく聞こえる。
数秒後、お姫様が口を開いたことで、この沈黙は破られた。
いや、正確にいうならば、沈黙を破ったのは、お姫様の口ではなく……。
ぐぅぅー……! という、お姫様のお腹の音だった。
お腹の音が沈黙を破ったあと、お姫様はこう言った――
「びっ……びっくりしたら、お腹すいちゃった!」
…………信じられる?
この状況下で、本当に、そう言ったんだよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます