〈2〉鬼が出るか蛇が出るか

 目覚めた場所でいつまでもボーッとしていては、何の答えもみつからない。

 とりあえず歩いてみることにした。


 夏なのだろうか?

 木の影から出てみて、ようやく気がついた。暑い。

 恐らく、気温三十八度以上はあるだろう。

 太陽さんがギラギラと輝き、その日光がボクの皮膚を、ジリジリと焼いているかのような感覚を覚える。


 うん、できる限り木陰を歩こう。


 そんな訳で、できる限り木陰ルートを通りつつ、前へまえへと進んでいく。

 東西南北も分からないまま、闇雲にだが。

 しかしまぁ……。


「ほんとうに、自然以外は何もない場所だなぁ……」


 それが日が暮れるまで(正確な時間は、時計がないので分からないが、恐らく半日程度だろう)歩き続けた結果、得た感想だった。

 何もないのだ、草木以外に何もない。

 見事なまでに緑一色だった。

 緑以外の色は、空の青と雲の白、あと太陽の煌めきくらい。

 道端はすべて緑一色だった。

 花すら見かけなかった。


 うーん……これだけ草木が生い茂っていて、花の一つもないのは不自然といえば不自然だろう。

 不自然過ぎる。

 夏だからなのだろうか?

 植物には詳しくないのでよく分からない。


 結局のところ、歩いても何も収穫はなかった。

 いや、物理的に前には進んだのだろうけど、情報収集といった観点からみるも、何一つ収穫はなかった。


 強いていうなら、ボクという存在以外、生物のせの字も確認出来なかったのが、収穫だったのかもしれない。

 これだけ自然に囲まれているのだ、虫の一匹くらいいてもいいと思うのだが……残念ながら虫の一匹すらいなかった。


 緑一色の景色よりも、そちらの方を不自然と思うべきだったか? まぁ、いないのだから仕方あるまい。

 いたところでどうということはない。

 むしろ蚊という存在がいないと確信できたことは朗報だ。

 睡眠をとる際に、あのプーンという音に邪魔されずに済む。これは朗報だ。ボクはあの音が嫌いだったから。


 日が暮れたので、ひとまず歩くのはやめることにした。

 視界が悪くなったこの状況下で、この不自然な地を歩くのは危険だ。

 いくらアンドロイドといえども。

 いくら最強と呼ばれたアンドロイドの一体であろうとも。

 この地に、ボク達を上回る自然の脅威がないとは言いきれないのだから。

 まぁ……それはあくまで、ここが異世界だったらの話だが。


「ねるとするか……」


 ボクは突拍子もなく、道草の上に寝転んだ。

 大地にも土の茶色が見えないほど草が生えているので、寝心地は良くはないのだが、ベッドや布団がこんな緑だらけの自然にあるはずもないので仕方がない。

 ボクは目を閉じようとしたのだが、仰向けに寝転がったおかげで、夜空が目についた。


 一面に広がる夜空に、目を奪われた。


 キラキラと輝く星たち。

 その中で圧倒的な存在感を醸し出している月。


「……自然に囲まれてみる夜空は、少し特別な感じがするな」


 だからといって、どうこうはないが。

 ボクは目を閉じた。

 そして眠りについた。




 ザッザッザ! と、音が聞こえた。

 その音をきっかけとして、ボクは目を覚ました。

 咄嗟に立ち上がり、身構える。

 その音が近付いて来るのが分かる。


 何者かが――――近付いてくるのが。

 急接近してくるのが。


 近付いてきたことで分かった、足音は一つじゃない。


 先頭を走る足音が一つ、そしてその二十メートルほど後ろにもう一つ……といった所か。

 この状況から考えられるのは……何者かが何者かに追われているケースだが……。


「ふむ……この大自然の中で鬼ごっこというケースも考えられるのか……夜だけど」


 そんな頓智感なケースも想定している内に、いよいよ、その足音が目前に迫ろうとしていた。

 さて……鬼が出るか蛇が出るか。

 身構えるボク。

 鬼が出ようと蛇が出ようと関係ない、どちらであろうと……ボクに危害を加えようとするなら――――


「殺す……それだけの話だ」


 そして、足音の主が姿を現した。

 草むらをまるで飛び越えるかのように現れたのは……。


 鬼でもなく。

 はたまた、蛇でもなく――――



 お姫様だった。


 正確には、お姫様のような薄ピンク色の豪勢なドレスを着た、女性の人間だった。

 本当にお姫様かどうかは分からない。

 ボクが単にそう思っただけだ。

 お姫様っぽいなぁーと。

 走りにくそうな服だなぁーと。

 そして――――



 綺麗な人間、だなぁーと。


 そう、ボクが思っただけだ。


「え?」と、お姫様らしき人間が、ボクの姿を確認して驚きの表情を浮かべている。

 いやいや、驚きたいのはこちらの方なのだが……と、言ってやりたくなったが、言わないことにした。

 何故なら、言うような状況ではない、と察したからである。


 なるほど、やはりボクの見立ては正しかったようだ。


 お姫様らしき人間の後ろを駆けていた、もう一つの足音……その主の姿を見て、ボクはソレを確信した。


 彼女は追われていたのだ。

 その、もう一つの足音の主に。


「フゴ? 何だぁ? なぜ、こんなところに人間がいるんだぁ?」


 はっきりと述べよう。

 この、もう一つの足音の主は――人間ではない。

 かといって、動物でもない。

 少なくとも、地球上では存在していないであろう生き物だった。


 一言でいうと、人間と動物を合わせたような見た目をしていたのだ。


 ゆうに二メートルを超えているであろう身長。

 全身を包む茶色い毛皮。

 しかしその中には、隆々の筋肉が潜んでいるのが見て取れ。

 二足歩行で、言葉(日本語)を喋る……猪のような顔をした、怪物だった。


 いや、怪物という言葉は安直で、この生物のことを言い表せていないかな……。

 分かりやすく、この生物のことを言い表すには……間違いなく、この言葉が相応しいだろう。


 猪顔の人間……その奇妙な生物を言い表すに最も相応しい言葉。

 それは――――



 、だ。

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