第82話
自分の胸の中にずっと引っかかっている『何か』に心を乱されているのを感じながら、フロストの兄貴が待つ宿へと向かう。
「よう、帰ってきたか」
「お待たせしましたフロストの兄貴」
「別にそこまで待って……おい、もしかしてお前マワルか?」
槍に手をかけようとしたフロストの兄貴に若干のショックを受けたが、直ぐに合点が行く。そういや、俺全身タイツのスーパーヒーローだったわ。
「後日、もっとちゃんとした仮面とか作ってくれるみたいなので、それまでは宿屋以外これで過ごそうと思います」
「いや、俺は別に構……いや、眩しいから勘弁して欲しいんだが、そもそもそっちの方が目立つだろ?勇者に見つかる可能性上がるんじゃねぇのか?」
「そこはもう大丈夫です。もう既に
「__はっ!?バレたってことか!?」
「いえ、別人ってことで貫き通しました。……逆にこの格好で出会えたのは幸運だったって考えます」
多分だけど、会長は今微塵も『ルマ』が『神崎 廻』であるとは思っていないはずだ。それだけの印象は十分に与えた。問題は神出鬼没であるあの人を警戒して、街を歩く際にこの格好で外を歩かなければ行けないということである。
流石にちょっと俺もこの格好で街を動き回るのは恥ずかしい。
「……護衛の三人にはちょっと嫌な思いさせるかもしれません」
「いや、寧ろお前に全部視線が持ってかれてるから問題ないと思うぜ?」
フロストの兄貴のその言葉に周りを見渡すと、殆どの人が俺の事を見ていた。……すげぇや、俺が視線を向けたところにいる人達が一斉に知らんぷりし始める。そんなに露骨に反応されると、無理やりこっち向かせたくなるんだけど。
「……じゃあ、取り敢えず部屋に荷物置きまに行きましょう。何でも夜からパレードがあるらしいんで、折角だから覗いて見ましょう」
「おいおい、その格好で行くのか?」
「……はい。もういっそ胸張ってこれが最新ファッションだって言い切ることにします」
煉司も居ると分かったので、せめて顔を見る位はしておきたい。声をかけることは出来ないが、チラッと見るくらいならバレることもないだろう。ましてや、この格好だし。
「もう一人の勇者殿はマワル殿の幼なじみなのですよね?」
「……あぁ。昔からずっと一緒だった』
正義感が強く、誰にも優しく、いじめ等の理不尽を絶対に許せない。その性格故に、小さい頃は面倒な事に首を突っ込みまくっていた。
……まぁ、大きくなっても正義感が強くて、誰にでも優しいという長所と、面倒事に直ぐ首を突っ込むという短所は直らなかった訳だが。
「本当に話さなくて良いんですか〜?」
「えぇ、話さない方がいいです」
煉司は俺の死を引きずってウジウジと悩んだりする様な情けない男では無い。しかし、今更『別世界で生きてました』なんて、どんな顔して言えばいいのか俺には分からない。
「あと、もし会ったら俺の方が危うい気がして」
アイツ然り、会長然り、『神崎 廻』として会ってしまえば、俺の心が傾く可能性があると会長に会った時に感じてしまった。
……今更、向こうの世界に戻るつもりは無かったはずなのだが、二人と話してしまえば、戻りたくなってしまう。そもそも戻れないかもしれないが、向こうの世界に戻る為の手段を……『ありもしない手段』を求め、焦がれてしまうだろう。
俺は、そう思えてしまう程の時間をあの二人と過ごしてきた。大変だったが、今と同じくらい楽しい毎日も送れていたのだ。
そんな昔話を語った俺に、フロストの兄貴が心底ダルそうにため息を吐いた。
「___ったく、面倒くせぇな、……。ほら、荷物寄越せ。部屋に置いといてやる」
フロストの兄貴は心底面倒くさそうにそう言うと、着替えを入れている鞄を無理やり俺から奪い取った。
「あっ、じゃあ夜ご飯の予約取ってきますよ」
「……その格好じゃ店主がビビるから却下だっての」
「確かに」
フロストの兄貴ですら面食らったのに、普通の宿屋の店主がビビらないわけが無い。通報されて衛兵に捕まる未来が見える。
「それと、俺は今のお前みたいなテンションの奴を護衛するとかゴメンだ。そこの馬鹿女とちょっと気晴らしにでも行ってこい」
「……?私ですか〜?」
「この中じゃお前が一番王都に詳しいだろうからな」
自分を指さし、首を傾げたシスターがフロストの兄貴の言葉に納得したようにぽんっと手を叩く。
「分かりました〜!じゃあ、マワル君行きましょうか〜!」
「えっ、俺疲れたからちょっと寝ようと__」
「いいからいいから〜!」
俺の言葉なんて一切聞く気は無いのか、シスターが俺の手を引っ張って何処かへと走り出す。戸惑いつつも後ろをチラリと見ると、ハルが笑顔で此方に軽く手を振っていた。
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