第81話

 作戦は失敗し、割と興味を持たれてしまった俺は、何気にしっかり俺の話を聞いている会長に少しだけ罪悪感が湧いてきていた。


「ところで、アンタ……こんな店に長々と居座っていていいのかしら?……アタシの予想が正しければ今日はパレードがあった筈なのだけれど」


そろそろ喉が限界に近いと察してくれたのか、アルマさんが話を逸らしてくれた。いや、流石の会長でもそんな重要そうな役目放り出してこんなところまで来るはず______


「……。__忘れてたぁ!?つい、懐かしい匂いに釣られて飛び出して来ちゃったんだった……!」


 ____あるよね。……うん、知ってたよ。本当にこの人は目の前に自分の欲を刺激するものがあったら直ぐに飛びつくんだから……。


「ま、不味い不味いっ……そ、そう言えば、この後に最後の打ち合わせ__このまま、バックれたらダメかな」


「私には分かりかねます〜」


「……くっ、帰りたくない!折角、美人なお姉さんの膝枕を堪能してるのに!」


 そうなのだ。会長は現在ソファーに座ったシスターに膝枕されているのだ。……正直、ちょっと羨ましい。元の世界でも自分の気に入った女性とはこんな距離感だった気がするが、ここまで早く気を許しているのは初めて見た。


 この人、コミュ力はあるけど何だかんだ他人との間に大きな壁立てるからね。会長の雰囲気的に、ハルとシスターの二人とも好感触っぽいが、きっと、二人のが会長の琴線に触れたのだろう。


この人は気分屋だから、それが何かは分からないが、友達が少ない友人に友達が増えて少し嬉しい。


 ……それはそれとして、初対面の相手に膝枕の光景見られて、アンタ恥ずかしくねぇのかよ。


「くそぅ……!せっかく頑張って赤竜討伐したのに、なんでパレードとか罰ゲームみたいなのが残ってるんだっ!私、これでも功労者なんだぞ!」


 パレードを罰ゲームって言ったんだけど、この勇者。


会長はお披露目会みたいな催しごと嫌いだったから、納得ではあるけど。……そう言えば昔、会長に凄いデカいパーティーみたいなのに無理やり連れていかれたなぁ。あまり記憶が無いが、会長の性で胃に穴が開きそうだったのは覚えている。


「……ぐすっ、火野君は姫様とイチャイチャしてるんだから、私だって年上のお姉さんに甘やかしてもらったって良いじゃないか……!何が悲しくて二人の隣で民衆に手を振らなきゃ行けないんだ!」


「よしよし〜」


「……これが、バブみ……」


遂に泣き出したと思ったら、更に黒歴史を積み上げていくようだ。


と言うか、遂に煉司に好きな人が出来たのか。向こうの世界の煉慈ハーレムには悪いが、恋愛事に疎いアイツに恋人が出来たことは非常に嬉しい。……残念ながらお祝いの言葉は直接は言ってやれないが。


「勇者様偉い偉い〜」


「わーい、ママー!」


おい、誰かこの人止めてやってくれよ。……シスターも地味にノリノリな性で誰求める人がいねぇっ!


「はぁ、アンタは相変わらずねぇ……ほら、後でアタシが膝枕してあげ__」


「おっさんの硬い膝枕とか要らない」


「__何だと、このガキ……コホンっ、何言ってるのよ、私の太腿はそこらの高級枕より寝心地がいいの!分かったら、おっさん呼びは撤回しなさい!」


「ぎゃー!助けて、シスターさーん!特殊性癖の変態がなんかほざいてるぅ!」

 

「__こんのっ、クソガキィ……!」


 煽るだけ煽って、シスターの膝に顔を埋めた会長の方が傍から見たら特殊性癖の変態なのだが……いや、本当に女で良かったですね会長。アンタ、男だったら絵面今より最悪だったぞ。


 アルマさんもアルマさんで、会長からの煽りにてんで弱い。いや、他の人に煽られてもヒラヒラと躱すのに、会長からの煽りに弱いのは、この二人が親戚であり、昔からの知り合いだからなのだろう。


『御免下さいですわー!』


「……やっとこのバカの迎えが来たのね。これ以上此処に居られたら、ストレスで肌が荒れちゃうところだったわ」


 疲れた様にアルマさんが指をパチンっと鳴らすと、直したばかりの扉の鍵がガチャりと音を鳴らす。何そのシステム格好いい!


 扉の鍵が解かれると、やたらと身分の高そうな格好をした、見るからにお姫様な美少女と数人の騎士らしき人達ががぞろぞろと入ってきた。


「あっ、居ましたわ!」


「……ティアちゃん」


「もう!アマネは直ぐ何処かにいくんですから!」


「……ちょっと懐かしい匂いに誘われて、ね?」


 うざいからウインクしながらこっち見るの止めて欲しい。後、キザったらしくウインクするならせめてシスターの膝枕から頭を離そうね。すっごい情けないから。


「アルマ様こんにちはですわ!アマネを連れ戻しにきましたわ!」


「何時もごめんなさいねティアちゃん。この子ったら本当に堪え性がない子だから……」


「失礼な。私だって我慢くらい出来るよ」


……そう言うなら、さっさとシスターの膝から頭を退けようね。何を未練がましく続けてもらってんだ。


「ほら、アマネ。面倒くさいのもちょっとは分かりますけど、早く行きますわよ!」


「えぇ……」


 尚も動かない会長に、姫様が仕方ないと言った表情をしながら、手札を切る。


「後で、私が膝枕してあげますわ!」


「……私に膝枕しながら、火野君とイチャイチャしない?」


「えぇ、しませんわ!」


「__分かった、帰るっ!」


 ようやく重い腰……いや、頭を上げた会長は一礼して店から出ていく姫様の後に続く。


「それじゃあ、また何処かで会おう!今度はハルちゃんの膝枕を楽しみにしているよ」


「い、いえ、拙者はその……」


「なに、遠慮しないでくれ。私は確かに『勇者』なんて肩書きではあるが、唯の女の子だからね」


「オマエガエンリョシロ」


「えっ?いま、何か言ったかい?」


「……ナンデモナイデス」


明らかに狼狽えているハルを見て、思わずつっこんでしまったが、幸いな事に聞かれずにすんだようだ。


 でも、マジでアンタはそろそろ遠慮しろ。美少女とあらば誰彼構わず甘やかしてもらおうとするな。それと、あの醜態晒しといてよく平然と格好つけれるな……等など、色々と言いたいことはあるが、俺はなんとか喉の奥の方でその言葉を抑え込む。


「それじゃあ、またね。シスターと______ルマ君も!あと、良ければ、私達のお祭り楽しんでねっ!!!」


「_______。……エェ」


 此方に満面の笑みで手を振ってくる彼女の姿が、過去の彼女の姿と重なる。ザワりと嫌な感覚を感じつつも、俺はそれを決して顔には出さないように細心の注意を払いながら、彼女に手を振り返した。


 それを見た会長はなぜか数秒固まった後寂しそうに笑ったあと、そのまま店を出て行った。


 そんな彼女に俺は何も言えないまま、ぼんやりと見送ることしか出来なかった。

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