第80話

「うーん、ここら辺で懐かしい香りがしたような気がしたんだけどなぁ……」


「……」


 あっぶねぇ………!悠長に体に吹きかけるんじゃなくて、頭から香水被った判断は間違ってなかったみたいだ。


 エルザに追われた時よりも鼓動の音が早くなっているが、それを何とかして態度に出さないようにポーカーフェイスを保つ。……いや、意味無かったわ。


「__アンタねぇ、人の店の扉破壊しといてそれが第一声ってどうなのかしら」


「どうせ裏で小細工して稼いだ金で建てた店なんだから、扉の一つや二つや三つくらい有り余った金で付け直しなよ」


「謂れもない風評被害やめてちょうだい。頭から被ったその猫の皮剥いでやってもいいのよ?」


「__やってみなよ、変態」


「__あらぁ、言ってくれるじゃない?」


 ちょっ、抑えて抑えて二人共ぉ!?元の世界でもそうだったが、この二人は相変わらずの犬猿の仲の様だ。まぁ、流石の会長もこんな場所で大怪獣バトルを始めるのは本意では無いのか、直ぐに一触即発の空気が崩れる。


 と言うか、会長は勇者だし納得出来るんだけど、アルマさんは何で今の威圧が聞いてないの!?ハルですら、武器に手を掛けてたぞ!?


「あっ、この変なコスプレした人が匂いの正体?匂いはアルマが作ってる香水の匂いだし、雰囲気も向こうの人間っぽいね。結構距離遠かったし、勘違いしちゃったのか……私の嗅覚も落ちたなぁ」


 いや、全然落ちてないよ。なんなら昔より精度上がってるよ。常に進化を続けるとか主人公かよ。……そう言えば主人公属性モリモリだったわこの人。


「……えぇ。アタシの古い知り合いだからくれぐれも無礼はよして頂戴ね?」


「分かってるよ。アルマは嫌いだけど、その友だちには何の罪もないからね。普通に同郷として挨拶するだけだよ」


 そう言って、全身タイツの俺に会長が手を差し出してくる


「______やぁ、初めまして。私は一ノ瀬 天音。こっちの世界には勇者として呼び出された、君と同じ世界から来た女だよ」


 普通、ここは喋れない設定にして、この場を乗り切るのが最適解のはずだ。__しかし、それは危ないと俺の第六感が告げている。だから俺は_______半ば本能的に喉を潰しかねない裏声を出した。


「エエ、オウワサハかっ……カネガネ」


 そして、空気が静まりかえる。ハルは呆気に取られ、シスターは笑いそうになった自分の口を必死に抑え、アルマさんは俺を可哀想な目で見た


「__ぷっ、ふふっ!な、何その声っ……!戦隊モノのコスプレしてるからイケボイスかと思ったら飛んだイロモノじゃないか!」


 ______そして、会長は大爆笑していた。くっそ、相変わらず引っぱたきたくなるなこの人!後!一番のイロモノ枠が他人にイロモノとか言うんじゃありません!


「コノコエ、ウマレツキ、デス」


「ぷっ、くくっ……!!!」


「__ブフッ」


 ……あー、心折れそうだ。この人にこんな形で笑われるとか、俺のプライドというプライドがべきべきのバキバキのボコボコだ。くっそ、いつか絶対泣かす!きっと、今スーツの中に居る俺の顔には青筋が浮かび、頬がぴくぴくと痙攣しているだろう。


 と言うか、シスター!今笑ったなぁ!


「______ひーっ、笑った笑った!……で、君の名前は?」


「ワタシノナマエハ、ルマ、デス。ヨンカゲツホドマエ二、コノセカイニキマシタ」


「へぇ〜……じゃあ、私達より先輩なんだね。何の仕事をしてるんだい?」


「イリスサマ二ヒロワレ、ギルドショクインヲ」


 脳をフル回転させながら、何とか会話の終点を探す。ギルドマスターと会長たちは会っているらしいから、何とか俺から話を逸らさなければならない。


「あっ、そういえばイリスさん『迷い人』飼ってるって言ってたっけ」


「アノクソロリっ」


「ん?」


「__エエ、ソノマヨイビトです」


 あのクソロリババア!!!人の事をペットみたいな感じで他人に紹介するんじゃない!思わず地声に戻るところだっただろうが!


「こっちの世界に来た時もその格好だったの?」


「ヒーローショーノバイトチュウニ、コノセカイニキタンデス。ソノトキ二フシギナノロイヲカケラレテ、ヌゲナクナリマシタ」


「へぇー、大変だねぇ」


 勿論百パーセントデマである。でも、大丈夫。会長は基本的に人の過去とか興味が無いので、ガバガバな背景設定でも神崎廻だと分からなければそんなにグイグイと矛盾をついてきたりはしない。だから、たった一欠片でも俺らしさを出しては行けない。バレたら監禁エンドなんて悲惨な目に合う可能性もある……!


 だからこそ、この作戦は非常に刺さる。ある程度の興味が無ければ、話をまともに聞かないこの人に対しては、十割を嘘で塗り固めれば良い。


 この場に煉司が居れば五千パーセントバレるだろうが、この人が単独で先攻している今なら問題は無い!


「「「……」」」


 だから、三人とも三人ともそんな可哀想な人を見る目で俺を見ないでくれ!しょうがないだろ!?バレたら終わりなんだから!







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