第68話

「馬車が出発するまであと二十分位か……」


 色々と準備をこなしていると直ぐに出発の日がやってきた。猶予が一日も無かったのだから、直ぐにその日が来るのは当然ではある。



 ギルドマスターからのミッションは王都にいるある人物に手紙を渡すというものだったのだが、詳しくは教えてくれなかった。


 なんでも渡す時のお楽しみとの事らしい。渡す相手も分からないのにどうやって渡せばいいのかと突っ込んでみたが、流石はある程度仕事が出来る女、そこら辺の段取りはしっかりしているらしい。なんでも、王都に行けば必ず会えるのだとか。


「そろそろ護衛の人達が来る時間だけど……」


「_____マワル殿〜!」


 キョロキョロと周りを見渡すと手を振りながら元気そうにこちらに走ってくるハルの姿が見えた。……やっぱりか。


「護衛はハルか」


「はい!精一杯務めさせていただきます!」


 昇格試験で王都に行くとか言ってたし、もしかしたらとは思っていた。一人くらいは気心の知れたメンバーがいた方がいいと言うギルドマスターなりの気遣いなのだろうが、正直、ハルの試験が気になりすぎて依頼に集中出来ない可能性が……いかんいかん、後のことは後で考えよう。


「ところで他の護衛は一緒じゃないのか?」


「もうそろそろ来ると思いますが……」


 ハルと一緒に周りを見渡してみるが、それらしき影は見つからな______。


「_______えいっ〜」


「_______ひょぴぃっ!?」


 後ろから突然飛びつかれ、心拍数が一気に跳ね上がる。け、気配が……。


「シスターですか……」


「え〜、なんか反応が薄くないですか〜?」


「最近ずっとからかわれてるんで、ちょっと慣れてきたんですよ」


 正確には驚かされた後にシスターの顔を見るのがセットになっている事実に慣れてきているだけで、驚かされる事に関しては全く耐性がついてないので正直勘弁して欲しい。


 完全に気配消しながら近づいてくるのをやめてください。毎度毎度俺の股間がヒュンってなるから。


「と言うか、なんでシスターが居るんですか。この時間は炊き出しじゃありませんでしたっけ?」


「別の人に任せてきました〜」


 ……ヘルプでも呼んだのだろうか?まぁ、何にせよそんなものを呼んでまで見送りに来てくれるとは思わなかった。


「わざわざ見送りに来てくれたんですね」


 何だかんだ危険が伴うだろうし、見送りに来てくれたのは非常に嬉し__


「今回の護衛の一人は私ですから〜」


「……。……え?」


 予想だにしていなかった事態に頭の中が真っ白になる。なんならシスターが今回の旅に同行するなんて一番ないと思ってた。だって孤児院のこととか色々やる事あるし、結構多忙な筈だぞ、この人。


「皆の世話は誰がするんですか……?」


「教会から知り合いを一人呼んでますから問題ないですよ〜。そこそこ腕もたちますし、街の守りの方も問題ありません〜」


 話によると、どうやらケアは完璧なのだとか。……それにしてもこの世界の聖職者は皆パワー系なのだろうか?シスターには及ばないとしても代わりを務められるとか、だいぶ強いと思うんですけど。俺なんか小指一本でひねり潰されそうだ。それにしても……


「……ほとんど何時ものメンバーじゃないですか」


「最初は拙者しか手の空いている人がいなかったらしいのですが……」


「ちょうど良い機会でしたし、少しでも恩を返して行こうと思いまして〜」


「……恩?」


「あのリッチーを倒してくれた恩ですよ〜。この程度じゃ到底返せませんけど、私なりの誠意だと思って下さい〜」


 ……その事か。あれは俺がやるべき事だったと思うから恩とかは全然気にしないで欲しいんだけど……まぁ、そんなことを言ったところでシスターは聞いてくれないんだろう。この人、意外と頑固で頭硬いし。


「____あれ、じゃああと一人はどうやって護衛を決めたんだ?手の空いてる人居なかったんだろ?」


「私がおど______コホンっ、交渉して一人引っ張り出して来ました〜」


「……あの、今脅したって言いかけませんでした?」


「言ってませんよ〜」


 物騒な事を言い始めたシスター糾弾しようとしてみたものの、有無を言わさぬ態度である


「いや、完全に言っ_____」


「言ってませんよ〜?」


「あっ、はい」


 圧に負けてしまった俺はなんて弱い男なのだろうか。ま、まぁ、シスターの方が格上だし仕方ないよね!自分で言ってて悲しくなってきた。


「まっ、そんなわけで引っ張りだされたのが俺ってわけだ」


「_______こ、この声はっ!?」


 なんとも頼り甲斐のある声につられて勢いよく、後ろを振り向くと青と黒を基調とした軽鎧を身につけた兄貴オーラ溢れるナイスガイがいた。


「兄貴だぁぁぁ!!!」


「……おいおい、喜びすぎだろ」


 思わず、飛び上がって喜ぶ俺に若干呆れながらも少しだけ嬉しそうにしたフロストの兄貴。__そう、最後の護衛とは我らが兄貴、フロストさんだったのだ。


「いや、マジで嬉しい!シスターありがとうございます!」


「……そこまで喜ばれるとちょっとモヤモヤしますね〜……」


「えっ、なんか言いましたか?」


「なんでもないですよ〜」


 なんか、ちょっと二人の機嫌が悪くなっている気がするんだけど気の所為だろうか?……。……うん、イケメンが来たのに機嫌が悪くなるわけないか!気の所為だな!


「フロストの兄貴討伐依頼あったんじゃないんですか?」


「あぁ、それか。まっ、彼奴らなら俺なしでも十分に勝てる相手だったしな。事情を話して今回だけは別行動を許してもらった」


 見よ、この逞しく、勇ましい筋肉、そして精悍な顔立ちを!街ゆくマダムと少年少女達の達の憧れの存在であり、街の人気冒険者ランキング(一部に対し秘密)では三年連続不動の一位を誇る。


 しかもフロストの兄貴は戦い方もスマートオブスマートなのだ!


 刀を木っ端微塵にしたり、肉片を飛び散らせながら逃げ惑う魔物を蹂躙したり、獲物ごと地面を抉り取ったりとかじゃなくて、無駄の一切を無くした芸術の様な槍さばきで、スマートに敵を討伐する。マジでイケメンである。


「と、とにかく、フロストの兄貴と旅出来るの凄く嬉しいです!多分、この世界に来て一番か二番を争うくらいです!」


「……。………」


「へぇ〜。そうですか〜」


「……おい、マワル。お前もしかして俺の事嫌いだったりするか?」


「えっ、めっちゃ好きですよ。憧れです憧れ!」


「お、おう。ちょっと照れるな……」


 俺がフロストの兄貴を嫌いだなんて、そんなわけが無い。一体何だって、そんなことを言い出すんだろう?だって、この世界に来てから出会った人の中でぶっちぎりでマトモな人だぜ?好きにならないわけが無い。


 ……あれ、なんか寒くね?さっきまでもっと暖かったと思うんだけど。


「うん、うん、分かった……。お前にそんなに好かれてるのは普通に嬉しいんだが、そろそろ俺の命が危ないから止めとこうな?」


「命が……?」


「あぁ、命がだ」


 フロストの兄貴がそこまで言うなら止めておこう。兄貴にここで死なれては貴重な常識イケメン枠が一人減ってしまう。門番さんは最近胃痛で死にそうな声出してたし、命を大事にして貰わねばなるまい。


「……あれ?どうしたんだ二人とも」


 落ち着きを取り戻した俺に、ハルとシスターの二人が笑顔で近付いてきた。笑顔のはずなのになぜか、得体の知れない恐怖を感じる?


 俺はゆっくりと後退りしながら、愛想笑いを浮かべてなんとかこの場を乗り切ろうとする。はっはっは、よく分からないが逃げるが勝ち!


「遅いですよ〜」


「な、なにぃっ!?」


 ___しかし、まわりこまれてしまった!


「______いひゃいっ!?ひょっ、なにひゅるんでしゅか!?」


 普通に捕縛された俺は何故か両頬を二人に引っ張られる。加減はしてるみたいだけど痛い。ほっぺたが落ちてしまいそうだ、物理的に。……な、なんで俺はちょっとテンションが上がっただけで、こんな仕打ちを受けてるんだろうか?


「マワル殿」


「マワル君〜」


「ひゃい」


 俺はマトモに言葉を喋れないまま、二人の圧に怯えながら返事をする。


「「正座で(〜)」」


「……わ、わかりまひた……」


 のちに俺はフロストの兄貴に語る。


『エルザより怖かった』と。

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