第69話

「平和だなぁ」


「おいおい、あんまり油断すんなよ?俺ら以外にも護衛の冒険者が居るとは言っても、ここはもう街の外だからな?」


「そんな事言ったって魔物が出てこない上に、こんなにいい天気だと気が抜けて来ません?」


 馬車の中でゴロンと寝転がりながらそう言った俺を、フロストの兄貴が飽きたような顔で見る。因みにハルとシスターは何やら話があるとかで二人で馬の上でお喋りをしている。暇だから混ぜて貰おうとはしたのだが、一蹴されてちょっと悲しかった。


「まっ、こうまで暇なのは確かに珍しいけどな」


「森の近くですら、ゴブリン一匹見当たりませんでしたからね」


「他の冒険者が昨日にでも討伐したんだろうよ」


 普段であれば、既に二、三回ほど魔物と鉢合わせしていてもおかしくは無い。だが、拍子抜けと言っても良いほどに接敵しない。


「それか前の商隊の運が良いか、だな」


「あっちの護衛さん達も暇そうですね」


 俺達四人はある商隊の護衛も兼ねて、商隊の馬車を借りている。御者は俺以外の三人でローテーションするらしい。俺は護衛対象だから駄目らしい。落馬で首折って依頼失敗とか洒落になってないから仕方あるまい。


 因みに商隊の護衛とは言っても名ばかりで予備の予備みたいな存在なのだとか。ギルドマスターのコネによって護衛の一員として認めて貰っているので、このまま無事に王都にたどり着ければ俺の冒険者ランクもEからDに昇格するらしい。


 俺は街に対しては意外の貢献してはいるものの、依頼は殆ど孤児院のお手伝いなので、ランクアップするにはまだまだほど遠かった。しかし、この護衛依頼はギルドマスターからの直々の依頼の為、ギルドへの貢献度が非常に高い……らしい。


 実際、そんな事は俺のランクを上げるための口実に過ぎない。ギルドマスターが楽するために色々と俺に割り振りたい依頼があるらしいのだが、俺のランクでは割り振れない依頼が多すぎぎるらしい。……つまるところ、自分がサボりたいから俺に面倒な塩漬け依頼を処理させたいのだ、あのロリババアは。


「どうした、突然浮かない顔して。腹でも壊したか?」


「いや、帰った後の事を考えると色々と憂鬱で……」


「まだ出発して数時間も経ってねぇのに帰ってきた時の事なんて気にすんなよ。どうせお前はそこそこの期間向こうに滞在することになるんだから、あんまり後の事考えてても仕方ないだろ?」


 フロストの兄貴の言う通り、俺は二週間から三週間程王都に滞在することになっている。俺が手紙を渡さなければいけない人物はそこそこ多忙な人らしく、返事の手紙を貰って帰らなければいけない俺は手紙を受け取るまで帰れない。


 しかし、フロストの兄貴は滞在期間一週間を過ぎれば街に先に帰ってしまうらしい。なんでも、後回しにしてた依頼の期限がその辺から怪しくなってくるのだとか。


 帰りは一緒じゃないのは少し悲しいが、行きだけでも一緒に行けるだけ幸運だと思っておこう。


 ……うん、なんか色々と考えてるのがもったいない気がしてきた。


「折角だし、王都までの旅路を楽しむことにします」


「おう、そうしとけ。この国の王都は帝国の次にデカいからな。他国から輸入されてる珍しいもんとか面白いもんとかで溢れてるぜ?______もちろん良い女が居る娼館も多い」


「______娼館、ですか」


「あっ、そう言えばお前はまだ行ったことなかったか」


「冒険者の皆さんに誘われる度にワクワクしながら準備はしてたんですけど……なんか、そういう日に限ってハルやらシスターに食事のお誘いを貰いまして」


 ……先に約束したのは冒険者の男性陣なんだし、断ればいいだけの話なのだが_____断ると、後々酷い目に合う予感がするのだ。あくまで予感に過ぎないのだが……誘ってくれた冒険者の皆さんも何かを察した表情で俺の事を慰めてくれるので、俺の判断はきっと英断の筈だ。


「______いや、待てよ?王都なら行けるのでは?」


「……おいおい、止めとけ。俺の予想だとお前ろくな目に会わねぇぞ?」


 俺の身を案じ止めてくれるフロストの兄貴の助言を聞き流し、俺は思考をめぐらせる。……王都って広いんだよな?なら、二人に悟られずに行くことくらい可能なのでは?二人は護衛だから大概の時間一緒に居ることになるかもしれないが、隙を突いて逃げ出すことくらいは今の俺なら出来る……わけが無いな。


「てか、そもそもなんでああまで予定が被るんだろう……。二人がわざと合わせてるとは思えませんし、神様の悪戯ってやつなんですかね?」


 流石の俺もワザと予定を被せられているとは思っていない。だって二人がそんな事をする理由が無いし。会長が俺の合コンに予定を被せていた理由は、告白された時に判明したが、まさか同じ理由なわけが無い。


「……わざとだったらどうするんだ?」


「はっはっはっ、それこそ有り得ないじゃないですか!二人が俺の事が好きとかなら、ワザとやるかもしれませんけどそんな訳ありませんし」


 俺の言葉を最後まで聞いたフロストの兄貴は信じられないようなモノを見るような目で俺の事をじっと見てきた。


「……なんですか」


「マワル、お前は王都についたら高名な治癒魔法使いの治療を受けた方がいいな。主に頭のな」


「なんてこと言うんですか」


 いきなり頭の治療をおすすめしてくるとは、常識人筆頭たるフロストの兄貴らしくない。……俺程の真っ当な真人間の頭の何処に治癒すべき点があるというのか。……全く、失礼しちゃうわ。


「あの二人にとっちゃお前がなのはある意味幸運なのかもなぁ……。あっ、刺されないように気を付けろよ」


 ……刺される?娼館の話をしていただけなのに、なぜそんな物騒な話になっているのだろうか?


「__マワル君〜。ちょっと来てください〜」


 詳しい話を兄貴から聞こうとしたタイミングで、話が終わったらしいシスターに呼ばれる。


 ……一体誰に刺されるというのか……。


 そんなよく分からない疑問は直ぐに俺の頭から消えたのだった。

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