幕間 神と監視者①

 普通の人間ならば長時間居れば気が狂ってしまいそうな程白く、たった一つの机と椅子とその主以外何も存在しない空間にカリカリと何かを書き記す音だけか響いている。


「______まーだ、やってんですカ」


「……エルですか。随分と、久しいですね」


「まぁ、下界向こうでもそりなりに仕事がありますしネ。一応、定期報告は送ってるし問題ないでショ?」


「それはそうなんですけど……」


 久方振りの再会といえど、来訪者であるフードの女性は特に何を懐かしむ素振りすらない。この部屋の主であり、彼女の上司であるゼロはそんな部下をなんとも言えない顔で見ると、少しだけ寂しそうな顔で笑って見せた。


「そもそも、呼ばれないのに来るわけないじゃないですカ。主様は意外と寂しがり屋なのは分かってるッスケド、アクション取ってくれないとこっちは動きにくいんですヨ」


「べ、別に寂しがってはいませんが……。……と。ところで、本当に呼んだら来てくれるんですか?」


「主様やっぱ引きこもり拗らせてません?」


「……そんな事は、ありません、よ?」


 仕事ばかりしている性で他人との関わりが圧倒的に少なくなり、段々とコミュニケーション力に問題が現れてきた自分の上司を呆れた目で見つつ、来訪者は本来の目的を果たすことにした。


「それより、今回の議題は『勇者』ですヨ。どっかの国が馬鹿やった性で他の国も召喚せざるを得なくなりましたケド、大丈夫なんですカ?」


「……その件はあまり話せませんよ?」


「『問題ないか?』くらいならにも引っかかりませんヨ。流石に具体的な対策内容はアウトですガ」


 自分達を縛っているルールと言う名のしがらみを意識しつつ、ギリギリを攻めるしかない彼女たちはこうした普通の会話さえにも神経を使う。だからこそ、訪問者であるフードの彼女は出来るだけ接触を控えているとも言える。


は取ってますよ」


「……なら、いいでス。まっ、こっちでも多少の手助けは出来ますし、そこまで心配する必要はないと思いますけどネ」


「……やっぱり貴方も向こうで動いてくれていたんですね。……私が不甲斐ないせいで苦労をかけてごめんなさい」


「いえ、寧ろ主様はよく頑張っている方だと思いますヨ。前々任の管理者なんて三度、世界崩壊させかけてましたカラ」


「アハハ……それは酷いですね」


「一番酷かったのは、寝惚けて大災害を引き起こして全生物皆殺しにした事件ですかね?まぁ、その一件が原因で封印されましたけド」


 そんな酷すぎる話を聞いて、ゼロは絶句する。ひょっとしたら、そこらの神話より酷いなんてものじゃないだろう。


「そんな訳で主様はその調子でぼちぼちやっていて下さい。もし何か以上があったら、直ぐに知らせに来るのデ」


「あっ、折角久しぶり帰ってきたんですから、お茶でもいかがですか?」


 手をヒラヒラと振ってこの場から去ろうとするフードの女性を引き止めたゼロはパチンッと指を鳴らし、二人用の小さいテーブルと椅子を創り出す。


「……私はこれから色々とやらなきゃ行けないことがあるんですガ」


「……駄目ですか?」


「はぁ……」


 女神の上目遣いは同性の相手であっても破壊力は抜群なのか、それとも自分以外とは気を抜いて喋れない自身の主を哀れんだのか、フードの女性は諦めるようにして席に着く。それを見て、嬉しそうに微笑んだゼロはもう一度指を鳴らし、ティーカップと紅茶をテーブルのに創り出した。


「貴方が下界の調査に出向いてもう三十年位ですかね?時が経つのは本当に早いですね」


「……主様、私が地上に出向いて百年以上は経ってますヨ?遊びにも行かず、引きこもって仕事ばっかりしてるから時間の感覚バグってるんじゃないですカ?」


 懐かしむように言ったゼロにフードの女性が呆れナガハそう返す。神やその配下である彼女達には年月などはそこまで重要ではないが、世界の管理と言う役目を背負っている人物の体内時計が狂っているのは余り良くない。


「えっ……そんなに経ってましたっけ?」


「えぇ。主様は他の世界の担当もしてるみたいですし、感覚がおかしくなるのは仕方ないかも知れませんガ、もうちょっと休みましょうヨ」


 呆けたような表情で固まるゼロを見て、加減を知らずに働き続ける自身の主に休息を取るように進める


「偶には外に遊びに行ったら良いんですヨ。引きこもって見下ろしてるだけじゃ、分からない事だってありますヨ」


「……魔王の復活と勇者召喚が起きたので、暫く無理ですよ」


「復活する前でも一切外に出てなかったでしョ。前から思ってましたけど主様は仕事しすぎなんですヨ。そんなんだから神界で、友達の一人も出来ないんですよ」


「ゔぇっ」


 フードの女性は、言い訳をして逃げようとしたゼロに容赦なく追い打ちをかける。そんな的確に心を抉る純然たる事実に首を絞められた鴨の様な声を出すゼロ。これが世界の管理者の姿かと疑いたくなるレベルである。


「________あっ、それと一つ聞いておかなきゃ行けないことがあるんですけド」


「……何ですか」


 根暗と言われた事が余程傷ついたのか、いつもより覇気のない返事をするゼロ。


「……マワルをコッチに送って来たのって主様ですよネ?」


「えぇ、そうですよ?」


「……あの子ってってもしかしなくても、『英雄の素質』持ってませんカ?もし持ってるなら向こうの世界が危ないと思うんですけド」

 

『英雄の素質』とは世界が滅びかけた時にその滅びを食い止める為に生まれるとされる、特別な力を持った存在だ。何か一つの突出した才能を持って産まれ、世界を救う者が主にそう呼ばれる。


「______そんなことは無いと思いますよ?彼が生まれた場所は平和ですし、第一、私は見過ごしません」


本気マジですカ……。なら、素であの豪運持ってるってことですか?化け物にも程があるんですけド」


 若干引き気味でそう言ったフードの女性にゼロは苦笑いを返す。残念ながら彼女ももそのステータスを見た一人なのでフォローしてあげることは出来なかった。


「私も初めて見た時は驚きましたよ?でも、何回確認しても素質はないみたいでしたし、何より彼はもっと_____」


「……異質ですか?」


「えぇ」


「………成程。……その顔で少しだけ合点が行きました」


 何がおかしいのか何時もより柔らかな笑顔で、紅茶を運ぶ自らの主を見て、フードの女性はこれまでの行動の殆どの意味を理解した。


「……反撃のつもりですか?」


「いえいえ、あくまで盤上に置いただけですよ。まだルール違反ではありません」


 ゼロは普段はポンコツな部分が顔を見せることがあるが、世界の管理と戦いに関しては誰よりも優秀であり、ソレを最も近くで見ているフードの女性も彼女の選択を疑う様子はない。


「ところで、主様は天界出身私達ですら負けかねない幸運お化けにどんな祝福を授けたんですカ?……今回のを見る限り、一番あげたらいけないものあげてそうなんですけド」


「……。……そんなことないですよ」


 怪訝そうに問いてきたフードの女性にゼロは誤魔化すような笑いと共に頬を掻くと、出来るだけ目を合わせないようにそっぽを向く。


 その様子を見て、自分の予想が当たっていたことを理解した彼女は深い深い溜息と共に額に手を当てた。フードの女性は自分の主は優秀ではあるものの、偶にポンコツが出ることをを理解している。曲がりなりにも何百年と仕えていない。


「……一応聞いてあげます。何をあげたんですか?」


「……。……私が過去に集めていた道具とかスキルとかを景品にしたガチャです」


「______馬鹿じゃないですか!?」


 ゼロが集めていた道具というのは、魔王が現れるずっと前の時代に登場した古代兵器オーパーツなども含まれており、持つべきものが持てば一瞬にして世界を崩壊させることだって可能な代物が多数ある。


 しかも唯の剣であっても、長い間ゼロの神気に触れたことで恐らく女神の加護がついており……その武器であれば魔王の祝福で強化されている相手にも、普通に攻撃が効いてしまう。


「魔王軍の幹部を倒せたら間違いなく勇者扱いで、一生安泰でしょうけド……もしあの技術が広まって世界が滅んだら主様のせいですからネ」


「それについては平気だと思いますけど……魔王軍幹部を倒してしまうとちょっとだけ面倒なことになっちゃいますね」


「……いや、流石に冗談ですヨ?幾ら幸運値が高いと言ってもそれだけで倒せる程魔王軍の幹部は弱くありませんシ。あと幾ら幸運値が高くても、争いを好まないなら魔王軍幹部と会うことなんてないでしょうシ」


 しかしゼロはその言葉を否定する様に首を振ると、手に持っていたカップをコトリとテーブルにおく。


「彼は戦いを好みませんが、その性格故に厄介事に首を突っ込んでしまうでしょう。それに、彼の住んでいる町は王都を除いて最も安全な町ですが、それ故に何かしら問題を抱えた人達も集まっていますけどね」


「……問題そこが狙いだった癖二」


「さて、何の話でしょう?」


 すっとぼける自身の主を見て、フードの彼女は『性格悪いなぁ』と思ったのだった。

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