第28話
結局、街についた俺は疲れが一気に来たのか気絶してしまい、そのまま治療院に連れていかれた。
その後、丸二日程眠りこけたらしく、相当な負荷を身体にかけてしまっていたのだとか。魔法というファンタジーな力のお陰で、目が覚めた頃には傷も体調も万全になっていたが、それでも様子見のために三日間の入院を余儀なくされた。
折れた腕もそれは綺麗に折られていたらしく、回復魔法で充分だったのだとか。だから怪我自体はそれほど酷く泣く、どちらかと言うと、スキルを使いすぎた性で魔力が完全に尽きてしまっていた事の方が余っ程問題だったらしい。
元が異世界人だったからなのかは知らないが、普通の人間は魔力を完全に使い切るという事は不可能らしく、強制的に魔力を吸い出す魔法でも使わない限り、身体の中にある魔力の門が扉を勝手に閉めてしまうのだとか。
そんな殆どの人が持つリミッターを持っていない俺は、魔力が尽きようと、門が開きっぱなしになり、それはもう酷いことになってしまっていたらしい。魔力を譲渡しながら、門を人為的に閉じることで事なきを得たと言う感じだ、
「______というわけで折れた腕は治ったんだが、暫くは安静にしないといけないんだ」
「寧ろあの者を相手にそれだけで済んだのが幸運ですよ」
俺は現在、孤児院の庭に生えている木にハルと二人でもたれかかりながら、俺が居なくなった後のの話を教えてもらっていた。
因みにシスターは前回の戦いで逃げ出したオークの掃討依頼を受けているためこの場には居ない。……あの人、本当に働き者だなぁ。魔王軍幹部達による工作だったので、シスターの性とは言い難いのだが、やはり見逃していた責任はあるのだろう。
横に居るハルも結構な働き者なので、それに着いていくのかと思っていたのだが、病み上がりの俺が心配なので側に居てくれるとのことだ。俺の弟くらい優しい。
まぁ、俺は退院してからリハビリ代わりにバリバリ働くつもりだったのだが、リアさんとギルドマスターに
「「休め(みなさい)」」
と呆れと侮蔑の目を向けられたので休養も兼ねて、孤児院の依頼を受けたのだ。二人はそれに対して何とも言えない様な表情をしていたが、特に何も言わず送り出してくれた。
「んで、洞窟の方はどうなったんだ?」
「洞窟の方はオークの大群以外に魔王軍の幹部が居た所為で危うく全滅しかけたらしいですが、シスター殿の援軍のお陰で相手の指揮系統が崩れ、戦線は崩壊。何とか死者を出さずに済んだみたいです。……マワル殿はこうなる事が分かっていたのですよね?」
「普通に考えた結果そうなるんじゃないかと思っただけだ」
俺は確認するように聞いてきたハルに唯の予測に過ぎなかったと念を置きつつ、シスターを援軍として送った理由を解説する。
戦いのあったあの日、援軍にシスターを送ったのはハルがダメージを負っていたから、と言う理由だけではない。結局、ハルが怪我をしていようが、シスターが怪我をしていようが、ポーションを使ってでもシスターには洞窟への援軍に行って貰うつもりだった。
「……普通に考えて、毎日毎日あんなに大量のオークを狩ってたんだ。
まぁ、オークが逃げ出すと分かっていたからこそ、リアさんはシスターを洞窟班に配置しなかったんだろうが。……死人が出るよりマシだし、現在進行系で残党を狩りに行って貰っているので許してほしい。
「確かにシスター殿の戦いっぷりは印象に残りますね」
ハルは俺のその言葉に苦笑すると、戦闘中のシスターを思い出したのか一人納得していた。ハルは俺と違って戦闘中のシスターを知ってるから、逃げ出したオーク達に何処か共感する部分があったのだろう。
「てか、魔王軍幹部出現とか言う明らかな負けイベントでよく死人が出なかったな」
加えてオークキングなどの上位種もいたはずだ。リアさんの予想では、金目当てで無策で前線に出た新人は何人か死ぬと思っていたらしい。
「上位ランクの冒険者の皆様が死力を尽くして低ランクの冒険者を守ったらしいです。中でも、フロスト殿の活躍は凄まじく、シスター殿が来て混乱してる敵軍の間を縫い、上位種やオークキングの首を次々に跳ね飛ばし、最後には魔王軍幹部の右腕も落としたのだとか」
「うわぁ……。確かに強いとは聞いてたけど半端ないな」
「後、あの群れの上位種たちは魔王の持つ能力によって半ば強引に強化されていたらしく、本来の強さより数割か劣っていたそうです」
数割か……シスターの強さならが気付かなったのも確かにしょうがないのかもしれない。それにしても、相手が多少弱体化されてたとはいえ、そこまで戦えるとは流石はフロストの兄貴だ。
状況にもよるが実力的にはシスターより上とは教えてもらっていたが、改めて戦績を聞くと辺境最強と言われている理由が分かる。
そのフロスト兄貴をギルドマスターは素手で倒せるらしい。……前回の戦いを見て感じたけど、あの人だけ世界違うくないか?まごう事なき化け物なんだけど。
「……俺の方は色々魔道具とか使ったのに擦り傷位しか与えられてなかったってのに。……命あるだけマシだけど、どう考えても赤字だ……」
「赤字、ですか。……その、今は無理ですがいつか必ず返しますので……」
「ん……?_____あっ、違うぞ!?ハルの性で赤字だとか言う意味じゃなくてだなっ!?」
神妙な顔をしたハルをみて、自分の発言振り返った俺は、慌てて補足をする。
あんな言い方をされれば、ハルみたいな義理堅い性格の持ち主は自分のせいだと思ってしまうのも仕方がない。俺が助けたいと思ったから使っただけであって、それに対してハルが責任を感じる必要はない。
「俺が言ってるのは、どうせノーダメージで切り抜けられるのなら、もうちょっと頭を使った逃げ方をすれば良かったって話だよ。……ぶっちゃけ、もっと上手くやれた部分あったしな」
逃げる際に使ったトラップ達は非常に貴重な物で、あれだけの為にポイントを大量に消費したのだ。罠にハマれば、毒や身体能力低下等、様々な効果を期待出来る筈だった。しかし、エリザ自体が状態異常を無効するタイプの相手だったらしく、全てのトラップは総じて無駄だったという事になる。
だから、『勿体ない』。使う相手を間違えた。という話だ。
「せめて、ちょっとくらいダメージ食らってくれたら、あんな怖い思いしなくて済んだんだけど」
あの不意打ち爆破を避けたエリザが頭に浮かび、気分が凄く憂鬱になった。二度と会いたくはないが、あのタイプは気に入ったモノを簡単に諦めるないだろう。そうなると俺は暫く狙われてしまうのは確実だ。
顔を想像するだけで萎れた青菜みたいになりそうだ。しかし唯一の救いは、魔王軍全体に狙われているのではなく、あくまで俺を狙っているのが、エリザだけであると言う事。……エリザが俺のことを詳しく報告していれば狙われるかもしれ_______あっ、待てよ。直接的な貢献度は低いにせよ、作戦が失敗したのは俺が発端ではあるよな?どう考えても報告されてそうだ。
まっ、まぁ、この街にはギルドマスター含む強強冒険者たちがいるし俺をぶち殺す為だけに攻めてきたりは……しないよね?
「その、申し訳ありませんでした……。肝心な時に、役に立てず」
俺が一寸先は闇と言わんばかりに真っ暗な自分の未来に項垂れると、そんな俺を見て何か責任を感じたのか再び落ち込んだ表情で謝ってくる。……何処にも謝る必要なんてないのに、自分が悪いと言わんばかりの顔だ。
「何言ってんだよ。ハルが居なきゃ俺は多分此処に居ないぞ?お前が全力で援軍を呼びに行ってくれたから、俺も皆も死なずに済んだ」
「ですが、私は幹部相手に何も出来ず……」
「あんな化け物一人でどうにか出来る方がどうかしてるぞ。それにギルドマスター曰く、魔王本人やその直属の部下の幹部は、魔王から与えられる祝福の影響で勇者以外は倒せないらしいからな。実際、ギルドマスターでも彼奴を仕留め切るのはほぼ不可能らしいしな」
明らかなチート能力だが、そんな相手に立ち向かった時点で十分胸を張っていいと思う。俺なんて勇気出しても逃げ一択だったんだぞ。
「しかし……」
俺の言葉を聞いてもなお、暗い表情のままのハルに、一つお願いをすることにした。
「まぁ、それでも気にするって言うなら、これからも調査依頼こなす時に護衛頼む」
「拙者が、ですか?……しかし、私ごときではまた奴の様な存在が来た際にマワル殿を守り切れるかどうか……」
……そんな日常的にあのレベルが襲ってくるとか俺嫌だよ。てか、あのレベルが襲ってくるなら、最早誰だろうと関係ない。
「……言っとくけど、俺がこの世界で一番信頼してるのお前だからな?」
「え!?」
……そんな驚くような事でもないだろうに。
「基本的にお人好しだし、責任感強いし、俺と同年代なのに凄い強いだろ。どんだけ努力したかは知らないけど……見てれば俺には想像出来ないくらい、頑張ってるって事くらいは分かる……偶によく分からん所でドジするのはいただけないけどな」
「う……」
覚えがあるのか、苦い顔するハルに俺は言葉を続ける。
「俺は自分の命を預ける相手を一人選べって言われたらお前を選ぶ。あの時、お前に援軍を呼びに行って貰ったのも、お前が間に合わなくて死ぬなら『しょうがない』って思えたからだ」
「_______っ!」
俺の見てきたハルはいつも笑顔で、与えられた手を抜かず全力で仕事をこなし、そして日々の訓練も欠かさない、とても努力家で勤勉な『剣士』だ。
あんな風に強くなりたいと憧れる程に、俺は彼女を尊敬している。
「……だから、そんなに自分卑下しないでくれ。そんなに自分を下げられると、お前を尊敬してる俺はそれこそミジンコ以下になる。頼むから、ただひたすらに努力をしてきた自分を誇ってくれ。そうでなきゃ俺はその……悔しくてたまらない」
……俺が守りたいと思ったのは、そんな落ち込んで沈んだ顔じゃない。一緒に冒険をしていた時に見せる、本当に楽しそうな顔や、鍛錬をしている時に見せるただただ凛々しく美しい横顔こそを、俺は守りたいと思ったのだ。
ハルの笑顔や、孤児院の子供達の笑顔、そして町の皆を失いたくないと強く思ったからこそ、俺は命を賭けて逃げ回ったのだ。
「だから、そんな泣きそうな顔をしないでくれ。俺はそんな顔じゃなくて、ハ______いや、皆の笑顔を守りたいって思ったからこそ、命を賭けたんだ」
……今、ハルの笑顔を守りたいとか明らかに痛い発言をしかけた。確かに事実だが俺みたいな奴が言っても、痛くてキモいだけなので慌てて口を噤んだ。
「それなのに隣にいるお前が笑ってくれないのはアレだ……。……悲しいぞ?」
語彙力が無いので、何か最後は締まらなかったがこの言葉は紛れも無い俺の本心だ。ただ、憧れたハルに、俺を受け入れてくれたこの街に報いたくて、無くなって欲しくなくて、必死に足掻いた結果が今なのだ。
隣に座っているハルは、俺のその言葉を聞いて俯いてた顔を上げると、目元を何度か拭い勢い良く立ち上がった。
「__________分かりました!いつまでも女々しく落ち込むのはやめます!」
「……なんで泣いてるかは知らんが、その調子だ」
ハルの目元は若干潤んでおり、涙の跡もある。しかし、泣いた様子はあれど、表情はつい先程のの様な沈鬱な表情ではない。
「改めて_____助けてくださってありがとうございました!」
「あぁ、こっちこそ何度も助けてくれてありがとな。_______んで、これからもよろしく」
「はいッ!!!」
顔を服の袖でゴシゴシともう一度拭ったハルは何時ものような、屈託の無い顔で破顔した。その笑顔はきっとこの世界で過ごし、得てきたモノの中で何よりも得難い尊いものだった。
その笑顔だけで俺が命を賭けた意味はあったのだと思える。……全く、命を賭けて、得た報酬が『住民の命』と『街』と『美少女の笑顔』とは。……うん、悪くない。寧ろ、貰いすぎなくらいだ。
俺は目の前にいるハルにつられて笑顔を返すと、差し伸べてられた細い手を取って立ち上がる。
「_______マワル、話終わったのかー?」
いつの間にやら近くにリクやシルなど孤児院の子供たちがいた。話が終わったタイミングで来たと言うことは、ずっと待っていてくれていたのだろう。
「あぁ、話はたった今終わったぞ。……ところで、何でシルはそんなに俺達のこと睨んでくるんだ?」
何だか俺とハルの方をジッと見てくるので、何だか凄く居心地が悪い。何故シルがそんな目をしているのか分からない俺とハルは互いに目を合わせた後、首を傾げる。
「はぁ……何でもない」
その様子を見たシルはやがて諦めたように溜息を吐くと、トテトテと俺の左隣に陣取った。
「……マワルはたらし。……ちゃんと自覚してた方がいい」
「たらしって……お前はやっぱませてるなぁ。おい、ハル何とか言ってやってくれ」
「あははは……」
……なんでそこで苦笑いするのか分かんないんですけど。てか、何でハルの顔は若干紅くなってるんだろう?もしかして熱でも出ているのだろうか?
そんな事を馬鹿な俺がずっと考えていると、シルが両手で俺の手をギュッと握る。
「……ハルばっかりずるい」
「……あぁ、そう言うこと」
小さい子供とはいえ、ここまで好かれるとやっぱ嬉しいな。……もうちょい成長したら悪態付いてきたりするんだろか?何か物悲しいな。
それにしても、先程手を差し伸べられた時からずっとハルの手を握りっぱなしだったのか。会長のせいでつい癖づいていたが、握りっぱなしなのはやっぱおかしいよな。
凄く気持ち悪いことをしていた自分に嫌悪感が沸いてきたが出来るだけ平静を装う。……早く離さなければ俺のハートが持たない。しかし、慌てて手を離すと余計にキモさが増してしまう。童貞でもそれぐらいは分かるのだ。ここは慎重に丁寧に。
「わ、わ悪いな、ハル。すぐに離す______」
俺が震えながら手を離そうとしたところ、俺の右手が少しだけ強く握り直される。
「_____大丈夫、です。……もう、暫く、このままでお願いします……」
「いや、あの……」
「……は、はい……」
「……なんでもない」
ハルが先程よりも顔を紅く染めながら、俺の腕を抱き寄せるようにして引き寄せた。柔らかな胸の感触と鼻孔をくすぐる花の様な甘い香りが俺を襲う。本人に悪気は無いと思うが、中々に不味い。免疫のない俺ではナニがアレしちゃう。
「なぁ、二人とも早く離れてくれないと夕飯の支度が_____」
「……ハルはさっきまで満喫したでしょ。……早く離れて」
「拙者は護衛ですから、マワル殿を隣で守る義務があるんです!分かったら子供は向こうで遊んで来てください!」
俺を挟んで両サイドでガヤガヤと喚く二人。……ハルよ、自分より五つ位下の奴と喧嘩してどうする……。
「マワル、モテモテだな!」
「……全然嬉しくねぇ……」
外野だからか無邪気にそう言ったリクに悪態を吐くと、その隣にいるリンに助けを求める視線を送る。
「……」
「私じゃ無理だから、自然に止まるの待つしかないよ?」
あっさりと見離された俺は二人の喧騒の間で大きく溜息を吐くと、現実から逃げる様に空を見上げる。そこにはいつも通り青空が広がっている。そして、俺は空の一番高い所に居るであろう存在に助けを求める。
「………」
暫く祈るようにして空を見上げるが、残念ながら誰よりも優しく、誰よりも厳しいあの女神様は、今回は助けてくれないようで、天からのお告げは来ない。
「_____はぁ、締まらないなぁ……」
思わず呟いたその言葉は両サイドの声に掻き消され、誰の耳にも入る事はなかった。
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