第27話

「ぐええ、ぺっ……。威力強すぎますってゼロ様ぁ……」


 俺は口に入った土を地面に吐き捨て、額から流れ出る血を手で拭う。恐らく、爆風だけで吹き飛ばされた際に何かに掠ったのだろう。


「うわっ、ヤバいな……」


 爆発の中心地まで行くと、先程まで俺達がいた場所にそこそこのクレーターの様なものが出来ている。


 爆風だけであの威力だ。仕掛けていた爆弾の直上に立っていたアイツは無事では済まないだろう。


 俺に至ってはレベルアップによって、身体が多少強化されていなければ、爆風だけでお亡くなりになっていた可能性しかない。今だって、なんでこんな軽傷なのか、俺自身も理解できない。


 なんにせよ、最後の予防線に過ぎなかったこのトラップが成功して良かった。


 このトラップは女幹部から逃げると決めた時に事前に仕掛けていたもので、奴が俺の誘導に乗ってきていなければ、お披露目すらされなかったであろう物だ。予想外の蹴りを食らわされた際には少し焦ったが、偶然トラップのある方向に吹っ飛ばされたので作戦にはそこまで支障が出なかったのが幸いだ。


 ドッと疲れが出てきたが、此処で倒れる訳には行かない。


「誰かー!助けてー!」


 残る力で叫んでみるが、吹き抜ける風の音しか聞こえなかった。うん、現実はそんなに甘くないよね。


「かと言って、もう一歩も動けないし……大人しく助けが来るまで待つしかな______」


「_______危ない危ない、久し振りに死んじゃうかと思ったわ、よ?」


 一息着こうと目を瞑った瞬間に一番聞きたくない声が真正面から聞こえた。


「……何であの爆発で生きてるんだよお前」


 ビビった、なんてもんじゃない。普通にチビりそうだったし悲鳴をあげなかっただけでも賞賛に値するレベルだ。


「あんなに焦ったのは久しぶりだった、わ?あと少しでも避けるのが遅れていたら、危なかったかもしれないわ、ね」


「因みになんだけど……命乞いとか受け付けてる?」


「残念だけど、貴方のせいで作戦の殆どが瓦解してる、の。此処で首を持っていかなかったら、兵士達に示しがつかない、わ」


 そりゃそうだよな。あんな殺意マシマシな罠を仕掛けといて、俺の命だけは助けて下さいとか、都合が良すぎる。まぁ、そんなことは分かっているので、先程の台詞は『言ってみただけ』に過ぎない。


「さて、それじゃあ楽しい鬼ごっこもそろそろ閉幕と行きましょう、か」


 そう言って、服の土埃を手で払った女幹部を見て、俺は自身の二度目の死期を悟る。あの攻撃でその程度の土埃とか……どうやって勝てばいいんだよ。


「痛くないように一太刀で優しく、撫でる様に首を落としてあげ、る」


「えっ、俺晒し首にされんの?」


「保存魔法をかけるから大丈夫、よ?晒した後は私の部屋でずっと大事に保管するし」


「何が大丈夫なのか一ミリも分かんないんだけど」


「大丈夫、そのうち分かる、わ?」


「死んだら分かりようがねぇよ!!!」


 人の死体を大事に自室に保管するとか、俺には到底理解出来ない。サイコパスの考える事が理解出来る日が俺に来るとは思いたくもないが、今世に至っては理解する前に死ねる……というか、そもそも明日が無いから知ることは絶対にない。


「大丈夫、ずっと一緒、よ?」


「おい、待て話し合おう!俺、もうクタクタで動けないから!いや、マジで見逃して下さいお願いします!何言ってるかわかんないと思うけど、俺つい最近一回死んだばっかりだから、暫くは遠慮______」


 怖い事を言いながら近づいてくる女幹部になりふり構わず命乞いを繰り返してみるが、その歩みが止まることは無い。


 ……どうせ最後なら、肝心な時に居ないあの人へ悪態ついても許されるんじゃね?


「それじゃあ、サヨナラ、ね?」


 うん、多分いいよな。いや、どうせ死ぬなら、今度こそは言いたいこと全部言ってから死にたい。


 思い出すのは援軍としてここに来るはずだった一人のロリババア。その人は俺がこの世界で出会った人の中で、一番の強者であり、一番「コイツ、殴りてぇ!」と思った人物でもある。


 そもそもあの人がさっさと街に帰ってきていれば、貧弱な俺がオークの駆除に駆り出されることもなかったし、今回の作戦に俺が同伴させられることもなかっただろう。


 ……何か、今思い出したらあのロリババア全然仕事してないじゃん。いや、途方に暮れてた俺を拾ってくれたし、あんま悪口言いたくないけどさ、リアさんが冒険者ギルド辞めたら、あのギルド潰れるぞ。


 なんか、腹の奥の方に熱が生じていくのがわかる。その熱はゆっくりと喉元まで上がってくると、俺の意思と同調して、自分の想像よりも遥かに大きな咆哮として辺りに響く。


「_________鬼、化け物、リアさんのヒモ!早く助けに来いや!もしくは仕事しろよ、あのロリババアぁぁぁぁぁ!!!」


 久しぶりに全力で声を出した俺は、振り下ろされる凶刃に目を瞑る。よし、ちょっとすっきりしたぞ!


 啖呵切ったり、勝ちを確信したりしてたのに逃げきれないとか凄くダサいが最後はすっきり終われたし、及第点としよう。あの心地よい街が俺の命一つで救えたのなら言うほど悔いはない。


 ……誰かを救って、自分が死ぬとか前回と何も変わってない。俺の偽善的な性根は文字通り死んでも治らかったらしい。今度こそは俺も生き残ってやろうと思ったんだけどな。いやはや、人生はそんなに上手くいかないな。


 来世ではもうちょっと自分の命を大切にしよう。


 ……。


 ………それにしてもいつまで経っても痛みが来ないな。


 死の恐怖から逃れるため、あらゆる情報を遮断していた俺は恐る恐る瞼を開く。


 ________すると、そこには身の丈に合わない様な赫く輝く大剣で女幹部の攻撃を防ぎながら、獰猛な笑みを浮かべる赤髪の幼女がいた。


「______よう、無事か?」


「……無事なわけないでしょうが。腕も折れてるし、体全体も重いし。どう考えても重症ですよ」


「よし、実質無傷だな」


「どんな判断基準してんだアンタ!!?」


 腕が折れるのがその程度とか……擦り傷と勘違いしてない?価値観バグってるよ。


「あら、随分と強そうな援軍が来てしまったわね……!」


「お前がアタシのモンに手を出そうとした、大馬鹿野郎か?」


「もしかして、俺のこと言ってる?俺、ギルドマスターのものになったつもりないんですけど」


「普段なら八つ裂きなんだが、今日はめでたい日だからなぁ!その首置いてくだけで許してやるよ!!!」


「聞いてないよ、この人……」


 俺の発言を無視しながら、処刑宣告をするギルドマスター。その小さな背中がとても大きく見える。流石、ギルドマスター、格好良いぜ!!!


 ……さっき暴言吐いてなかったかって?はて、気の所為では?


 ギルドマスターが一歩踏み出すと、凄まじい熱波が辺りを侵食する。それを受けて、連撃を繰り返していた女幹部が大きく後ろに飛び後退する。


「武器、が……!」


 一度も余裕の笑みを絶やさなかった、女幹部が初めて焦りの表情を浮かべ、じんわりと浮かんだ汗を拭う。その手に握られた武器を見ると、熱によって刃が赫く変色し、形が大きく変形しているのが分かる。


 ……どんな原理だよ。


「おいおい、まだアタシは攻撃すらしてねぇぞ?ちょっと位根性_____おっ、そういや」


 困惑している俺と女幹部を他所に、ふと何かを思い出したのか、大剣を肩に担いで俺の方へと近寄ってくるギルドマスター。


「_____魔王軍の幹部相手にここまで粘るとは、期待以上だったぞ」


「……ありがとうございます」


 ヨシヨシと頭を撫でてくるギルドマスターに対して、俺は何だか凄く照れ臭くて、顔を伏せながら言葉を返す。


「いやぁ、良い拾い物をした。やっぱ人間、善行はするもん______」


 満面の笑みで大剣をトントンと肩に当てていた、ギルドマスターの背後に、何処からか新しい武器を取り出した女幹部が音もなく肉薄する。


「ギルドマスター、後ろ______!」


 またしても何かしらの移動スキルを使ったのか、予備動作すらなくギルドマスターに近付いた女幹部は_____何故か、大きく後ろに吹き飛んでいた。


「______ちっ、真っ二つにしたつもりだったんだがなぁ。……テメェ瞬間移動の他にも面白いスキルを持ってやがるな。しかも、あの攻撃を数撃受け流すとは、流石は魔族、人間離れしてやがる」


 女幹部の右腕が宙を舞い、それを逆の手でキャッチした女幹部は実に愉しそうに笑う。


「そんな魔族より、よっぽど強い貴女に言われたくは無い、わね。殆ど予備動作のないあの攻撃に対して、七回も追撃してくるなんて、ね?」 


 ……よく分からないけど、お互いがお互いを賞賛しあっている。因みに、さっきの目にも止まらぬ攻防による風圧と熱波は俺にも届いてるんだけど、余波で死んだりしないよね?


「さっさと傷を治せ。アタシが油断したところを不意打ちしたいんだろうが、お前らの力なんて昔から知ってんだよ」


「あら……残、念」


 女幹部は退屈そうに、切り飛ばされた腕を傷口に押し付ける。すると、纏わり付くような黒いモヤが女幹部の体を包む。


 そのモヤが晴れる頃には女幹部の切り落とされた腕や切り傷は最初から存在し得なかったかのように完全に再生していた。


 ……さっきから大怪獣バトルを始めるのはやめて欲しい。


「_____どうする、まだやるか?アタシとしては別に相手をしてやっても良いが……」


 そう言って大剣を肩に担いだギルドマスターが不敵に笑う。


「……今回は遠慮しておく、わ?そっちの方が私にとって都合が良さそうだもの、ね?」


「……こっち見んな」


 女幹部はギルドマスターの誘いを拒むと、代わりにこっちに目配せをしてきた。こちらとしては二度と関わりたくないので、残る力で低評価ポーズをしてやった。


「テメェ、今度アタシのモノに手を出したら殺すぞ?」


「残念だけど、他人の物でも欲しければ奪うのが私の流儀なの。まぁ、今回はお預______っ危ない危ない」


 首に向かって振るわれた斬撃を、仰け反って避けた女幹部は、その勢いのままバク転すると俺たちから大きく距離を取る。その直後に女幹部の真後ろにアニメ等でよく見る時空の割れ目のようなモノが現れる。


「それじゃあ今回はここまでにしておきましょう。______魔王軍幹部ライ=エリザの名にかけて必ず貴方マワルを奪いに来るわ」


 その言葉を最後に女幹部_____エリザは割れ目の中へと消えていった。……また、変なのに目をつけられちゃったよ。


「_______所でギルドマスター来るの早かったですね。森の中ですし、もう少し遅くなるかと踏んでたんですけど」


 そう実際のところ、ギルドマスターが間に合うかは五分五分だった。正直、悪態を付きはしたが、王都から帰路に着いていたとしても到底間に合う距離ではなかったのだ。


「誰かさんが盛大に爆発を起こしてくれたからな」


 ギルドマスターはそう言いながら俺をお姫様抱っこで持ち上げる。まぁ、その効果も期待してこれを最後の罠に選んではいたが______えっ、待って?俺またお姫様抱っこされてない?体痛くて抵抗できな……前も抵抗できてなかったわ。


 しょうがないので、抵抗せずに現状を受け入れていると、ふと思い出したかのようにギルドマスターがジロリと俺を睨む。


「そう言えば、お前を助ける直前に『鬼』やら『化け物』やら、『ロリババア』やら叫んでいた様な気がするんだが……」


「……アッハハハ!そんな酷いことを言う部下が居るわけないじゃないですか!ギルドマスターはナイスボ______イダァ!?」


 問答無用で俺の頭に頭突きをするギルドマスター。クソッ、さすがに聞かれてたか!


「折角部下を案じて本気で走ってきてやったのによォ?酷でぇ部下が居たもんだよなぁ?アタシはまだ四百歳だぞ?」


「四百!?やっぱりバb______あっ、ごめんなさい……痛いっ!腕折れてるんですってば!」


「……」


「無視かよ!やっぱ、歳で耳逝ってんじゃねぇ_______」


 ________バキィッ!!!(ギルドマスターが握った木の幹が千切り取られる音)


「……何てのはちょっとしたジョークですって。いやぁ、ギルドマスターはいつ見てもお若いですね!まるで幼き日から変わらぬア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」


「……お前は時々馬鹿が出るなぁ。よし、このまま街行くから暫く反省してろ」


 無慈悲な声と共に、俺の腕に走っている激痛が暫く続くことが伝えられる。


「アンタやっぱり鬼じゃねえか!誰か助けてぇ!!!」


 残念ながら、そんな俺の悲痛な叫びは、先程とは打って変わって静かな森の中へと吸い込まれて行ったのだった。

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