第25話
走る。とにかく走る。
見てくれなんて気にしてる暇は無く、どれだけ無様を晒そうが、少しでも洞窟から離れるように走り続ける。走っている場所が鬱蒼とした森のお陰か、奴の姿は見えない。
逃げ切った、なんて甘い希望にすがれるほど、俺の頭は幸せに出来ていない。きっと俺が今何とか逃げれているのは、スキル【逃げ足補正】から【逃走】へと格上げされているからだ。因みに巻けていないという結論に確証があるのは、何を隠そう進化した【逃走】スキルの効果が消えていないからである。
ゼロ様から教えてもらった情報では、あの女幹部は暗殺や奇襲などを得意とするタイプらしいので、直接戦闘はあまり得意とするところでは無いとのことだ。一人でハルとシスターを圧倒している時点で俺からすれば、十分化け物だけどな。
こちらとらオークにも正面からだとボロ負けなんだよ!ゴブリンですら大量に来られたらボロ負けだぞ!
「見つけた、わ」
「______速ぇよぉぉぉっ!!!」
自分の弱さを内心で卑下していると、女幹部がナチュラルに並走してきた。……速すぎないですかねぇ!俺を直線的に追い掛けて来てたのなら、ガチャから出たトラップに絶対引っかかると思うんだけど。
おっと、この様子だと全然ひかかってくれなかったみたいですね!落とし穴作成の魔道具とか引っかかると身体能力が下がるポーションが出てくる罠とか仕掛けたんだけど。
「______って、アンタ何か泥だらけじゃないか?」
「……気の所為、よ」
前に回り込まれた為立ち止まったのだが、女幹部の姿を見てみると、体のあちこちに泥がついていた。と言うか、あちこち服が裂けてたりしている。
「アンタ、もしかしなくても罠に……」
「かかってない」
「いや、でも何か明らかにおかしいというか……。普通罠にかからなかったら、そんな事にはならないというか……」
「証拠はあるのかし、ら?」
……意外とこの闘い、俺にも勝ち筋があるかもしれない。コイツが罠にかかる理由が気になるところではある_____が今は逃げることが優先だ。
俺は【アイテムボックス】から手の平サイズの球体を取り出すと地面に投げつける。それは地面に叩きつけられると共に辺りに白い煙を漂わせた。
「____煙幕……随分と準備が良いのね」
「アンタの視界に映ってる限りは【潜伏】スキルが使えないんでね」
【潜伏】スキルは優秀ではあるが、発動条件が中々に厳しい。まず、隠れたい相手に視認されている時は発動出来ないし、隠れる為の遮蔽に触れていなければならない。あと、走ったりする時は潜伏スキルは使えないし、敵と相対している時も使えない。隠れる時は凄く有用だが一刻も早く街から遠ざからなければいけない俺からすれば絶妙に噛み合っていない。
だが、敵から逃れる為にこれ程有用なスキルもない。幸いにも此処は森の中で遮蔽は山ほどある。つまり、煙幕で相手の視界を遮るだけで戦線から離脱することが可能ということだ。
「_____良いわ、良いわ、よ?貴方は捕まえたら、私のペットにしてあげる、わ」
煙幕で視界を塞がれた女幹部からはさきほどまでの間抜けな雰囲気は消え、胃の底から冷え込む様な声音で嗤った。本当に発言と言い性能と言い、恐怖でしかないがここで易々と諦める訳には行かない。
_____俺はもっと怖い台詞を言いながら近付いてきた存在を知っている。……何故か彼女の台詞を鼻で笑える俺はきっとおかしい。でも、俺を底冷えする恐怖に陥れた会長はもっとおかしい。
でも、だからこそ俺の心はまだ砕けない。あの終わりの見えない地獄の日々が俺の心を強くしたのだ。何を言ってるか分からないと思うけど、日本にいた頃のほうがよっぽど怖かった。
……命の危険もあったし、貞操の危機もあったからね。
女幹部から十分に距離を取った俺は罠を仕掛け始める。仕掛けるのは落とし穴。先程仕掛けた罠と同じく、土の地面に手順通り仕掛けるだけで自動的に落とし穴を作る魔道具だ。
何回も回したのにの関わらず、罠系のアイテムは五個しか出なかった。因みに言うとこの落とし穴で罠はラストで、残り一つはもう他の場所に仕掛けてある。
正直、最後の罠は決まるかは運次第で、そもそもそれ自体は罠と言って良いのかよく分からない。まぁ、最後の命綱として機能してくれれば、心の負担が減るかなー……程度のものだ。
「……そろそろ来るか?……いや、流石にそんなに速くないか」
俺は女幹部が来るであろう方向を見て。そう呟く。街からは十分離れたので、これからは道具を駆使してこの周辺で逃げ回る。……あまり街から離れすぎても、援軍が俺のことを見つけられない可能性がある。そうなったら、街は助かっても俺が助からないとかいう、前世の経験を何も活かしてない惨状になりかねない。
覚悟決めたんなら、自分も含めて全部拾い切らなきゃな。
「______もう鬼ごっこは終わ、り?」
俺が逃げてきた方角から女幹部が追いついて来た……わかっては居たが追いつくまでが早すぎる気がする。本当に能力のスペックが高くて羨ましい限りだ。だが、スペックで及ばないなんて向こうの世界でも同じだった。
その度に俺は頭と運に縋り付いて切り抜けて来たのだ。運とやらが何処まで助けてくれるかは分からないが、今の俺には神様だって付いてる。運のステータスとかカンストしてるだろ。
「今降参するなら、痛い目には合わない、わよ?」
「悪いが、まだゲームは終わってないんでな。残りHPが少なくても、ゼロになるまでは実質ノーダメージなんだよ」
何とか表情に出さない様に機械的に対応する俺とは対照的に女幹部は口角を吊り上げ、嬉しそうに笑うと一歩ずつこちらに近づいてくる。
「嬉しい、わ?私もまだまだ遊び足りないもっ______」
______そう言った彼女は先ほど仕掛けたばかりの落とし穴に引っかかり、最後まで台詞を言えずに俺の視界からフェードアウトしていった。
……いや、あの歩き方なら落ちると思ったけど!
「嘘だろっ……!」
突然の出来事に言葉を失い呆然としていると、女幹部が落とし穴からゾンビの様に這い上がってくる。無言で、だ。その光景は何ともシュールでとても面白い。
「……なにかしら?」
「……クっ……フフッ……。_____なんでもないぞ。」
思わず笑っちゃったがわざとじゃない。わざとじゃないったらわざとじゃない。別に鬱憤晴らしてやろうとか思ったわけじゃない
「……貴方を捕まえたら、もっと恥ずかしい目に合わせてあげ、る」
女幹部はちょっと赤い顔で、物騒なことを言いながら俺の方へと再び近付いてくる。間抜けな様を見れてちょっと鬱憤が晴れてはいたが、同時に気分も少しだけ高揚していたので、深呼吸して冷静になると、【アイテムボックス】から
「______何のつも、り?」
「これは俺の居た世界にある武器だよ。俺みたいな貧弱なやつでも使えるトンデモ兵器で、向こうの世界では許可がある人以外は持つことさえ許されない」
女幹部は俺が何を言っているのか分からないのか、首を傾げる。まぁ、俺が異世界から来た事なんてお前は知らないよな。しかし、だからこそそこに俺のアドバンテージがある。
女幹部に向けているのは黒い引き金が付いた地球が誇る誰でも使えるお手軽兵器の一つ。打てば大抵のものを貫通し、または損傷を与える遠距離武器。
______そう、拳銃である。そして、なんとこの銃、弾がゴム製。つまり、安心安全の非殺傷型だ。だから、相手が明らかに人間の見た目をしてても安心して撃てる。
「へぇ、速く使いなさ______」
「_____バン!」
俺の声と銃声と共に銃弾が発射され、女幹部の眉間に命中する。
頭に不意打ちと言う形でゴム弾を食らった女幹部は、大きく仰け反りバランスを崩すと、先程落ちた落とし穴に再び落ちて行った。
……流石にもう一回落とし穴に落ちるとは思って居なかったが、結果的に良い時間稼ぎになる。
「______じゃあ、鬼ごっこ再開と行こうか」
女幹部が這い上がってくる前にその場から離れる事にした俺は、その場から脱兎のごとく駆け出したのだった。
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