第22話
「……多すぎじゃね?」
オークの巣を茂みから覗いた俺は、調査に来ていた時とは比べ物にならないくらいに溢れかえったオーク達を見て思わずそんな言葉が口から漏れる。いや、入口に突っ立てる見張りと、何やら荷物を運んでいるオークたちだけで軽く五十は超えている。どれくらいの奴らが外に出ているかは分からないが、巣の中にはきっとこれの何倍ものオークが溢れているのだろう。
「そうですね〜、私でもあれを一人で捌くのは骨が折れそうです〜」
「普通出来ないと思います。……お願いですから突っ込まないで下さいね。他のパーティーが指定場所に着くまではこっちもヘイト買う訳にはいかないんですから」
俺達の役目は二つあり、他のパーティーが指定場所に着いた際に、回線の合図として洞窟前の見張りに奇襲を仕掛けること。その後は周辺に居るオークの掃討。
他には援護兵の様な役割もあるが、それは手が足りないと判断した時のみの役割だし、洞窟内には過剰と言っていいほどの戦力を投入しているので、俺たちが洞窟内に入る事はほぼ確実にないといえる。
「……そろそろ指定位置に着いたみたいですね。______それじゃあ始めましょうか」
俺は向かい側にある林が左右に揺れたのを確認すると、ポーチから投げナイフと煙幕を取り出す。
「……一番手前は俺が殺るので、二人は奥にいる奴らからをお願いします」
「了解しました!」
「腕がなります〜!」
武器を抜いて、走り出す準備をした二人を横目に、俺はオークを見据える。
何度か戦闘を経験した筈なのに、相も変わらず手の震えが止まらない。そう言えば、討伐の時はいつもハルが代わりに息の根を止めてくれてったんだった。改めてハルに感謝の念が湧いてくるが、今はそんな彼女に頼り甘えることは許されない。
今日はいつもと違って俺が先手を取り二人を助けなければならない。しくっても、あの二人なら何とかカバーしてくれるだろうし、そうなった場合の段取りもキチンと話し合ったのだから、何も心配入らない。
あと必要なのはほんの少しの勇気だけだ。
俺は大きく息を吸い込むと軽く震える右手を余った左手で青アザが出来るのではないかと思えるほどの力で掴む。
「_______行きます」
大きく息を吐いた俺は、少しだけ震えが緩まった右手で投げナイフをグッと握ると、そのまま見張りのオークに向かって投げる。
「____ブルッ!?」
スキルの恩恵のおかげか、俺の投擲したナイフはそのままオークの喉元に突き刺さった。オークは油断していたのか、何とか喉からの出血を止めようともがいていたが、やがて地面に倒れ伏し、地面に倒れる。
「煙幕行きます!」
他の見張りがオークが地面に倒れた音に耳をピクピクと動かしたので、奴らに気付く前に間髪入れず入口付近に煙幕を投げ込む。
同時に周囲に潜んでいた他のパーティーの魔法使いが、手早い詠唱と共に【
その呪文を合図に俺の横にいた二人と軽装の近接職の冒険者が数人、全速力で茂みから飛び出す。目にも止まらぬ速さで飛び込んだ冒険者たちの目元には煙幕の中でも敵が視認できるゴーグル型の魔道具を装備して貰っているので、煙幕の中で混乱しているオーク達を次々と討伐している。
……流石、Bランク冒険者とBランクに匹敵するとされる冒険者だ。……あの二人だけで三十体倒してるぞ。
見張りが全滅した事を確認した他の冒険者たちが一斉に茂みから飛び出し、洞窟内へと駆け込んでいく。我先にと駆け出すパーティーの中で一番手を走るのは長い槍を背中に背負ったフロストの兄貴のパーティーだった。兄貴は洞窟に入る前にチラリとこちらを見て、グッと親指を立てて腕を掲げると意気揚々と乗り込んで行った。
その激励に似た何かを受け取った俺は力無くそれに手を振り返す。
「よし、それじゃあ周りにいるオークの掃討に向かいましょうか」
「マワル殿、大丈夫ですか?顔色がその……あまり優れないようですが……」
「大丈夫だ。さっさと行かないと、こっちの洞窟の現状に他のオーク達に勘づかれるかもしれない。休んでる暇なんてない」
胃液が喉元まで逆流してきたのを既のところで堪えながら、オークの探索に向けてこの場を離れようとする。この場から離れれば少しくらい楽に_____
「_____却下です〜」
「______ぐえっ!?」
俺の着ている服の襟元を掴んで後ろに引っ張ったシスターが、そのまま理解出来ないレベルの力で俺を地面へと寝かせる。
「【
「……外のオークを早く倒しておいた方が万が一の時に直ぐに援護に迎えます。なら、それに備えて動いておいた方が____あいてっ!」
俺はいきなりの脳天チョップに戸惑いながら、ちらりとシスターを見る。するとシスターはちょっとだけ眉を下げて、子供を叱り付けるように指を立てた。
「そんな顔してる人の援護なんて何の役にもたちませんよ〜。そもそもマワル君は弱いんですから、後のことを考えるより今の事に一生懸命になってた方がいいですよ〜。それとどうせ援護に行くのなら、元気な人の援護の方が状況も変わりやすいです〜」
まるでダメな子に言い聞かせる様にそう言ったシスターは自分の服に着いた土をパンパンと払うと、いつも通りの朗らかな笑みを浮かべながら俺を安心させるかのようにそう言った
「はぐれのオークは拙者達で倒して来ますから、マワル殿は休んでいてください!」
「いや、それは……」
「こういう時はお言葉に甘えるのが正解ですよ〜。_____それに、今の顔のマワル君は居ない方が良いです〜。正直、そんな状態の人間が居ても指揮が下がるだけですし〜」
「うっ……」
俺はシスターのその言葉に心を抉られ、地面に手を着く。……確かに言う通りだが、こうまではっきり口に出されると心に来る……。ほら見て、ハルもオロオロしてんじゃん。でも、その通り過ぎて何も言い返せないのが辛い。
「まぁ、今は取りあえず休んでいてください〜。ほら、ハルちゃん行きますよ〜」
「あっ、かしこまりました。……マワル殿も気分が落ち着いたら追いついて来て下さい。余り、無理はしないで下さい!」
遠ざかって行く二人の背中をグラグラと揺れる視界で追いかけていた俺は、完全に二人の姿が見えなくなると、堪えていたもの近くの茂みに吐き出した。
「_____うぇ……気持ち悪い……」
朝飯を抜いてきたにも関わらず、溢れてくる胃液を気分がマシになるまで吐き出した俺は、口の中に広がる胃酸の味を水筒に入った水でゆすぐ。
「皆が戦ってるなか、横になってるとか情けないな。うへぇ……気分悪ぃ……」
動かなければならないと分かっているのに、体がその意思に反して地面に倒れ込む。
「……何か眠たい、な……」
別に変な薬を飲んだ覚えは無いのだが、何故か眠たくなってきた。安心した訳でも無く、リラックスしてきた訳でもないのに、抗い難い何かに誘われている様な眠気に襲われる。
誘われるがまま意識が落ちていく。こんな事をしている場合じゃないという、俺の考えとは裏腹に意識は何処までも深い場所へとゆっくりとゆったりと沈んでいく。
「……い、か、なきゃ……」
体を引きずり、立ち上がろうとした記憶を最後に、俺の意識は完全に途絶えたのだった。
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