第15話

「死ぬかと思った……価値観とか、貞操観念とか色んなものが死ぬかと思った……」


「ご、ごめんなさい……そんなに大事になるとは思ってなくて……」


 俺は受付のカウンターに持たれかかりながら、リアさんに今回起こった出来事と、今回の調査結果を報告していた。


「それにしても、よくそんな不運が続きましたね……」


「俺もあんなに不運が続くとは思いませんでしたよ!何ですか、素振りしてて刀折れるって!しかも、良く良く考えたらあの辺りに素振りして刀が当たる位低い木ありませんでしたからね!?」


 いや、ても何で刀があんな綺麗に真っ二つになっただろうか?


「オークは俺の事凄い狙ってくるし、ハルさんは途中で変わりに殿を務めるとか言って、真っ二つの刀でオークに突っ込もうとするし……命幾らあっても足りないんですけど」


 命と俺の大事な貞操が守られたことは大成功と言って良いのではないだろうか?ドタバタしてたけど、暴走したオークを撒いた後に、巣の状況をスケッチしたりと最低限の仕事はしたし、問題ないよね?


「取り敢えず、採取した素材とスケッチ渡しますね」


「ありがとうございます。うわっ、マワル君凄く絵が上手いですね!元の世界で絵でも学んでたんですか!」


「……小さい頃に少しだけ」


「あっ、すみません。あんまり元の世界の話はしたくありませんよね……」


 テンションが何時もより高いリアさんが、俺の顔を見て慌てて口元を手で抑える。


 多分だけど、リアさんは俺が元の世界の事を思い出して、寂寥の念に駆られていると思っているのだろう。言っとくけど、違うよ?無理やり親に習わされた習い事だから思い出したくなかっただけだよ? しかも、習い事の場所で悉くヤバイ奴等に遭遇したんだよなぁ……。マジで思い出したくない。


 ま、まぁ、話したくない話題ではあるので勘違いしたままでいてもらうことにしよう。


「ところで、ハルさんはどうしてさっきからあんなに青い顔をして俯いてるんですか?」


 少し重くなった空気を変えるために、青い顔をしてぐったりと机に倒れ込んでいるハルさんを指差すと、俺より詳しそうなリアさんに聞く。本人に聞く方が良いんだろうけど、完全にダウンしてるし。


「あれは魔力切れですね。あの子の【身体強化】は少し特殊でして、燃費が凄く悪いんですよ。魔力の総量は凄く多いので、よっぽどの事がない限り一日くらいなら持つんですけぉ、本気を出しすぎると直ぐにガス欠になっちゃうんです」


 やっぱり先程の常識離れした動きは、スキルとかステータスが諸に関係してるってことか。俺もガチャで良いスキルを当てれば無双ができるかも知れない。いや、さっきのオークでチビリそうになってたし無理だな。大人しく家でごろ寝でもしておこう。


「あっ、取り敢えず報酬を渡しておきますね。あっちのテーブルに行って、二人で分け合ってください。分け前は……二人で話し合って下さい」


「えっ、一人辺りの報酬が決まってるタイプじゃ無かったですっけ?」


「今回はちょっとだけ色付けたので、上手いこと二人で取り分の話し合いをしてください。これも練習、ですよ?」


 そう言って笑顔のリアさんから銀貨と大銀貨の入った袋を手渡された俺は、それを持って、青ざめた顔で机に倒れ込んでいるハルさんの方へと向買う。


「……ま、マワル殿ですか……先程はどうもご迷惑を……」


 俺が近付いてきたことに気が付いたハルさんが青い顔をしながらも慌てて体を起き上がる。俺はそれを手で制しようとするも、ハルさんは問題ないとばかりに首を振り、体を起こす。


「こうやって無事に帰ってくることが出来たので俺としては問題ないですよ。……まぁ、最後に折れた刀でオークに立ち向かおうとした時は流石にキレそうになりましたけどね」


「うっ……」


「命は一つしかないんだから大切にしてください。死んじゃったらそこで終わりなんですよ?」


「……一番初めに囮になろうとしていたマワル殿にそんな事を言われても説得力がないのですが」


 ……そういや、その通りだったよ!俺、そう言えばさっき囮になろうとしてたんだった!まぁ、俺の場合は一回生き返ってるしな。一回特例で生き返ったんだし、今生の命は大事にしなきゃ行けないのは分かってるんだけど、つい囮になる癖が付いてる。これはもう、前世からの業みたいなもんだな


「_____こほんっ、これが今回の報酬らしいです」


 微妙な空気になってしまったので、一つ咳払いをすると銀貨の入った袋を机の上に置いた。


「こ、これは……只の調査依頼としては破格の額ですね……」


「あっ、やっぱり多いんですね。まぁ、大銀貨も入ってますし予想はしてましたけど」


 危険な依頼はそれに比例して報酬が多い。昨日、今日と依頼書を見ている限り、中堅レベルのランクでも依頼を上手く回せば、あっという間に大金持ちになれるだろう。


 俺?俺は別に大金持ちになりたいとは思ってないし、危険なことは絶対にしたくい。何事も程々が一番だし……それに基本的に俺はお金を使わずに貯蓄する派だから、いずれ目標金額に届くと思う。


 貰えるものは貰っておくけど。


「報酬の分配ですけど……一対九で良いですか?」

 俺が数枚程の銀貨を自分の前に並べたところ、ハルさんが慌てて俺の手を掴む。


「い、幾ら何でも一割は少なすぎます!本来なら護衛役が七割程度を貰うものですが……満足に護衛も出来ませんでしたし、マワル殿が七割を持って行ってください」


「俺は別に気にしてませんよ。今、こうしてこの場所に帰って来れてるのは間違いなくハルさんのおかげですから。さっき壊れた武器の修理費もかかるでしょうし、何だったら八割くらい持っててくれても良いですよ」


「で、出来ません。お金が無いのは拙者の責任ですし、マワル殿が気にすることではありませんから。それに……護衛対象に傷を付けたのに通常通り報酬を貰うのは……」


「一応、俺にとって初めてのクエストですし、ちょっとしたトラブルくらい起きますって。アレは俺が詳しくオークの生態を調べてなかったのにも問題がありますから」


「……い、いえ、拙者は三割で構いません」


 ふむ、なかなか強情だな。別に俺としてはそこまでお金に困ってないので、報酬の分配なんてどうでもいいのだが……一応練習も兼ねてるって言ってたし、もうちょい真面目に考えるか。


「その武器ってどう見ても特注ですよね。修理費、かさむんじゃないですか?」


「それは……うぅ……」


「俺としては此処で報酬を受け取って貰えずに、このギルドの戦力が下がることの方が損失なんです。調査の結果何が起きるか知りませんけど、もしもの時に戦力が足りないとかになったら困りますから」


「くっ……」


 ……何でそんなに悔しそうな顔をするのだろうか?報酬が少なくなって悔しがってるなら分かるけど……増えて悔しがるのはおかしいんじゃないだろうか?正直者であることはいい事だが、その性で破産なんかしたら目も当てられない。


「それでも納得出来ないなら、次の護衛の時に俺に傷一つ付かないように頑張って下さい」


「……待って下さい。もう一度、拙者を護衛役に選んで下さるのですか?」


「次回があればですけどね。ぶっちゃけちょっと危ない部分はありましたけど、キチンとお互いに声をかけ合えば別に特に問題はなさそうですし」


「ぐっ、ぬぬ………」


 折角初めて仲良くなった異世界初の同年代の相手なのだ。出来ればこれからも良い関係を築いていきたい。


 結局、今日の晩御飯を奢ることを条件に入れたところでハルさんが折れ七割の報酬を受け取ってくれた


「どうぞ」


「…………」


 丁度に分けた報酬を渡すと、ハルさんは何だか悔しそうな顔をしながらそれを受け取った。……何だか悪い事をしている様な気分になったが、報酬を平等に配っているだけなので責められる謂れはない……筈だ。


 その夜、俺はリアさんとハルさんと三人で夕食を食べた。後日、ハルさんを呼び捨てに出来るほど距離が縮んでいたのだが、お酒を飲んだせいか記憶が何だか曖昧なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る