第14話

「此処がオークが大量発生してるっていう森か……」


 森の中は昼間なのに若干薄暗くて、気味が悪い。夜とか絶対に入りたくないな……幽霊出てきそうだし。……いや、この世界なら幽霊とか倒す手段ありそうだから何とかなるか?


 異世界とかだと、魔法や聖水とかで除霊してるイメージが強いので、あんまり怖くない。怖くないだけで襲われたら間違いなく死ぬだろうけどさ……いや、その前に夜にこんな森なんかに来たら魔物に殺されるだろうけど。


「で、では、入りましょうか……私の後ろに」


「了解です。……ところで、本当に俺が居ても大丈夫なんですか?」


「大丈夫です……多分」


 おっと、不安だ。どうにもならなくなった場合、俺を置いて逃げてもらうか……。男だし、弱そうだから、殺されずに放置されたりするかもしれないしな。


 流石の俺も面識のある人がオークやゴブリン等の魔物に襲われるのは辛い。


「ちょ、調査する場所はそんなに深い場所じゃないので、大丈夫だと思います」


「……俺、オークから逃げられる程身体能力高くないんです」


「……頑張ります!」


 ねぇ、心配になって来たんですけど。さっきから全ての言動で俺を不安にさせてくるのはわざとなんだろうか?何で俺の身体能力云々の話してたのに、ハルさんが頑張るんだ。もしもの時はおぶってくれるとかそういう話?


 ……ま、まぁ、そもそも魔物に出会わなければそんな醜態は晒さなくて言い訳だし……。うん、きっと出会わないよね!そうだよね、うん……。


「先ずは先日依頼を受けた方が殲滅して下さった拠点の近くに向かいましょう!もしかしたら生き残りがいるかも知れないので、出来る限り慎重に進みましょうか」


「じゃあ、俺は気配を消しつつ着いて行きます」


 俺はその一言と共に気配を消し、周りの景色に溶け込む。……この状態で匂いを消して人混みに入れば、どんな人間だろうが間違いなく俺を見つけられない。元の世界でのプライベートを守る上で必須とも言えるスキルだ。因みに気配の消し方は通信で習った。


「……【潜伏】スキル持ちですか。便利でいいスキルですね」


「何ですかそのスキル。俺はそんなスキル持ってませんよ?」


「えぇっ!?ま、全く気配を感じないのですが……。もしや、元の世界では暗殺者ギルドに居たのですか…!?」


「そんな物騒なものは向こうの世界には無いですね」


 いや、俺が知らないだけでもしかしたら闇の世界とかにはあるのかもしれない。俺が知らないから、シュレディンガー的な意味合いで存在証明は不可能になってるけど。


「は〜……近くに居ても一瞬見失ってしまいそうです……実に見事な腕前ですね」


 褒めてくれるのは嬉しいが、このレベルで気配を消しても匂いだけで俺の居場所を特定してくる、本当に人間なのか疑わしい存在があの世界には居る



 流石の俺も、匂いがしたって言われて場所を特定された時は肝が冷えたね!ハハハッ!


 ……良いですか?今、「嘘つくなよ、この童○が」と思った方も居るかもしれません。でも、そんな貴方方にはもう一度言っておきます。


 _____今の話は実話です。


「この世界には先輩居ないし、匂い消しは必要ないかな……」


「匂い……?」


「いや、前の世界では匂いも消さなきゃいけなかったので……」


「それ程までに過酷な環境に居たのですか。向こうの世界も世知辛いですね……」


 いえ、俺の生活が異常にハードだっただけです。……少なくとも俺は自分以上に対人関係がハードな人とは会ったことがありません。


 知人が変人なのは兎も角、両親までも変人なのはハードーモード過ぎると思う。……弟と親友だけがまともな前世でした。どんな確率だよ。


「まぁ、この世界は割とマトモな人が多い……ことも無いか……」


 こっちの世界に来て数日しか経ってないのに、ヤバい人間二人とエンカウントしてたわ。何だこの世界……いや、俺の体質のせいか。


 自分のこの意味不明な体質に大きなため息が出てしまう。幸せが逃げるだろって?俺は現実から逃げたいよ。


「……ひ、日が暮れない内に行きましょうか!えっと……ほらっ、日が暮れると魔物も強くなりますし……」


「……そうですね。ぱぱっと終わらせましょうか」


 戦闘するのは俺じゃなくてハルさんだから、ぱぱっと終わらせられるかどうかは彼女次第になる。誰がクソザコミジンコ野郎だ。……その通りだよ!


 俺は戦闘になったら、物陰に隠れてひたすら応援しかすることが無い。幸いにも知り合いのクレイジーサイコからグロ画像が毎日の様に送られてきていた為、直接手を出さなければ臓物が飛び散ったとしても何とか耐えれる……気がする。


 あくまでも気がするだけなので実際に目にしなければ分からないが、少なくともグロ過ぎて悲鳴を挙げたり、失禁することは無い筈だ。


 ……役立たずであることは変わんなくない?


「気になったんですけど、ハルさんのその武器って刀ですよね?ハルさんの故郷ではそれが主流なんですか?」


 俺は自身が約立たずであるという事実から目をそらすため、先程から気になっていたことをハルさんに聞いてみた。


「えぇ、そうですよ!向こうで売られているものと拙者の刀は厳密には少し違うものではあるのですが……遥か昔に迷い人によって伝えられた、由緒正しき武器なのです!他にも『シュリケン』や『ヨロイカブト』もありますよ」


 ……なんか、イントネーションが外国人っぽい。もしかして、昔の迷い人って旅行に来てた外国人とかじゃないよね。……よね?


「後、ヒノモトでは迷い人が伝えたと言われる言葉がありまして……。それが「ジャパニーズサムライ最強デース!」と言う言葉です」


 外人さんじゃねぇか。どう足掻いたって、侍は斬撃を飛ばしてくるとか言う変な勘違いをしてそうな外人さんですね。……忍者とかも伝えられてそうで凄く怖い。


 この世界なら忍術が再現出来そうだからアニメの忍術とかが伝えられていないか心配である。目の前でアニメ忍法されたら笑っちゃうから実在してないでくれ、頼む。……いや、ちょっと見てみたい気持ちもあるな。


「サムライは私達の国にもは腐る程いるのですが……ジャパニーズとは一体何なのか……一説では勇者の一族の事を指しているのではないかと言われています」


 俺の意識は完全に別のところに投げ飛ばされていたが、その間にもハルさんは色々と解説をしてくれていた。でも、ごめん。その解釈は的外れもいいとこなんだ。


 真剣な顔で聞く人が聞けばお馬鹿なことを言っているハルさんに、すごく罪悪感が湧いてくる。……本当ゴメン。ジャパニーズはそんな大層なものじゃないんだ。ソースは俺。


「他にも色々と……_______マワル殿、拙者の後ろに」


 嬉しそうに逸話を話してくれていたハルさんの雰囲気が一瞬にして変わり、鋭い目で茂みの奥を睨みながら、俺に屈むようにジェスチャーで促してくる。


「……見えますか?アレがオークです」


 ゆっくりとハルさんの方に近づき、茂みの少し先にある少し開けた場所に二体のオークがいた。


 でっぷりとした腹に豚の顔に薄緑色の皮膚、そして獣の皮を乱雑にちぎったのかのような腰布を着けた、正にゲームのオークをそのまま持ってきたかのようだ。何やら話している二匹はともに棍棒を担いでおり、傍にはその棍棒で仕留めたであろう、兎のような生物の死骸が落ちている。うわぁ、グロぉ……。


「此方に気付いてないみたいですし、不意打ちしましょうか。マワル殿は物陰に隠れてて下さい」


 ハルさんの言葉に従い俺はそのまま草むらに身を隠す。


 俺が隠れるや否や、腰の刀に手を掛けたハルさんがハルさんが刀を腰から引き抜き、目にも止まらぬ速度でオークに向かって全力で駆け出す。


 ……人間が出せる速度を超えてる気がするんですが。やっぱりステータスの恩恵って凄いんだなぁ。


「_____フゴッ!?」


「______ふっ!」


 一匹のオークが猛スピード出肉薄するハルさんに気付き、慌てて仲間を守ろうと棍棒を振り下ろす。しかし、ハルさんは迫り来る攻撃に足を止めるどころか、更に加速をしながら棍棒をスルリと躱し、まだ自身に気がついていないオークの首を後ろから斬り落とす。


 仲間が殺される様を眺めることしか出来ていなかったもう一匹のオークが激昂しながらハルさんに突貫する。マトモに当たれば、細身のハルさん等易々と弾き飛ばされてしまうだろう。


「遅い」


「____ゴッ!?」


 ……マトモに当たればだけど。


 リアさんのお墨付きだし弱いとは思ってなかったけど、ちょっと強すぎない?一応二対一だよね?これで、Cランクとか頭おかしいと思う。俺の二個上のランクがコレとかどう足掻いてもなれる気がしない。


「ふぅ……何とかなりました」


 絶命したオークの喉元から刀を引き抜いたハルさんは、刀に付いた血を払うと、キンっと音を立てて納刀する。


「ちょっと強すぎません?相手のオークほぼ何も出来てなかったじゃないですか」


「オークの基本戦術は数に任せた圧殺ですので、二匹程度なら特に問題になる数ではないかと……」


「いや、それでもちょっと今の戦い方は余りに格好いいと言いますか、スマートにも程があるといいますか」


「そ、そこまで褒められると些か照れますね……」


 俺の言葉に恥ずかしそうに頬をかくハルさん。おいおい、後ろに首チョンパされたオークの死体がなきゃ、普通に格好良さとのギャップでやられてたぜ?因みに今は舐めた口聞いたら殺されるじゃないかって、内心ビビりまくってるぜ。


「……じゃあ俺はこの死体をちょっと調べてみるんで、周りを警戒してもらっててもいいですか?」


「お任せ下さい」


 俺はオークの死体の前に移動すると、衣服や体型を調べ、リアさんに貰ったメモに軽くスケッチをし始める。何でも着ているものの質や体の体型などで、巣がどれくらい大きいかわかるらしい。……血と魔石も取ってくるように言われたな。


 試験管に似た入れ物に血を並々注ぎ、胸の当たりを開いて魔石とやらを取りだし、軽く拭いて革袋にしまう。うぇ……生暖かい……。


 因みに魔石とは魔物が必ず持っているエネルギーの塊だ。どんな魔物でも必ず胸の辺りに魔石を秘めており、魔物共通の弱点とも言える。ドラゴンでさえ此処を砕かれれば死んでしまうらしい。ドラゴンなんて相手にしたら、魔石を砕く前に頭を砕かれそう。


 取り敢えず最低限の素材とスケッチが終わった。


「______あっ……」


 すると、突然バキンッと何か金属が折れる音が後ろから聞こえる。その音に思わず振り向くと、其処には真っ二つに折れたハルさんの刀の残骸がある。


「……何してんの?」


 思わず敬語が抜けてしまったのは仕方が無いことだと思う。……だって、今は別に戦闘してたわけじゃないんだよ?それなのに何故刀が折れるのだろうか?


 ハルさんはぎこちなくこちらに振り向くと、涙目でこう言った。


「……す、素振りをしてたら木に当たってしまいまして……」


「……何で素振りしてんですか。俺は周りの警戒を頼んでた気がするんですけど」


 涙目でそんなこと言われても困るよ。護衛が戦闘とは関係ないところで武器損傷してる俺の身にもなってくれない?俺だって泣きたくなるぞ。


 それより、木に当たって折れる刀って何だよ。さっきまでオーク切り裂いてたよね?どんな速度で素振りしてんだよアンタ。


「……武器ないと危険ですし帰りましょうか」


「そ、その、面目無い……」


「いや最低限の情報は集まったんで大丈夫で______」


「「「フゴォッ!」」」


「「!?」」


 最後まで言葉を言い切る前に大量のオークが奥の茂みから姿を現した。余りにも間が悪すぎる。しかも、先程の棍棒持ちとは違い、槍や剣などを持っており先程のオークより断然強そうだ。


「一応聞いとくけど……倒せます?」


「あ、あの数は武器無しでは……」


「だよな……______逃げよう!」


 俺は速攻で踵を返し、逃げようとする。


「分かりました!御手を!」


「______え?」


 走り出した俺の手を不意に掴んだハルさんに、俺は間の抜けた声が口から漏れた。きゃっ、そんな強引に手を掴まれたら、ドキッとしちゃ______


「全速力で駆け抜けます!」


 _____あっ、違う。恋の予感がじゃなくて死の予感だコレ。


 ……今の俺の状況?走ってる車の窓に腕貼り付けられてるみたいな感じ。うん、絶望だね。


「______うぉぉぉぉ!!?ちょっ、う、腕、腕が外れるぅ!」


「だ、大丈夫です!まだ、ギリギリ外れてないと思います!」


 _____なんで、俺の体の限界をお前が語ってんだよ!俺の体の限界は俺だけが決めんだよ!……確かに外れてないけどさぁ!


 体がが上下左右に絶え間なく揺れてるせいか酔ってきた。……は、吐きそう。


「吐きそう!もうちょい速度緩めてくれぇ!」


「森を抜けるまで我慢して下さい!______あっ……」


 そんな間の抜けた声と共にハルさんの手から俺の腕がすっぽ抜ける。さーて、ここで問題!猛スピードで走ってる状態で手を離されたらどうなるでしょうか!


 ………。……………。_______時間切れ!正解は……!


「______うぎゃぁぁぁっ!!?」


「______マワル殿ぉ!!?」


 とんでもない勢いで地面と激突して、身体中を擦りむいたり、打撲したりするんだ!……うん、瀕死だね。


 体が、体が痛いよ……。色んなとこ擦りむいたし、砂まみれになったし、多分腕もどっかヒビ入ってる。前世ならもっと怪我してても可笑しくないんだけど……やっぱり前の世界よりかは体が丈夫に出来てるんだなぁ。


 しみじみとそんなことを思いながらハルさんの方を見ると勢い余ったのか大分遠い所にいる。……あっ、コレ間に合わないな。


「______くっ、此処は俺に任せて先に行け!」


「えぇ!?倒れてるのに任せるも何もありませんよ!?」


「倒れてんのはアンタのせいだよ!女の人がオークに捕まるより、男が捕まった方がマシでしょう!早く逃げてください!」


 まさか、たった数日で死ぬとは思わなかったが、これも人生だ。いや、もしかしたらオークが俺を非常食として生きたまま捕らえる可能性だってあるし、一縷の望みにかけるか。


 ……俺の決意した表情を見て、ハルさんが何か察した顔をする。


「______あ、あの、勘違いしてるかも知れないので一応言っておきますが_____多分あのオークは拙者ではなくてマワル殿を狙っていると思われます!」


「……えっ?そんな、腹減ってるんすか彼奴ら」


 即殺されるのはちょっと怖いが、元々拾った命だし、一撃で仕留めてくれるなら、それでいい。犯される可能性を考えると女性の方がヤバいだろ_____


「______何故か分かりませんが、オーク達のマワル殿を見る目は何かおかしいのです!!!あんな状態のオークにもしも、捕まってしまえば命云々の話ではありませんよ!?」


「え?……いやいや、俺男ですよ?そんな、ヤバい目で見られてるわけ______」


「フゴッ、フゴッ、ヒギィィィッ!!!」


「ヒギィィ、ヒギィィ!!!」


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 _________俺はその目に覚えがあった。


 元の世界でも何度か、あの目を向けられた記憶があるからだ。そして、そういう目をしてる奴らは決まって俺の事を性的に捕食しようと企んでいるやつで……アレ?コレ、アカンやつでは?


「____ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!」


「「「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」」」


 俺はついに独自の言語さえ失ったナニカから逃れる為、ハルさんの方へと猛ダッシュで駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る