第13話

「……朝か」


 窓から入ってくる朝日で目を覚ました俺は服を制服に着替えて下の階へと向かう。


 結局、昨日はシスターの帰りが遅く、夜中の十一時位まで孤児院にいた。依頼先で予想外の事態が起きたらしく、色々と処理に追われていたとの事だ。


 オークの数が予想されていた数の倍以上繁殖しており、そのまま放置する訳にも行かなくなり、仕方なく単身でオークの巣を襲撃したらしい。……一人で百を優に超えるオークを倒す戦闘力もドン引きものだが、それ以上に俺がドン引きしたのは帰ってきた時の彼女の格好だった。


 ……まさか修道服をあんなに血だらけにして帰って来るとは思わなかった。普通に玄関で鉢合わせた時腰抜かしたからな。血塗れでオークの頭を片手に持った彼女の姿は完全に洋物ホラーに出てくる系のソレだった。


「あっ、マワル君、おはようございます。……眠そうですね」


「おはようございま……早くないですか?」


 昨日の恐怖映像を記憶の奥底に締まった俺は、制服に袖を通しながら下の階へと降りたのだが、そこには既に仕事を始めているリアさんが居た。


「昨日は早目に家に帰れましたからね。……マワル君は大丈夫でしたか?見た感じ、あんまり眠れてなさそうですし……」


「ちょっと眠いけど平気です。昨日は向こうでご飯も頂いて来ましたし、帰ってきて水浴びして寝るだけでしたから」


 依頼事態も(依頼主を抜き)にして『子供の世話』と言う物だったし別段と苦ではなかったしな。寧ろ、魔物討伐行ってこいとか言われる方がよっぽどキツイ。グロ耐性とかないからね。


「まさか、血塗れで帰ってくるとは思いませんでしたよ……。他の住民に苦情とか言われないんですかアレ」


「あはは……冒険者の皆さんすら怖がって基本的には近寄りませんから、街の人たちは言いたくても言えないでしょうね。それに、貢献度的に言えば、Bランクの中でもトップを争うレベルですから、機嫌を損ねる方が不都合なんです」


 掃除や依頼書の整理、報酬の準備等などを行いつつ、シスターについて聞き、いい子にしてて良かったと心の中で昨日の自分を褒めてやった。機嫌を損ねたら、昨日のオークの頭が俺にすり変わる可能性だってあったかもしれない。


 しかし、街中を返り血塗れで歩いても咎められないレベルの貢献とか凄いな。今の所地雷は踏んでないみたいだし、思いのほか話しやすい相手ではあったのだが……やっぱ気遣いって大事だわ。


「そろそろ時間ですね。_____今度は巻き込まれちゃダメですよ?」


「昨日で学びましたから安心してください。避難の準備はバッチリです!」


 依頼の紙をクエストボードに拙いながらも貼った俺は、前回の反省を生かし、手早くその場から離れる。


 その数秒後、雪崩のような勢いでクエストボードに殺到する冒険者たちを後ろから見た俺は、昨日の俺はよく生きてたな、と思ったのだった。






「そろそろ、交代しつつお昼ご飯にしましょうか。マワル君からどうぞ」


「いえ、リアさんから食べて来てもらって大丈夫ですよ。ご飯を食べている間の受付くらいなら、俺一人でも大丈夫ですよ」


「あはは……気遣ってくれるのは嬉しいですけど、新人の後輩を残して先にご飯を食べるのはちょっと気が引け______あれ、ハルちゃん。今日は随分と遅いんですね」


「今朝はちょっと武器を取りに行っていまして……まし、何か討伐依頼が残っていればと思いまして……」


 俺たちが、ご飯の順番を譲り合っていると、先日食堂で見かけたリアさんにハルちゃんと呼ばれていた女性がいつの間にやらそこに立っていた。先日の給仕服とは違い、和風な鎧と刀を腰に帯びているその姿は大和撫子という言葉がぴったりなほどによく似合っていた。


「うーん、討伐依頼ですか……。Bランクの方々が殆ど外に出張っているので、あるにはあるんですけど……ちょっとソロのハルちゃんには厳しいかもですね……」


「じ、実は少々物入りでして……多少無茶な以来でも受けれるなら受けたいのです」


「うーん……せめて、Bランクがあと一人でも入れば何も問題ないんですけど……」


 組めるアテがないのか、がっくりと肩を落としたハルさんを気の毒に思っていると、リアさんが何かを閃いたのか手のひらをポンっと叩いた。


「_______そうだ!ハルちゃん、ギルドで依頼を出すのでそれを受けませんか?」


「ギルドからの依頼、ですか?確かにギルドからの依頼は報酬が良いですが、本当に拙者で良いんでしょうか…」


「べつに誰も居ませんし、文句なんて言いませんよ。それに護衛相手と年齢近いですから、コミュニケーシ最適です!」


 そう言ったシスターは空白の依頼用紙にスラスラと、必要項目を書き入れると、それに判子を押してハルさんに手渡す。


「森の調査……の護衛?」


「______という事で、マワル君頑張って下さい


 依頼内容に首を傾げたハルさんを見ていると、いきなりこちらに振り向いたシスターが、満面の笑みでそう行ってきた。


「えっ、調査に行くのって俺ですか」


 突然白羽の矢が立ち、戸惑いの声が思わず出てしまう。


「歩き方を見ている感じ、マワル君は気配を消すのは得意みたいです調査くらいなら問題なく出来ると思いますよ。余程森の奥に入らない限り、ハルちゃんが負けることはないですし、良い経験になるかと思いまして」


「いやいやいや!?俺これまで生きてきて、殴り合いの喧嘩すらしたことないですよ!?もし戦闘になったら、絶対あし引っ張りますよ!?」


 気配を消す技術は変人から逃げる為の必須技術だから磨かざるを得なかったが、もし戦闘に発展してしまえば、足引っ張りまくるビジョンしか見えない。


「そのための護衛ですから安心して下さいマワル君。ハルちゃんは戦闘能力だけで言えば、十分にBランクに匹敵する実力を持ってますからね!」


「いや……でも……」


「あの、リア殿……。迷い人殿が嫌がっているのであれば、無理して拙者に頼まずとも……」


「ハルちゃん、万年金欠なんですから、こういう依頼で稼いどかないと、昇格試験受けるためのお金が集まりませんよ?その実力なのに、未だにバイトしてお金稼ぎしてるのハルちゃんくらいですし」


「うっ……」


 えっ、そんな金欠なのか。そこまでお金使うタイプには見えないのだが、バイトしなければならないレベルで逼迫してるCランクの冒険者って確かに珍しそうだな。


「う、ぐ……しかし……」


「……リアさん、俺依頼受けます」


 何か段々駄々を捏ねてられない雰囲気になってきた俺は、諦めて依頼を受けることにした。俺のその言葉を聞いたリアさんは、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。……なんか手のひらの上で転がされてない?


「そんなに危険じゃ無いんですよね?」


「えぇ、あんまり森の奥に行く必要はありません。何ヶ所かチェックして来てもらうだけですから、難易度的には駆け出しの冒険者さんでも十分な筈です」


 駆け出しの冒険者ですらない俺にはちょっと荷が重い気がしないでもないが、実際問題リアさんがギルドを抜けて調査しに行くより、俺が行く方が合理的ではある。俺はまだ覚えてない仕事とかあるし、一人で此処を任せられても対応出来ないだろう。


 リアさんの場合は護衛は要らないだろうけど、そろそろ過労で死ぬと思う。俺を一人残せないってことに焦点を置くと、必然的に営業時間外に調査をすることになる訳だからな。


「……てなわけで、ゴネておいて何ですけど、護衛お願いしても良いですか?」


「_______は、はいっ!拙者で良ければ是非っ!」


 ……取り敢えず防具だけでも買いに行こう。



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