第12話

「遅いな……」


 日辺りが暗くなり始めてもシスターは帰ってこなかった。近隣の討伐依頼を受けていると言うのは聞いたのだが、それなら帰ってくるのが遅過ぎる気がする


「シスターなら、後ニ時間は帰ってこないと思う。……討伐依頼の時は大抵遅い」


 俺の膝の上にいるシルが、疑問に似た呟きに律儀に答えてくれる。何故、この子が俺の膝の上に乗っているのかって?ははっ、それは俺にも分からないよ。勉強教えたら懐かれたとだけ言っておこう。


 別に俺が膝の上に乗せたわけじゃない、勝手に乗ったんだ。俺はロリコンじゃないからこの後も事案になる様な出来事は起きないので安心してご覧になれると思います。……俺は誰に向かって言い訳しをしてるんだろうか。


「そうなると夕飯は?」


 自分の言い訳の行先に疑問を持ちつつも、下から俺を見上げているシルに聞く。


「……シスターが帰ってくるまで我慢」


「私は簡単な料理位なら作れるんだけどね。……シスターが『私が居ない時に子供だけで料理するのは禁止です』って言ってるんだ。シスター、無駄に過保護な所あるから……」


 子供だけで、料理禁止か……。俺の家の場合は逆だったような気がする。だって、俺達の両親が料理すると、間違いなく火事が起きるからね。


 _____俺が小学一年生の頃の話だ。その日は家政婦の人が偶々風邪で休むことになってしまい、俺と幼い弟が二人で留守番をすることになった。


 休日もあまり家に居らず、夜も遅くまで帰ってこない両親ではあったが、その日は流石に俺たちが心配だったのか早めに帰ってきてくれた。……そこまでは良かった。


 _____結論から言おう。二人が家事センスが皆無な性で火事になった。洒落みたいになったが、シャレにならない話である。


 大事にならなくて、本当に良かったと今でも思ってる。因みに父さんと母さんは家政婦……後に俺の師匠となるその人に滅茶苦茶怒られていた。三時間に渡る説教を受けていたのだが、完全なる自業自得としか言いようがない。だって、俺達が泣きながら止めてんのにその声無視したからなあの二人。


 何が『大丈夫大丈夫!』だ!俺が消防署に通報してなかったら、家無くなってるぞ。


 ……まぁ、そんな感じのボヤ騒ぎからひとつ学んだ俺は、師匠から家事を習うことにした。


 師匠は両親を唯一制御できる程に優秀で、あの人以上に優秀な家政婦など見つかる気がしない。あの人が年齢的な事情で居なくなったりしたら、幼い俺と弟は近いうちに死ぬと思ったのだ。


 いやだって火事の時、俺の前髪ちょっと焦げたんだぞ?俺の髪が焦げただけだから良かったものの、弟の前髪が焦げたらどうしてくれるのだろうか。紛れもなく人類にとって損失だぞ。木っ端とは前髪の価値が違うのだ。


 ……うん、頑張ったよ俺は。


 丸焦げになる結末から逃れるべく、男子高校生とは思えない家事スキルを手に入れ、弟の前髪を守った俺は師匠が引退した後、あの家の家事を担うことになった。……あの時の師匠は怖かった。超スパルタだし、容赦ないし。 


 まぁ、あの人の指導のお陰で今の俺があるから凄い感謝している。多分色々と、俺の人生の中でぶっちぎりでマトモな人だった。女神様に並ぶ位マトモだぞ多分。


 今も健在である筈だが、師匠は元気なのだろうか……異世界に来た今となってはもう会えないが、出来ればずっと元気でいてほしい。……なんやかんや百歳超えてもバリバリ元気な姿が悠々と想像できてしまう。


「……マワル?どうしたの?」


 シルが感傷に浸る俺の事を眠たそうな目で見上げて来る。


「……あぁ、ごめん。ちょっと、な」


 感傷に浸っている場合じゃない。二時間くらいで帰ってくるのなら、さっさと準備をしなければ間に合わないかもしれない。


 何をする気かって?決まってる。子供達だけで料理が駄目なら俺が作ってやれば良いのだ!幸いにも、ガチャのお陰で出番なさげの食材もいっぱいあるしな。時間の影響は受けないかもしれないが、使える時に使った方がいい。


 まぁ、肉ばかりなので、他の食材は買ってくるけど。


「姉ちゃん、俺、お腹空いたー」


「……リク、ちょっとは我慢しなさい」


「いや、別に我慢する必要はないぞ。そんな凝ったものじゃないけど、俺が作るからさ」


「「「本当!?」」」


 ……ちびっ子達、ご飯って言う単語への食いつき半端ないね。子供はこのくらいご飯という単語にがっついてが嬉しいので問題ないけど。


「因みにだけど、今日の献立とかシスターから聞いてたりする?」


「……えーと、シチューにするって言ってた!」


 シチューか……うん、そんなに時間かかんないな。この世界の調理器具には詳しくないけど、そこら辺に関しては子供達に聞けばいいだろう。


 ……俺がシスターが帰ってくる時間についてもっと早く考えていれば、少し手間のかかる料理も作れたと思うが、過ぎたことを考えても仕方ない。


「じゃあ、ちょっと厨房借りるけど……材料ある?」


「昼の内にシスター買い物に行ってたからあると思う」


「オッケー……俺が料理してる間、何しとく?」


 今は子供達が全員で部屋にいるため、監視は必要ないと思うので部屋を離れても問題ないと思うが、そうなるとその間、子供達に何をやらせるかが問題になって来る。


 料理を手伝って貰うという選択もあるが、もし怪我をさせてしまった場合、責任が取れないので、今回は保留にする。やる時は他人に責任を押し付けられるときにやるのが一番だからな。


「……本読む」


「えー、本なんて読んで何が面白いんだよー」


「……リクは子供だから本の魅力に気付いてないだけ」


 リクのその言葉にシルは表情を少しムッとさせて、そう言い返した。


「……マワルも読書で良いと思うよね」


「シルはそれでいいかも知れないけど、他はなぁ……」


「まだ、文字読めない子も居るから……」


「……」


 俺とリンに案を却下され、シルが悲しそうに視線を下げる。余り表情は変わっていないが、雰囲気で何となく分かる。リクが『ほらな』と言いたげな感じで胸を張り、ドヤ顔をして、シルに凄い目で睨まれていた。当の本人が睨まれていることに気づいていなかったのはこううんだろう。


 しかし、そうなってくると本格的に子供達に何をさせるか……ん?待てよ?確か、ガチャのラインナップに子供達が遊べる様な玩具が合った気が……。


「ちょっと待って」


 俺はそう言ってシルを膝の上から下ろし、勉強部屋を出ると、スマホをポケットから取り出すとガチャのラインナップに目を通す。


 オセロや将棋等があるが、どちらも二人でしかできないため、狙うは複数人で出来る、トランプか折り紙だ。そして、欲を言うなら、教えるのに時間がかかる折り紙は勘弁してほしい。


 ガチャポイントま溜まってる……一回分だけど。まぁ、玩具の類は数が多いし、そもそも他の景品の方が当たる確率が高い。まし、当たらなければ、丸バツゲームでもしておいてもらおう。


 そんな感じに特に気負いもせずに引くと、難なくトランプを引く事ができた。……うーん、こういう時はスムーズに当たるのなんなんだよ。普段はすり抜けばっかだったくせに。


「あっ、おかえり。何処行ってたんだ?」


「ちょっと遊び道具取りに行ってたんだよ。ルール教えるから、俺が料理してる間、トランプで遊んでてくれるか?」


「おー、トランプか!カジノとかにあるやつだろ!俺、知ってるぞ!」


 やっぱりこの世界にもカジノはあるのか……。多分やらないとは思うが、常識として知っておいた方が良いかもしれないから、世界一大きいカジノとか調べてみるか。


「……私もやる」


 子供達にルールを教えようと真ん中のテーブルに集まると、端の方で本を読んでいたシルが本を椅子の上へ置いて、此方へやって来た。まぁ、幾ら本が好きとはいえ、一人だけ仲間外れは嫌だよな。


「取り敢えず、大人数で遊べるババ抜きを……」


 特に手間なく子供達にババ抜きを教えた俺は、リンに教えてもらった厨房へと足早に向かったのだった。










「……うん、良い味だ。てか、この世界割と調味料ちゃんとしてるな……」


 日本と比べれば、少し劣るが。まぁ、それでも調理をする上で問題は無かった。……そして、何気に先程金貨一枚で売っていた胡椒が孤児院にある事にびっくりした。あの怖い人……シスターはランク相応にお金を持っているのだろう。


「火を消してと……。さっさと呼びに行くかー」


 コンロに異様に似ているソレの火を落とすと、勉強部屋にいる子供達の元へと向かう。てか、使い方も完全にコンロだぞ、アレ。日用品買ってる時にチラッと見たが、結構最近に普及し始めたっぽいんだけど、俺以外の転生者が居る可能性が高い。


 どんな仕組みかは分からないが操作方法も地球のソレと変わらなかったし、絶対現代知識で儲けてる奴いるぞコレ。


 まっ、儲けているのは羨ましいが、しがらみとか面倒そうだし、俺は商売ごととかやらないかな。……ガチャの景品を売ることはあるかもしれないけど、色んな利権問題に頭を悩まされる生活とか俺はゴメンだし。


 まだ見ぬ転生者が面倒な事を率先してやってくれている事に心の中で感謝しながら、勉強部屋の扉を開く。


「ご飯出来たぞー______って、どうしたんだ?」


 するとそこには、涙を流しながら机に倒れ伏す、リクの姿が合った。


「……リク、全敗中」


「マジか……」


 シルが俺の疑問に、すぐさま応えてくれる。……うんうん、居るよね、ババ抜きやたらと弱いやつ。滅茶苦茶顔に出る人とか、目がやたらとババに向く人とか。リクも恐らくその類だろう。


「ほら、リクご飯出来たぞー」


「うぅ、マワルぅ……後でコツ教えて……」


「教えてやるから、泣くな……」


 一体、何連敗したのだろうか?ババ抜きでここまで心がズタボロになるやつなんて中々いないぞ?……あっ、俺の幼なじみが居たわ。


「りくよわいー」


「りくへちょいー」


「……リクまぬけー」


 ちゃっかり、小さい子に混じってシルがリクを煽っている。勘弁してやれよ……。


「アレは多分さっきのドヤ顔への仕返しだと思う。あぁ見えて、シルは根に持つから」


「弟なんだし、助けてあげないの?」


「今回は自業自得だし」


 確かにその通りなのだが結構弟に厳しいな。十歳の子が五、六歳の子に泣かされているのを見るのは中々シュールだ。


「ほら、皆ご飯行くぞ」


「「「はーい」」」


 一番元気だったリクの声は今やもう聞こえてこない……。返事をせずに俺の服をちょこんと掴んでいる。……何か可哀そうになって来る。先程までの元気が嘘のようだ。


 てか、リクのを真似てシルやリンを除いた小さい子供達も俺の服の裾を掴んで来る。何か、こうも大人数で引っ張られると連行されているような気分になってくるな。


 俺は厨房につくと、リンや他の子供達に手伝って貰いつつ、配膳をする。


 全ての席にご飯が渡り切ったのを確認した手を合わせて、ご飯時の挨拶をする


「いただきます」


 俺の手を合わせる動作と言葉に子供達は不思議そうな目を向けていたが、直ぐに食事を始めた。……外国とかでは『いただきます』とか、特に言わない所もあるらしい。


 そんなこんなで不思議そうな目で見られたあとは、特に何事もなく食事は進んだ。しいて、何かあったことを上げるとすれば、俺の料理が『美味しい』と子供達から大絶賛された事くらいだろう。


 因みにだが、シスターより美味しいらしい。……この言葉を聞いて、シスターのキレたりしないことを願うばかりである。

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