第10話

「此処か……」


 俺はリアさんにしこたま説教を食らった後、半ば無理矢理……と言うか、強制的に依頼を受けさせられた。有無を言わさぬその笑顔から放たれるプレッシャーは凄かった。さすBと言ったところだろうか。


 いやまぁ、完全にセクハラした俺が悪いんだけどね?だが、これだけは言っておこう。後悔はしていないと。


 ……いや、もう一つ言っておこう。柔らかかったです。


「やけに古いな……」


 目の前に悠然と建っている石畳の家を見て、思わずそう口から漏れてしまった。外観や庭からキチンと手入れはされているのだろうが、それでも所々に苔が生えていたり、蔦が巻きついたりしている。


 街の外れにあるとはいえ、こうまで人通りが少ないと、外観も合わさって少しだけ不気味に見えないことも無い。


「取り敢えず……入ったらいいのかな?」


 この世界には当然ながらインターホンなんてものはない。家に入るには中にいる人に直接声をかけるしかない。


 _______しかし、それには問題がある。


 もしも、『変人』とされる依頼主が音や気配を察知して襲いかかってくるタイプだったら?もしも、男性の声をトリガーとし、発狂しながら襲いかかってくる悪いオカマだったら?もしも、自称『ライバル』を名乗る不審者だったら?


 変人に対して、ファーストコンタクトをミスって仕舞うと、折角の二度目の生が速攻でになることだってある。


 ……つまり、俺はあらゆる一手に対応するために、回避のモーションを常に取っておかなければならない。


 扉を開けた瞬間にフライパンが飛んでこようと、一メートルを超えるマグロが飛んでこようと、完璧に対応しなければならない。


「ごめんくださーい……」


 出来るだけ刺激しないように大き過ぎず、されど聞こえるように中に居る人に声をかける。


「______はーい、今行きます〜」


 扉の奥の方から女の人の返事が聞こえ、パタパタと足音が近付いてくる。


「こんにちは〜。何か御用ですか〜?」


 扉がキィッと軋みながら開き、中から修道服を着た金髪の女性がでてきた。金色の髪に蒼の瞳、そして修道服の上からでも分かる大きな胸。一目で美女と分かるレベルのルックスだが、俺の視線は自然と彼女の外見とは別のところに向いていた。


 ……何でこの人、腰からやたらと刺々しいメイスぶら下げてんの?


「え、えーと、依頼を受けてきたんですけど……」


「あー、依頼を受けてくれたんですね〜!冒険者……ではなさそうですけど〜?」


「昨日から雇われた新しいギルド職員の神崎廻です。よろしくお願いします。」


「あぁ〜、新しいギルド職員の人なんですね〜。これでやっとリアちゃんも楽になるじゃないですか〜」


 そう言って目の前で嬉しそうに微笑むシスター。うん、今のところどうやら地雷は踏んでないみたいだ。だが、油断するなよ神崎廻。此処で油断して敬語を取ろうものなら、俺の頭が肉だんごとして今日の晩御飯にされる可能性もある。


「それじゃあ、早速お願いしたいことについて_____」


「あっ、先に依頼書の方にサインをお願いします」


 ペンと依頼書をリアさんから貰ったカバンから取り出すと、シスターに差し出す。


「そうでしたね〜。それじゃあちょっと依頼書お借りしますね〜」


 俺から依頼書を受け取ったシスターは、依頼書のサイン欄にスラスラとサインをすると丁寧に俺に依頼書を返してくれた。


「自己紹介がまだでしたね〜。私の名前はヘレナと言います〜。この教会兼孤児院の責任者です〜。これからよろしくお願いしますね〜?」


「はい、よろしくお願いします」


 ハキハキと返事をした俺は、差し出された手を握り返す。……それにしても、彼処に置いてある彫刻、完全に俺があの時あった女神様だよな。


「?どうしたんですか〜?女神様の像をずっと見て〜?」


「えっと……失礼だとは分かってるんですけど、この像の女神様の名前って何なんですか?俺、結構遠いところから来てて、あんまり詳しくないと言うか……」


「あ〜、東から来られた方でしたか〜。確かに髪色も『日ノ本』っぽいですね」


 何か変な具合に勘違いされてしまったが、別にいいか。別に俺の出身が何処だろうと、女神様の名前を知らないことは変わらないんだし。


「この彫刻のお方は女神ゼロ様です〜。遥か昔、狂った神が文字通りにしてしまった世界を再生し、人々に住むところを与えてくれた、偉大な女神様です〜」


 狂った神とか、何だかちょっと格好良い。まぁ、十中八九悪いやつなんだろうが。


「今でも世界の危機には、勇者様を我々に授け世界を守ってくれるんですよ〜」


「へぇ〜」


 ちょっとだけ勇者の肩書きに憧れの感情を持ちつつ、女神像をぼんやりと眺める。……うむ、実物の方が綺麗だったな。


「……ところで、俺は一体何をすればいいんでしょうか?一応リアさんからは孤児院の手伝いだって聞いてるんですけど」


「ええ、その通りですよ〜。私が討伐依頼をこなしてる間、子供達の面倒を見ておいて下さい〜」


「依頼?ヘレナさんは冒険者なんですか?」


「はい、一応Bランクの冒険者です〜」


 Bランクって結構な高レベルだった筈なんだけど。なんで、今日だけで二人目に会うのだろうか。より一層言葉を選ばなきゃいけなくなったじゃねぇか。


「……因みに何の討伐なんですか?」


「オークの群れを殲滅しに行ってきます〜」


 何だ殲滅かァ………殲滅?


「す、凄い高ランクのパーティーに入ってるんですね」


 今日、依頼書を張り出している時にチラッと目に入ったのだが、オークの群れを討伐するには、最低でもBランクの冒険者が三人程必要だと書いてあった。


 異世界定番と言っても差し支えないメジャーモンスターのオークだが、例にも漏れずこの世界に存在しているらしい。

 

 単体ではDランクの冒険者が二人いれば難なく対処出来る相手ではあるが、如何せん数が多いらしい。群れとなると最低でも三十匹以上は居るらしく、Bランク冒険者と言えど手こずる相手なのだとか。でも、おかしいな……ギルドに居るBランクの冒険者は、ほぼ全員クエストに出張ってた気がするんだけど……。


「私はパーティー組んでませんよ〜?」


「……え?」


「報酬減っちゃうと、この孤児院の運営が難しくなっちゃいますし〜。それに何より_____楽しくないじゃないですか〜?」


「____ひっ!」


 先程と変わらない穏やかな表情のまま恐ろしいことを言い出したシスター。心臓を掴まれたかのような錯覚からか、意図せず口から悲鳴が漏れてしまった。

 

「あっ、あの!どう見ても前衛の格好じゃないと思うんですけど……」


「大丈夫ですよ〜。折れても魔法でに治癒出来ますし〜」


 悲鳴を取り繕うように質問を投げかけたところ、とんでもない答えが返ってきた。そんなゾンビアタックを聖職者がするなよ。もっと、儚げな表情で皆を癒せよ。


「まぁ、私の腕が折れるより先にオークの首をへし折ればいいだけの話ですから〜」


 穏やかな笑みのまま物騒な事を言っているシスターにドン引きしてしまう。もしかして、バイオレンスが服着て歩いてるだけだったりしない?


「それに、前回の討伐時に群れの食糧に毒混ぜてますから〜」


「……え?」


「それじゃあ、依頼内容の説明しましょうか〜」


「わ、わかりました」


 ツッコミたいところは沢山あるけど、深く考えないようにしよう。世の中には知らなくてもいいこととか、知らなくてもいい事があるのだ。聖職者が毒を盛ったなんて俺は聞かなかった、いいな?


「やる事と言っても、子供達の勉強を見てるだけで良いですよ〜。一応、各自で課題を渡してるので、サボらない子が居ないか確認をしてくれてれば大丈夫です〜。後は小さい子達のお世話なんかもお願いします〜」


 これでも、幼少の頃から弟の世話をして来た男なのだ。子供のお世話とか俺の得意分野と言ってもいい。身体張るより、料理とかお裁縫したりする方が得意なんだよ。


 頭のイカれた変人と関わることに比べればこの程度のことなど大したストレスにはならない。つまるところ、今現在ストレス溜まっていってるって話する?


「……あの」


「はい?」


「……なんすかそれ」


「?武器ですけど〜?」


 刺々しいメイスを手に持って首を傾げたシスター。彼女の優れた見た目ですらこの異常な光景を緩和しきれてない。

 

 うん、それと武器だってことくらいは分かるよ。そんな殺意増し増しの形状で武器じゃなかったら、俺はこの世界のデザインセンスに異議を申し立てないといけなくなる。


「そうじゃなくて、その……なんか赤くてぐちゃぐちゃしたのが……」


 俺が思わず聞いてしまった原因がソレだ。よくよく見ると、赤くてぐちゃぐちゃしたものがメイスの裏側にこびりついている。


「あー、これですか〜?さっき鼠が居たので倒したんですよ〜」

 

 そっかそっか、つまりそれは先程まで生き物だった何かってことだね?とても全年齢では出せないレベルではぐちゃぐちゃなんだけど。

 

「……洗うとかしないんですか?」


「どうせもっと汚れますしね〜」


 ひゅう、わいるどだぁ。


 ……。……。


 ……いかんいかん、思考を止めたら負けだぞ俺。さっさと頭を切り替えなければ。我こそは変人に絡まれて生きてきた男、神崎 廻だ。この程度の暴投へのへのカッパである。ヤバイ人は暴投どころか、ボール持って殴りに来るからね。


 よく考えろ、俺が出会ってきた数々のネジ飛びマシーンに比べれば、鼠の死骸を洗わないのがなんだ。目の前で鼠を踊り食いしてるわけでもあるまいし、この程度で動揺するなんて情けないぞ!


 自分に喝を入れるべく、目を瞑って大きく息を吸う。_____すると、耳元のすぐ横を風切り音が通過し、何かが砕ける音と確かな振動が俺の足に響いた。


「……」


「______逃がしちゃいました〜」


 目を開けると、俺の右足近くの地面から武器を引き抜くシスターの姿があった。よくよく見ると、俺の真横の地面は砕けてるのに、俺の足元にはヒビ一つ入っていない。どんな妙技だよ。


「______依頼、頑張らせてもらいます」


「?お願いします〜」


 そうして、絶対に機嫌を損ねてはいけない初めての依頼が始まった。




 遺書書いてくればよかった。


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